〜「与えないこと」を「与える」〜
沈丁花(ペンネーム):5月号
「自分は上司として、ちゃんと指示も、やるべきことも伝えている。だからうまくいくハズ!」・・・でも実際、部下は、イキイキと動いてくれることもあれば、今ひとつのこともありますね。一体、何が違うのでしょうか?今回は、上司が部下に「与えるべきものは何か」について考えてみます。
トマトのDNA
この季節、我が家の菜園では、夏野菜が青々と育ってきます。その中でもトマトは、元々、雨が少なく荒れた地域の原産であるため、面白い性格を持っています。苗に肥料や水を十分に「与える」と枝葉が草ボウボウに茂り、肝心の実が美味しくなりません。逆に、水を十分に「与えない」と、自分で水や養分を探すため、根が広く深く張りだし、味の濃いトマトができます。「あえて与えない」ことにより、本来トマトが持っているたくましい生命力が宿されるのです。
このようなトマトのDNAは、ひょっとすると、私たち人間にも存在しているのではないでしょうか?
新人研修の失敗から学ぶ
数年前の新人研修での、私の失敗談をお話します。その年は、新人が多かったため、大教室で研修を行いました。そのせいか、教室の後ろのほうは、どんよりした雰囲気になりました。講師が一生懸命講義しても、受講生の反応は今ひとつでした。さらに、机を移動するとき、パソコンにLANケープルなどをつなげたまま、机の脚で踏みつけてズルズル引きずる姿を見て驚きました。荒廃した教室を見るようで悲しいできごとでした。
ところが、次の年の新人研修では、何も指示しなくても自分達でケーブルを外し、机を移動し、床を這うケーブルを丁寧に束ねる光景が見られました。
新人のプロフィールは、前年と大きな違いがあったわけではありません。それなのに、これほど行動が変わることに、びっくりしました。
「与えないこと」を「与える」
実は、次年の新人研修では、全カリキュラムにおいて、意識して「与えること」をやめたのです。あえて「不便や不満足を与える」ことで、それを克服して育ってほしいという想いでのことです。
例えば、通常、新人に整った環境を「与える」ことは当たり前なのですが、その年の研修では、初日にLANケーブル1巻と部材や工具類を渡し、自分達で考えて必要なものを作らせることから始めました。自ら行動することで、大変だけれど楽しい経験をする場を「与えた」のです。きっとLANケーブルにも愛着を感じたのでしょう。研修期間中、床のケーブルを踏みつけることもなく、静かにまたいで通る姿に、私は嬉しくなりました。
もちろん、そのほかの研修も、新人自身が考え行動する場を多く「与えた」ことで、理解度も満足度も高い結果が得られました。
仕事をやらせることと任せること
私たちがかかわっているPSセミナーで、良い上司について尋ねると、多くの受講者は「仕事を任せてもらえること」と答えます。人間は、自分自身の頭で考え行動したときに、輝くようなDNAを持っているのかも知れませんね。私自身も、未熟な私に仕事を任せてもらったときの嬉しさは、今でも忘れません。
しかし、部下を持つ立場になると、任せることの難しさに直面します。任せるには、辛抱強さが必要になります。放任にならないよう、ポイントポイントでうまくいくような方向づけが必要になります。忙しいと、つい相手に答えだけを告げたり、「こうやればいいんだ」など作業の仕方だけを指示したりする場面が多々あります。
答えや直接的な指示だけを「与える」ことは、相手のやりがいを「与えない」ことにつながることを意識する必要があります。
「仕事をやらせること」は、指示する側の都合が主体となり、「仕事を任せること」は、協働的な考え方が主体になります。
主人公となる場を与えてみよう
みなさんの職場やプロジェクトでは、どれだけ相手に「考えること」を与えているでしょうか?どれだけ自分自身で行動しなければならない場を与えているでしょうか?一番おいしいところを上司がやってしまっていないでしょうか?はたまた、「お前に任せたよ。後はよろしく!」の一言で放任になっていないでしょうか?
