働きやすいプロジェクト環境のために
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〜プロジェクトマネージャができること〜

松ぼっくり(ペンネーム):11月号

 皆さんにとって「働きやすい状態」とはどういうことでしょうか。日本人の多くはチームワークが大切だと考え、「職場の雰囲気が良いこと」とか「コミュニケーションが密に取れること」などを指すことが多いと聞きます。会社組織では、働く環境の良し悪しの基準に、「一人あたりの事務所面積」や「机の広さ」などを使うこともあります。「働きやすい」状態には、いろいろな場合があるようです。長年システム開発現場のPM(プロマネージャ)を担当してきた私が考える、働きやすい環境について、自分のへの戒めとPMへの提言を交えて報告します。

 PMとして考えていること

 PMとしての私にできることは、「多くの人が働きやすい(であろう)プロジェクト環境」を自分で想像して、その目的に向かって自らが進んでいくことです。客観的な判断ではなく「プロジェクトメンバーが働きやすいようになる、または、なったと勝手に思うこと」が、働きやすい状態を実現するためには必要だと思います。
 逆に「働きにくい」状態がどういうことかを考えますと、過去の経験では「開発途中での遅れ」や「各工程での品質問題」などを起こすと、すぐに「働きにくい状態」となりました。作業の途中でお客様から改善対策を求められ、その後の作業が予定したコストで開発できなくなるためです。
 PMとしては常に成功を勝ち取る必要があります。つまり、「働きやすい」状態はプロジェクトの成功要因ではなく、プロジェクト遂行途中で個々の作業が成功することで、もたらされる結果だと考えることができます。過去の多くのシステム開発では、成功するためにメンバーに過酷な作業を強いて、働きにくい環境となり、その結果として成功には程遠い結果しか出ていません。プロジェクトの進行途中で状況を評価し、交渉の中で決めた基準で測定し、そこまでの成果をお客様に満足してもらえば「働きやすい環境」は必ず獲得できると思います。

 PMとして実行していること

 プロジェクト管理領域で多くの識者が「プロジェクトは計画時に成功の80%が決まる」といいます。その重要性も理解できますし、なぜそのように言われるかもよく分かります。計画が大事であるというのは、開発についての純粋に技術的な面や、合理的な説明ができる世界では大変重要な意味を持ちます。
 一方、我々の対応するITプロジェクトでは、最初から合理的に説明可能な部分が思うほど多くありません。「同じ組織、環境や、技術は二度と使わない、やる前に何が起こるか判らない」のです。したがって、「やり始めてからが大事」ということを認識するのがとても大切になります。
 さらに深刻な問題は、ソフトウェアを作る人の実力を見きわめることが難しい点にあります。人は機械ではありませんので、部品を集めるように稼動計画をしても思いどおりにはなりません。開発の途中、特に新しい作業に着手した時の「感触」が非常に重要になります。見込みより難易度が高いとか、対応するメンバーの力量が思ったより低いとかの、やり始めてから初めて向き合う作業と、それをこなす人間の実力のそれぞれを「感触」として捕らえることが必要です。
 ここで私がいう「感触」とは、その工程の結末を予知することであり、放置してはならない問題とその影響を見通せることです。対処を考えて実行し、近い将来の成功をもって、その後の計画についてお客様と交渉することがPMの最も大切な仕事であり「働きやすい」ことを実現する重要な行動だと思います。

 プロジェクトの成功はPMの交渉力が決め手

 私が考えるプロジェクトの成功とは「お客様の望むことを達成し、かつ、ビジネスとしても成立すること」です。つまり、「品質ボロボロ、納期1年遅れ、しかし荒利はプラスでお客様から次もやって欲しい」ということであれば、まぎれもなく成功です。
 通常のシステム開発では、納期が遅れたら儲かりません。しかし、遅れの原因は、請負側に一方的にあるわけでもないのです。お客様の要求があいまいだったり、お客様社内の意志決定が遅れたりすることで、納期に影響が出ることもあります。PMはこのことをお客様に重ねて説明し、発注側にも遅れの責任の一端を担ってもらうような約束を契約時にしておくことが必要です。そうすれば両者の責任の分担が明確になるわけです。品質についても、基準値としての試験密度やバグ発生率などをPMが主導権をとって決めることで、お客様が過度な期待を持つことなく、予定通り仕事が進められるようになります。このような交渉や約束ができないPMは、お客様の言うままに工期が短くなり、稼動人員も削減され、まともなテストをすることすらできない、過酷な契約条件しか勝ち取れないのです。
 うまく交渉ができないと、約束した品質や納期を守れない、ということになり、従事しているメンバーはもちろん、お客様も含めて多くの人を不幸な目にあわせることになります。「働きやすい」どころか、スケジュール後半になって、1人で3人分の仕事を、通常の1/3の期間に仕上げてくれというプロジェクトが多いのは、交渉できないPMが原因だとにらんでいます。プロジェクトの成功が何であるかは、そのプロジェクトによって違うかもしれませんが、成功するためにはPMの交渉力が大変重要です。

