〜途中参入者が教えて欲しいこと〜
木犀草(ペンネーム):10月号
今回は、PMOとしてプロジェクトに途中から参画することが多い筆者の経験から、途中参入者がどうやって早くプロジェクトになじむかについて、感じたことをつづります。
追加メンバーの戦力化
余裕のあるスケジュールと予算、要求仕様と開発スコープは明確、万全の体制で計画もバッチリ、そんなプロジェクトはほとんどありません。厳しい納期、限られたコスト、計画通りに投入されない要員、たび重なる仕様変更・・・徐々にスケジュールは遅れ、プロジェクト運営は厳しくなり、気がつけばトラブルプロジェクトの刻印を押されている、というのは、現実にはそう珍しい話ではないでしょう。
筆者は、IT企業のPMO(Project Management Office)の一員として、日ごろはプロジェクトのQCDをモニタリングしているのですが、ひとたびトラブルプロジェクトが発生すると、プロジェクト管理のスタッフとして現場に投入されます。問題が発生したプロジェクトは、状況に応じて、一気に複数のメンバーを投入したり、五月雨的にメンバーを追加したりします。メンバー追加は問題プロジェクトだけではありません。計画的に途中からメンバーを追加することもあります。設計工程よりプログラミング、テスト工程になるほどメンバーが増えるのはITプロジェクトでは当たり前のような光景です。
計画的であれ、緊急投入であれ、途中からプロジェクトに参画したメンバーは即戦力として活躍することが期待されています。ところが、すぐさまプロジェクトの戦力になる人と、なかなかプロジェクトになじめず、力を発揮するのに時間のかかる人がいます。その違いは何なのでしょうか。
プロジェクトのお作法
どんなプロジェクトでも、長い時間一緒に過ごしていると、プロジェクト独自の文化ができてきます。実は、「いかに早くそのプロジェクト文化になじめるか」が、途中参入者が戦力として貢献できるかどうかの分かれ道と言えるのです。「プロジェクト文化」といっても、大げさに考えることはありません。そのプロジェクトごとのお作法、といったほうがわかりやすいかもしれません。このお作法を早く知ることが大切なのです。
計画的にメンバーを投入する場合、あらかじめ受け入れ態勢ができていたり、そもそも必要な役割が用意されていたりします。そんな環境に着任するのであれば、プロジェクトのお作法を教えてもらったり、様子を見ながら徐々にプロジェクトのお作法を身につけたりすることができます。
ところが、トラブルプロジェクトの場合、これが結構難しいことになります。プロジェクトマネージャは大忙し、周りのメンバーもかなり疲れているし、なんとなく無口で不機嫌に見える場合が多いのです。特に規模が大きいプロジェクトだと、長期間にわたる残業生活で、まさにキツイ、苦しい、帰れないの“3K”職場。筆者自身も「テキトウに空気を読んでやって」と言われたことがあります。優先順位を察知して適正に、ということなのでしょう。そんなことを言われても、右も左もわからない中途参入者はプロジェクトのお作法をどうやって知ればよいのでしょうか。
参入者がやること、受入者がやること
中途参入者は、トラブルプロジェクトに“選ばれて”参画するわけですから、それなりのスキルや経験、プライドがあります。でもプロジェクトのお作法を知るには、そのプライドをちょっと脇においておくのが一番です。「わからないので教えてください」、この一言が言えるかどうかで、プロジェクトメンバーとの距離がぐっと近くなります。「プロジェクトのルールについて説明がない」、「受け入れ態勢ができていない」なんて文句をいってもメンバーとの距離は縮まらないし、そんなヒマはないのです。いち早く、本来の目的であるプロジェクトの建て直しをしなくてはいけないのですから。ものごとは、他人に指示をされるより、仲間と相談して決めたほうがスムースに進みます。ですから、「仲間」になるために「教えて」と、歩み寄りの一歩を出せばよいのです。