最近はやりのファシリテーションでも、「チームは自ら問題を解決する能力を持っている」(※)と考えています。また、プロジェクトファシリテーションの活動でも、チームのメンバー自身で自分達のためのカイゼン活動が進められています。これらも、自分達が主人公であるという点において、任せることと共通しています。
相手が育って欲しいという想いを持って、できるところからでいいので、答えを「与えない」ことから始めてみましょう。相手が考え行動しないといけない場を「与えて」みましょう。何かが、きっと変わることでしょう。
(※参考文献)
新岡 優子/前川 直也/西河 誠/小田 美奈子/上田 雅美 (著)
『システム開発現場のファシリテーション』 技術評論社
編集者コーナー
このコーナーの編集担当二人が語ります。
花水木(はなみずき、以下「は」)「なるほどねー。こういう上司に見守られてすくすく育ちたいものだねぇ。沈丁花さんの部下はいいなぁ・・・・」
木犀草(もくせいそう、以下「も」)「そうやねー、与えてほしいか?与えてほしくないかって聞かれたらどう?」
は:「うーん、そりゃ、もらえるものはなんでももらいますよ、アタクシは・・・」
も:「んじゃ、あの原稿チェックと、この校正と、あの企画と・・・」
は:「ちょっと、ちょっと、意味が違うでしょっ!笑」
も:「こりゃ失礼。笑。でもさ、何を、どうやって与えるのか、って大事なんやうろね」
は:「そうだね、任せるといっても、放任するのじゃなく、任せて大丈夫な状況を作るってことなんだろうね。」
も:「あたしは編集長に適度な愛と鞭をもらってるんで、すくすく育ってるよ!」
は:「もくちゃんは、ゴールがハッキリしてると張り切るタイプだから与え方も分かりやすいかも。」
も:「読まれてるなぁ。ついつい、編集長に乗せられちゃうんだよなー。やらされ感より、任され感を感じるもん。」
は:「じゃあ、次の校正も任せちゃおうかな!」
も:「きたーっ!んじゃ、がんばるから、仕上がったら沈丁花さんちの家庭菜園を見学にいこうよ♪」
は:「いいねー。よし、それを励みにがんばるとしましょ!」
■ 著者:沈丁花(じんちょうげ:ペンネーム)
PS研究会メンバー。組込み系ソフトウェア開発現場の技術者、PMなどを経て、現在事業企画部門に所属し、部門の教育企画推進とプロセス改善活動を推進中。本人はどちらも育てることと考えているらしい。最近、家庭菜園に燃えており、土と野菜を育て、おまけに食べられることに悦びを感じている。現在、第3ファームまで増進中だが、夢は日本の自給率を0.01ppm向上することらしい。
■ 編集チーム:花水木(はなみずき:ペンネーム)
PS研究会メンバーで本業はIT企業の技術職。現在は、教育企画部門に所属し、現場に役立つ研修を試行錯誤している。長年プロジェクトという閉ざされた空間で、いかに個人が幸せに過ごすかを追求中。花水木の花言葉は「私の思いを受けてください」と「華やかな恋」。当コラムの編集長。
■ 編集チーム:木犀草(もくせいそう:ペンネーム)
関西弁バリバリのPS研究会メンバー。キャリア形成をメインテーマに研究活動中。木犀草の花言葉は「陽気、快活」。プロジェクトをサポートする木犀草になりたいな。当コラムの副編集長。
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■ PS研究会について:PS研究会は、財団法人日本科学技術連盟のソフトウェア生産管理(SPC:Software Production Control)研究会のひとつで、2002年から動機付け(モティベーション)に関する研究を続けています。2003年から、PMAJ(旧:JPMF)のIT-SIGのひとつ「パートナー満足と人材活用(PS&HM)ワーキンググループ」としても活動しています。詳しい紹介はこの連載の第1回目をご覧ください。
■ バックナンバー
第1回目2006年9月号 〜このコーナーのご紹介〜(花水木)
第2回目2006年10月号 〜ソフトウェア技術者が働きやすい作業場所とは?〜(楠木)
第3回目2006年11月号 〜プロジェクトチームにおける新人の居場所〜(菜の花)
第4回目2006年12月号 〜挨拶は“安全な仲間”のシルシ〜(木犀草)
第5回目2007年1月号 〜うまくほめて正しく叱る〜(花水木)
第6回目2007年2月号 〜私にとっての働きやすさとは〜(杉の木)
第7回目2007年3月号 〜笑顔の効力〜(銀杏)
第8回目2007年4月号 〜モティベーションをコントロールしよう〜(向日葵)
第9回目2007年5月号 〜人を動かす物語、心に宿る物語〜(孔雀草)
第10回目2007年6月号 〜デトックスしませんか〜(木犀草)
第11回目2007年7月号 〜ビジョンとメンバーの関係は?〜(楠木)
第12回目2007年8月号 〜寝て見る夢、起きて見る夢〜(杉の木)
第13回目2007年9月号 〜「へぇ〜!」から始めるチームづくり〜(ねこやなぎ)
第14回目2007年10月号 〜リラクセーションを試してみませんか〜(百日紅)
第15回目2007年11月号 〜プロジェクトマネージャができること〜(松ぼっくり)
第16回目2007年12月号 〜「言ったつもり」の落とし穴〜(木犀草)
第17回目2008年1月号 〜「聞いてるつもり」の落とし穴〜(花水木)
第18回目2008年2月号 〜他人と関わる「勇気」〜(扁桃)
第19回目2008年3月号 〜選手が本気で話しを聞くコーチ〜(万両)
第20回目2008年4月号 〜プロの仕事は“時は金なり”〜(釣鐘草)
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