働きやすいプロジェクト環境のために
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〜「働きやすいプロジェクト環境」その背景と意義〜

PS研究会 代表 松尾谷 徹: [プロフィール] :9月号

 2006年9月にこの連載が始まってから、読者の中には、「プロジェクト環境とプロジェクトマネジメント(以下プロマネと略す)とは何の関係があるのか」、あるいは「連載で伝えようとしている主旨は何だろう」と思われているかたもいらっしゃると思います。それぞれの記事については、大事なことであり共感できるが、プロジェクトマネジャー(以下PMと略す)である自分は何をすればよいのかが分からないとの意見です。そこで、この連載の背景と意義について考えてみます。

  マネジメントの要素:「仕事」と「人」

 この連載の目的は、プロジェクトとして達成すべき「仕事」の側面ではなく、仕事を遂行する「人」の側面にフォーカスすることです。「仕事」の側面については、PMBOKやP2Mなどの体系化が行われ、基礎知識として標準化が進んでいます。例えば、スコープ管理、WBSなど、共通の概念が広く使われています。一方、「人」の側面については、対象が多様で複雑であることから、未だ体系化が行われておりません。IT関連プロジェクトの生産性要因が人的資源にあり、最も重要なマネジメント対象であることは自明ですが、それらをうまく管理するための基礎知識としては、「コミュニケーションが大切」「やる気(モティベーション)が重要」程度のことしか知られておりません。
 PMの入門者は、仕事に関連する基礎知識の学習から入ります。そして、プロマネの基礎知識はPMであることの「仲間のシルシ」(4号)として残ります。一方、人の側面は、プロマネの基礎知識体系に未だに登録されていないため、「仲間のシルシ」ではなく仲間外(敵?)として認知されます。一部の真面目で博学なPMは、人の側面について考えたり、対策を打ったりすることをPMの役割とは考えていません。もちろん、実務を経験すれば大きな壁にぶつかるのですが、壁が多様で大きすぎて、自分では解を見つけることができないため、この課題を課題として取り上げないようです。

 IT系プロマネにおける働きやすいプロジェクト環境の意義

 エンジニアリング系のプロマネでは、ステークホルダ間で合意したプロジェクト計画書ができれば、プロジェクトの7割は完成したと言われます。しかし、IT系のプロジェクトでは、計画書が施工段階に対して強い統制力を持つことができません。計画だけではなく要求仕様や機能仕様でさえも、文書で正確に伝えることが困難です。実装された要素をつなぎ合わせ、デバッグとテストの工程を経てやっと完成しているのが実態です。その結果、完成予定の1週間前にサービスインができないことが判明するなど、施工段階で大きなリスクを抱えています。
 このように、ITプロジェクトの実体は、人的資源としてIT技術者をかき集め、WBSの要素をスキルが定かでない技術者の誰かが担当し、仕様書でも伝えきれない情報を技術者間で伝えあい、論理的でち密なITシステムを稼働させるというものです。仕様書でも伝えきれない情報を対人コミュニケーションで伝えるのは非常に困難なことです。ここにIT系プロマネにおける人の側面の重要性と意義があります。働きやすいプロジェクト環境は、働く満足感とやる気を向上させ、さらに仕事の質的向上につながるのです(図1)。
図1 働きやすいプロジェクト環境の意義
図1 働きやすいプロジェクト環境の意義

 では、次の課題として、PMはどのようにして人の側面に関する知識を学び、実践力を高める経験を積めばよいのでしょうか。実経験から学ぶだけでは、対象の多様性と複雑性を克服することは困難です。経験を加速させる事例や、事例を抽象化した知識体系が必要ですが、未だできていません。個々の事例をリストアップする段階から、何らかの整理を行い体系化が必要です(これは、ソフトウェア工学では、概念モデルとか関係モデルと呼ばれるものです)。
 人の側面についての知識の体系化は、現段階では経営学の組織行動論など一部の学際的な体系以外に存在せず、ITプロマネにおける実践的な体系化が求められています。この連載を終え、次の世代につなぐためにも、何らかの整理が必要と考えます。次に「プロジェクト環境の関係モデル」について考えます。

