〜メンバーの価値観を感じよう〜
あじさい(ペンネーム):3月号
パートナー企業を含む大規模プロジェクトマネージメントの経験から、メンバーの価値観にフォーカスした環境作りについて、私が実践したことをご紹介します。
一人ひとり仕事の目的、価値観が違う
私はこれまでに数多くのプロジェクトを経験してきました。特に最近はマネージャーとしてたくさんの要員をあずかり、パートナー企業とも協働することが増えています。そんな中、常々考えているのは、マネージャーは自分の管理下にいるメンバー(パートナー企業を含む)の「立ち位置と目的を理解する」ことが、働きやすいプロジェクト環境を作るひとつの要素である、ということです。
ここでいう「立ち位置と目的」とは、メンバーの「仕事にたいする価値観」と「それに基づいて達成したい目的」と言いかえることができます。たとえば、あるメンバーがチームリーダーとして、社内で成果を評価されたいという価値観を持っているとしたら、社内での評価などのビジネス面が目標であり、自分の置かれる体制や契約期間に気を配るでしょう。また、もしそのメンバーが技術者(スペシャリスト)なら、彼の仕事の価値観は技術の向上であり、目標は仕事をとおして自己の技術の向上と技術を役だてること、そして作業環境よりも仕事のやり方や質を追求するでしょう。さらに、そのメンバーが職業としてのシステムエンジア志向で、いわゆるサラリーマン的な安定した生活に価値観をおくなら、彼の仕事の目的は、決められたことを確実に実行することで、より作業環境(スペース、室温、人間関係)などの快適さを求めるでしょう。
私が、メンバーの仕事への価値観をなぜ重要視するかというと、「働きやすい環境」とは「働きがいのある環境」だと考えるからです。働きがいのある環境は、生産性・品質に大きく影響します。働きがいは、価値観を実感できることから生まれます。したがって、メンバーの価値観が重要なのです。そして、価値観は、個人個人、いろいろであることを理解することが重要です。しかし、さまざまな価値観に個別に対応することは不可能です。どうしたらよいのでしょうか。
ひとつの例として、価値観への対応を対個人で対応するのではなく、会社組織の価値観に視点を向け、組織として対応することを提案したいと思います。チームやプロジェクトといった組織のなかで、それぞれの価値観を話し合い、お互いの価値観を理解したうえで、最善策を「組織として」考えていく方法です。次の章で具体的な例をお話ししましょう。
パートナー企業に主体性を
私は、システムインテグレーション(SI)ビジネスで一次請負になることが多いのですが、これまでに、二次請負を担当してくれるパートナー企業と、ビジネス環境の改善を試みてきました。SIビジネスは、従来、人出し稼業で1人1ヶ月いくらという人月商売が中心になっています。これでは二次請負パートナーが良い成果を出しても、対価が伴わないため、メンバーの向上心を損ない、コスト意識が低下します。メンバーの向上心を引き出すことも、ひとりひとりの価値観を理解することもできませんでした。
そこで、人月商売ではなく出来高制のような考え方を取り入れました。具体的には、お客様との案件調整・工数折衝をパートナーと一緒に実施するようにしたのです。調整結果がパートナーにメリットをもたらすようにすることで、パートナーに主体性をもたせ、受け身の世界から獲得の世界へ変化させました。パートナー企業の中でメンバーそれぞれが企業の価値観を共有してもらい、さらに、お互いの組織の価値観を理解しあう関係づくりを通して、協力体制を生み出したのです。
その結果、何が変わったしょうか。パートナー企業が、「自ら利益を出すために効率化・品質向上に向けた取り組み」と「作業環境改善への取り組み」を実行するように変わったのです。働きやすい環境に改善するための個人的な苦情も、パートナーの中で解決できないものだけが改善提案として私のところに出されるようになりました。このような動きは、ほかのパートナーにも波及効果(文化の形成)がありました。
ただし、これを実行するにはマネージャーとして注意すべき、以下のような重要事項があります。
@出来高制でも任せっぱなしにせず一緒に活動すること
A本施策は真のビジネスパートナーに厳選すること
Bコンプライアンスを守ること、特に派遣法、下請け法
C交渉した工数はパートナーへ委託すること
D効率化によるコスト低減を前提にすること
E全責任はマネージャー(自分)にあることを常に意識し活動すること
これらを実行できるのは、比較的大きなプロジェクトで、かつ継続性があり、お客様との折衝の余地があるプロジェクトに限られてしまうのが難点です。
個々のメンバーの価値観を大事にすることは、それぞれの組織の中でも必要です。しかしそれに留まらず、ひとつ視点を大きくして、組織の価値観は何だろうと考えることで、全体にとって最適なことは何かをパートナー企業のひとりひとりが自ら考え、結果に繋がることができたのです。個人の価値観をうまく組織の価値観と融合させていくことがポイントになります。
まだまだ試行錯誤中ですが、私のパートナー企業との関係のありかったについて、何かの参考になれば幸いです。
編集者コーナー
このコーナーの編集担当二人が語ります。
花水木(はなみずき、以下「は」)「なるほど・・・。“価値観”ね。このテーマってPSの中でも繰り返し言われてきたけど、なかなかパートナー企業の価値観にまで踏み込んだ議論はなかったよね。」
木犀草(もくせいそう、以下「も」)「会社の価値観って、なんだろね?」
は:「社是とかさ、社訓とかさ、そういうのじゃないの?」