では、受け入れる側はどうすればよいでしょうか。中途参入者に対して「あの人はプロジェクトの空気を読めていない」「気が利かない」と、イライラしていませんか?多くの場合、中途参入者は「知らないからできない」だけなのです。イライラするより声をかけて教える、この歩み寄りが大切です。プロジェクトの中には、プロジェクトルールを明文化しているところもあります。お作法をルールとして整理して説明すれば、中途参入者にも分かりますし、できてなければ、「ルールを知ってますよね、守ってください」と言えばよいのです。この関係ができていれば、必要以上にイライラしなくてすみます。そのためにも、ルールを渡すときは、ぜひ、15分でいいので対面で説明をしてください。「読んでおいて」と言われて紙を渡されるより、説明するほうがお互いに相手を身近に感じるものです。
教えて欲しい生活ルール
ルール化しておくと便利なお作法は、コミュニケーションルールと、生活に関するルールです。オフィシャルなコミュニケーションルールはPMBOKのコミュニケーションの章にもヒントを見つけることができますので、ここでは、筆者の経験から、生活ルールについて教えてもらうと嬉しいことをいくつか挙げておきましょう。
・ 遅刻、欠勤の時の連絡先と連絡時間(早すぎると誰もいないこともある)
・ メールの出し方(宛先、CcやBccの使い方、返信時のタイトルの付け方、引用の仕方、など)
・ 電話機の使い方(外線と内線の使い分け、転送など)
・ 昼食時間の過ごし方(誘ってもらえるともっと嬉しい)
・ 休憩時間の取り方(有無)、喫煙コーナーの使い方
・ オフィス内の飲食
・ コピー機の使い方(コピーカウンターを使うのか?予備の紙はどこにあるのか?)
・ シュレッダーの使い方
・ トイレの使い方(特に女性は私物を置いてよいかどうか)
・ 傘やコートの置き場所
・ ミーティング場所の使い方(予約方法、備品の使い方など)
・ 行き先表示の仕方、直行直帰の連絡方法
・ ゴミの分別ルールとルールをどれくらい厳格に守っているか
・ 領収書の精算の仕方、タイミング
・ お金をおろしたいけど、近くのATMは?
・ コンビニに用があるとき
・ 文房具や備品がほしいとき、切れたときどうすればいいか
これらの生活ルールは就業規定や、ビル利用規定などを読めばわかることもあります。しかし、実際にプロジェクトではどうやっているのかを教えてもらえるのが、中途参入者にとっては、嬉しいことなのです。また、わからないことがあれば、誰に聞けばいいのかも教えてもらえると嬉しいものです。
さいごに
生活ルールの中には、イマサラ新人じゃあるまいし、と思う項目も含まれています。でも、プロジェクトにとっては、「新しく」メンバーとしてやってきた新人ということもできます。中途参入者側も、受け入れる側も、お互いに仲間として歩み寄ることが、中途参入者に即戦力として活躍の場を提供することになり、ひいてはプロジェクトがよい成果を出すことにつながります。
最後に、プロジェクトのお作法の違う使い方をご紹介します。ほんとうに危険な状態にあるプロジェクトを救うために、プロジェクトのお作法そのものをガラリと変えることがとても有効な場合があります。時間を守らないことが当然になっていたり、プロジェクト目標に力を向けなくてもよい雰囲気が横行していたりしたら、プロジェクトは危機的状況といえます。そんな時は、お作法を一から見直して、ピリッとした生活に変える必要があります。プロジェクトのお作法にはそれぐらいの影響力があります。プロジェクトのお作法を知り、それが有効なお作法かどうか、見極めて舵を切るのは、中途参入者だからこそできる重要な役目のひとつなのです。
編集者コーナー
このコーナーの編集担当二人が語ります。
花水木(はなみずき、以下「は」)「なるほどねぇー。サラリーマンは一日の3分の1以上を会社で過ごすけど、“会社生活”っていうだけあって、生活の一部に仕事が乗っかっているんだなって思ったよー。」
木犀草(もくせいそう、以下「も」)「ほんとプロジェクトもまさに“生活”だなーって思うよ。」
は:「でも実際には、その会社生活について重要視しない人が結構多かったりする?」
も:「そうそう。生活習慣が馴染めたら、いっきに仲間って感じになるけど、馴染めなかったら、いつまでも前の部署のメンバーと愚痴ってたりするよねー。」
は:「この文章読んで、転校生や、中途入社の“転職生活”人にも言えるなーって思ったよー。初日の挨拶って、お互いにドキドキするんだよね。」