 PMがIT業界を働きやすくする

 ITシステムの開発現場は、新3K(きつい・くるしい・かえれない)などといわれており「働きやすい」こととは無縁の状況らしいです。らしい、というのは私自身がこの業界でしか作業していないから、自覚症状がないのです。ただ、私がたまに20:00くらいに帰宅すると、子供に「お父さん!リストラにあったの?」と本気で心配されます。
 このままだと、今いる優秀な人材も他の業界に流出し、新たに入ってくる優秀な人材もいなくなり、IT業界全体が成長できなくなるという話も聞きます。交渉できるPMが増え、過酷な開発現場の状況がおさまり、働きやすい環境になると、良い人材が集まり、さらに良いPMに育ってくれるでしょう。PMは計画する力や技術力も必要ですが「交渉力」を身につけて業界改善を図りましょう。


 編集者コーナー
 このコーナーの編集担当二人が語ります。
木犀草(もくせいそう、以下「も」)「編集長さま、今日は一段と素敵ですね!」
花水木(はなみずき、以下「は」)「なになに?今日のもくちゃん、変だよどうしたの?」
も:「いえいえ、編集長のことは、いつも女らしくて知的で素敵だなーと思ってたのよ。」
は:「ははーん、分かった。何?何か頼みたいことあるんでしょ?」
も:「え?・・・あ、バレちゃった?笑」
は:「バレバレよ。笑」
も:「次の締め切りを延ばしてもらおうと思ったんだけどなー、交渉って難しいね。」
は:「松ぼっくりさんのように、ちゃんと、理由とか基準とかを元にして交渉しないとね!単にゴマをすっても、ダメですからね。」
も:「やっぱり物事を仕切っていくには、冷静な頭脳と熱いハートが要るってことかな。」
は:「その通り!ってことで、今から準備すれば次の締め切りにも間に合うんだから、私たちも冷静な頭脳でがんばりましょ♪」
も:「やっぱり編集長には敵わへんなぁ・・・おしっ、来月もがんばろーっと。」


 著者:松ぼっくり(まつぼっくり:ペンネーム)
 PS研究会メンバー。大型汎用機全盛の時代にプログラマーとして紙にしこしこパンチしながら、業務知識を得ることに喜びを感じていたのですが、リーダだ、マネージャだという管理的な作業を始めてはや20年にもなりました。本当はものごとの真理を探究する研究者になるはずだったのですが、学生時代に道を踏み外してコンピュータに使われる身となってしまいました。
 編集チーム:花水木(はなみずき:ペンネーム)
PS研究会メンバーで本業はIT企業の技術職。現在は、教育企画部門に所属し、現場に役立つ研修を試行錯誤している。長年にわたり、プロジェクトという閉ざされた空間で、いかに個人が幸せに過ごすかを追求中。花水木の花言葉は「私の思いを受けてください」と「華やかな恋」。当コラムの編集チームの編集長。
 編集チーム:木犀草(もくせいそう:ペンネーム)
関西弁バリバリのPS研究会メンバー。キャリア形成をメインテーマに研究活動中。木犀草の花言葉は「陽気、快活」。プロジェクトをサポートする木犀草になりたいな。当コラムの副編集長。
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Partner Satisfaction PS研究会について:PS研究会は、財団法人日本科学技術連盟のソフトウェア生産管理(SPC:Software Production Control)研究会のひとつで、2002年から動機付け(モティベーション)に関する研究を続けています。2003年から、PMAJ(旧:JPMF)のIT-SIGのひとつ「パートナー満足と人材活用(PS&HM)ワーキンググループ」としても活動しています。詳しい紹介はこの連載の第1回目をご覧ください。
 バックナンバー
第1回目2006年9月号  〜このコーナーのご紹介〜(花水木)
第2回目2006年10月号  〜ソフトウェア技術者が働きやすい作業場所とは?〜(楠木)
第3回目2006年11月号  〜プロジェクトチームにおける新人の居場所〜(菜の花)
第4回目2006年12月号  〜挨拶は“安全な仲間”のシルシ〜(木犀草)
第5回目2007年1月号  〜うまくほめて正しく叱る〜(花水木)
第6回目2007年2月号  〜私にとっての働きやすさとは〜(杉の木)
第7回目2007年3月号  〜笑顔の効力〜(銀杏)
第8回目2007年4月号  〜モティベーションをコントロールしよう〜(向日葵)
第9回目2007年5月号  〜人を動かす物語、心に宿る物語〜(孔雀草)
第10回目2007年6月号  〜デトックスしませんか〜(木犀草)
第11回目2007年7月号  〜ビジョンとメンバーの関係は?〜(楠木)
第12回目2007年8月号  〜寝て見る夢、起きて見る夢〜(杉の木)
第13回目2007年9月号  〜「へぇ〜!」から始めるチームづくり〜(ねこやなぎ)
第14回目2007年10月号  〜リラクセーションを試してみませんか〜(百日紅)
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