も:「それもあるけど、実際に社員が感じてるのって違ってたりするやん?」
は:「そうだね、体感しているものは違うかもね。だからこそ、話し合って個人の価値観と会社の価値観を融合させることに意味があるのかも!」
も:「なるほどねー!融合してるからこそ、納得感をもって動けるってことか。」
は:「それが会社をまたがってプロジェクト全体で出来るって、いいね。」
も:「ほんとの意味で、ひとつのプロジェクトになってるって感じがするね。で、はなちゃんの価値観って何?」
は:「“日々幸せにすごすこと”かな。これがさ、サラリーマンだと意外と難しいんだよね。」
も:「あっちこっちから予期しない色んな出来事がやってきて大変みたいやねぇ。」
は:「そ。放っておけばいいんだけど、そうもいかなくてね。」
も:「頼られてるからこそ、かもよ!」
は:「そうなんだけど、自分の価値観からあまりにも遠ざかるとストレスが溜まるよ」
も:「じゃ、ぱーっと吐き出して気分転換しようよ。幸せを実感できる“春のランチ懐石”とかどう?」
は:「行く行く!・・・こういう会話を繰り返すのも、ある意味で“日々幸せ”なのかもね!」
■ 筆者:あじさい(ペンネーム)
PS研究会メンバー。SIベンダーに入社して二十数年間、SE一筋。証券と通信業界の基幹系システムの開発に関わってきました。今ではPMと言われる位置づけで担当すると共に、PS研究会の方々と知り合い、共感を受け参加させていただいています。
■ 編集チーム:花水木(はなみずき:ペンネーム)
PS研究会メンバーで本業はIT企業の技術職。現在は、教育企画部門に所属し、現場に役立つ研修を試行錯誤している。長年プロジェクトという閉ざされた空間で、いかに個人が幸せに過ごすかを追求中。花水木の花言葉は「私の思いを受けてください」と「華やかな恋」。当コラムの編集長。
■ 編集チーム:木犀草(もくせいそう:ペンネーム)
関西弁バリバリのPS研究会メンバー。キャリア形成をメインテーマに研究活動中。業務では人材育成企画と並行してPMOで現場を走り回ってます。木犀草の花言葉は「陽気、快活」。プロジェクトをサポートする木犀草になりたいな。当コラムの副編集長。
■ このコラムについてのフィードバック: こちらまで、お気軽にお寄せください。感想、コメント、激励、お問い合わせ等、なんでも大歓迎です。
■ PS研究会について:PS研究会は、財団法人日本科学技術連盟のソフトウェア生産管理(SPC:Software Production Control)研究会のひとつで、2002年から動機付け(モティベーション)に関する研究を続けています。2003年から、PMAJ(旧:JPMF)のIT-SIGのひとつ「パートナー満足と人材活用(PS&HM)ワーキンググループ」としても活動しています。詳しい紹介はこの連載の第1回目をご覧ください。
■ バックナンバー
第30回目2009年2月号 〜プロジェクト現場における「親」たるべし〜(金木犀)
第29回目2009年1月号 〜群群力(ぐんぐんりょく)アップのすすめ〜(行者大蒜)
第28回目2008年12月号 〜リーダーとしての行動の原点〜(糸瓜)
第27回目2008年11月号 〜働きやすい環境を実現するためにPSができること〜(松ぼっくり)
第26回目2008年10月号 〜途中参入者が教えて欲しいこと〜(木犀草)
第25回目2008年9月号 〜働きやすいプロジェクト環境のためのDon't〜(花水木)
第24回目2008年8月号 〜フリーライダーにご用心〜(銀杏)
第23回目2008年7月号 〜暗黙のルール〜(花水木)
第22回目2008年6月号 〜ご機嫌ですか?〜(木犀草)
第21回目2008年5月号 〜「与えないこと」を「与える」〜(沈丁花)
第20回目2008年4月号 〜プロの仕事は“時は金なり”〜(釣鐘草)
第19回目2008年3月号 〜選手が本気で話しを聞くコーチ〜(万両)
第18回目2008年2月号 〜他人と関わる「勇気」〜(扁桃)
第17回目2008年1月号 〜「聞いてるつもり」の落とし穴〜(花水木)
第16回目2007年12月号 〜「言ったつもり」の落とし穴〜(木犀草)
第15回目2007年11月号 〜プロジェクトマネージャができること〜(松ぼっくり)
第14回目2007年10月号 〜リラクセーションを試してみませんか〜(百日紅)
第13回目2007年9月号 〜「へぇ〜!」から始めるチームづくり〜(ねこやなぎ)
第12回目2007年8月号 〜寝て見る夢、起きて見る夢〜(杉の木)
第11回目2007年7月号 〜ビジョンとメンバーの関係は?〜(楠木)
第10回目2007年6月号 〜デトックスしませんか〜(木犀草)
第9回目2007年5月号 〜人を動かす物語、心に宿る物語〜(孔雀草)
第8回目2007年4月号 〜モティベーションをコントロールしよう〜(向日葵)
第7回目2007年3月号 〜笑顔の効力〜(銀杏)
第6回目2007年2月号 〜私にとっての働きやすさとは〜(杉の木)
第5回目2007年1月号 〜うまくほめて正しく叱る〜(花水木)
第4回目2006年12月号 〜挨拶は“安全な仲間”のシルシ〜(木犀草)
第3回目2006年11月号 〜プロジェクトチームにおける新人の居場所〜(菜の花)
第2回目2006年10月号 〜ソフトウェア技術者が働きやすい作業場所とは?〜(楠木)
第1回目2006年9月号 〜このコーナーのご紹介〜(花水木)
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