も:「そうそう、こんなツカミだったらウケるかな?とか、前の日にネタを考えるもんね。」
は:「ん?ドキドキって、そこなのー!?笑」
も:「もちろん!歩み寄りには、お笑いが便利だよー。」
は:「一理ある・・・ん?ちょっとちょっと、いつの間に、職場ルールに“朝会で新ネタを披露すること”なんて、書いたのよ。無理強いはダメですよ!」
も:「ありゃ、見つかった。ルールにするのはムリだったか。」
は:「笑いも大事な生活の潤滑油だけど、ルールって言うより自然と笑える職場生活がいいよね。いずれにしても、お互いに歩み寄るって大事だよね。」
も:「そうだね、まずは自分から笑いを取りにいくとするかな。」
は:「もくちゃんの場合は、結局、そこにもどるのねー、笑」
■ 編集チーム:花水木(はなみずき:ペンネーム)
PS研究会メンバーで本業はIT企業の技術職。現在は、教育企画部門に所属し、現場に役立つ研修を試行錯誤している。長年プロジェクトという閉ざされた空間で、いかに個人が幸せに過ごすかを追求中。花水木の花言葉は「私の思いを受けてください」と「華やかな恋」。当コラムの編集長。
■ 編集チーム:木犀草(もくせいそう:ペンネーム)
関西弁バリバリのPS研究会メンバー。キャリア形成をメインテーマに研究活動中。業務では人材育成企画と並行してPMOを担当。木犀草の花言葉は「陽気、快活」。プロジェクトをサポートする木犀草になりたいな。当コラムの副編集長。
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■ PS研究会について:PS研究会は、財団法人日本科学技術連盟のソフトウェア生産管理(SPC:Software Production Control)研究会のひとつで、2002年から動機付け(モティベーション)に関する研究を続けています。2003年から、PMAJ(旧:JPMF)のIT-SIGのひとつ「パートナー満足と人材活用(PS&HM)ワーキンググループ」としても活動しています。詳しい紹介はこの連載の第1回目をご覧ください。
■ バックナンバー
第25回目2008年9月号 〜働きやすいプロジェクト環境のためのDon't〜(花水木)
第24回目2008年8月号 〜フリーライダーにご用心〜(銀杏)
第23回目2008年7月号 〜暗黙のルール〜(花水木)
第22回目2008年6月号 〜ご機嫌ですか?〜(木犀草)
第21回目2008年5月号 〜「与えないこと」を「与える」〜(沈丁花)
第20回目2008年4月号 〜プロの仕事は“時は金なり”〜(釣鐘草)
第19回目2008年3月号 〜選手が本気で話しを聞くコーチ〜(万両)
第18回目2008年2月号 〜他人と関わる「勇気」〜(扁桃)
第17回目2008年1月号 〜「聞いてるつもり」の落とし穴〜(花水木)
第16回目2007年12月号 〜「言ったつもり」の落とし穴〜(木犀草)
第15回目2007年11月号 〜プロジェクトマネージャができること〜(松ぼっくり)
第14回目2007年10月号 〜リラクセーションを試してみませんか〜(百日紅)
第13回目2007年9月号 〜「へぇ〜!」から始めるチームづくり〜(ねこやなぎ)
第12回目2007年8月号 〜寝て見る夢、起きて見る夢〜(杉の木)
第11回目2007年7月号 〜ビジョンとメンバーの関係は?〜(楠木)
第10回目2007年6月号 〜デトックスしませんか〜(木犀草)
第9回目2007年5月号 〜人を動かす物語、心に宿る物語〜(孔雀草)
第8回目2007年4月号 〜モティベーションをコントロールしよう〜(向日葵)
第7回目2007年3月号 〜笑顔の効力〜(銀杏)
第6回目2007年2月号 〜私にとっての働きやすさとは〜(杉の木)
第5回目2007年1月号 〜うまくほめて正しく叱る〜(花水木)
第4回目2006年12月号 〜挨拶は“安全な仲間”のシルシ〜(木犀草)
第3回目2006年11月号 〜プロジェクトチームにおける新人の居場所〜(菜の花)
第2回目2006年10月号 〜ソフトウェア技術者が働きやすい作業場所とは?〜(楠木)
第1回目2006年9月号 〜このコーナーのご紹介〜(花水木)
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