 プロジェクト環境の関係モデル

 IT関連プロジェクトにおける人の側面は、多様で複雑であることから、精密で頑強なモデルを考えることは困難です。働きやすいプロジェクト環境に関連する構成要素と、それぞれの関係性を表す簡単なモデルを考えました。それが以下のプロジェクト環境の関係モデルです(図2)。
図2 プロジェクト環境の関係モデル
図2 プロジェクト環境の関係モデル

 このモデルは、働きやすいプロジェクト環境に影響する3つの要素として、@プロジェクトマネジメント(プロマネ)、A経営、B参加する技術者のパーソナリティ(技術者)を取り上げました。もうひとつ、一部のプロジェクトでは顧客の態度(パートナ指向で協働か、階層指向で外注か)が与える影響も強いので、補助的な要素として示しました。次に3つの要素を順番に見ていきましょう。

 参加するメンバー(技術者)と働きやすいプロジェクト環境の関係

 ITプロジェクトにおけるチームワークは、他の産業界における共同作業とは全く異なった形態を持っており、これがプロジェクト環境に大きな影響を与えています。一般的なチームワークは、“共働”と表現できるもので、物理的な仕事を、力を合わせ助け合いながら行います。例えば、野球であれ、消防団であれ、チームの中で自分の役割や貢献が明らかな共働です。一方、ITプロジェクトの個々の作業、例えばコーディングやテストケースの実行などそれぞれの実務作業は、担当する技術者が考え知恵を出して行う個人的な活動です。チームワークが必要なのは、それぞれの活動間のインタフェースです。それらは、例えば、データ参照、プロトコル、バージョン確認、バグ票などのことであり、ある意味で個々の自由な活動を制限するものです。つまり、インタフェース部分が個人の自由を制限するため、そこにストレスが発生する場合があります。
 このような仕事形態のため、IT技術者は集団で行動することにストレスを受け、他の産業に比べ、社会性に関するスキル・経験が低い特徴を持っています。さらに、現代社会に生きる若者など、社会性が低いまま社会人となったメンバーの参入があります。この現状(惨状)が、プロジェクト環境を良くしないとプロジェクトが進まない背景として存在します。

 プロマネと働きやすいプロジェクト環境の関係

 PMが、仕事の側面だけでがんばれた時代は終わり、人の側面からプロマネを進めないと、ITプロジェクトでは生き残れない時代がそこまで来ています。次に、この課題の対策について考えてみましょう。
 先に述べたように、プロマネにおける仕事の側面は、標準的な規範が定着しつつあります。しかし、人の側面からプロジェクトの状況を串刺しにして眺めると、その進め方はあまりにも多様です。共通の規範がないことから、PMの対人スキルがそのままプロジェクトに表れてしまい、その様子を「子供部屋状態」と例えます。「子供部屋」とは、対人経験の少ない子供たちの閉鎖的な遊び場のことで、自分の価値観だけで構成された個性的で非常に多様である様に由来しています。具体的には、メンバーを指示命令だけで動かそうとしたり、逆に、メンバーとまともな会話ができず自分のことしかできないPMの対人スキルが、そのままプロジェクトの文化を形成している状態です。
 図2に示すように、PMの対人スキルは、チーム内の役割とチーム文化に影響を与えます。チーム内の役割とは、例えば日々発生する様々な仕事やトラブルをどのようにして役割分担するのか、に対応します。チーム文化とは、例えば挨拶や連絡など、職場での暗黙の規範です。
 経営戦略も間接的にプロジェクト環境に影響を与えます。例えば、社会性の低いメンバーがいて対策が必要な場合、本来は時間をかけてそのメンバーの社会性を育成するのが一番良いのですが、ITプロジェクトのPMの役割としては難しい対応です。なぜなら、プロマネの規範に育成は含まれていませんし、自社の社員でない場合や、一人ではなく複数の場合など、育成が困難である状況が多くあるからです。この問題の根底には、ビジネスモデルとしてプロジェクトを選択したことに対応して、人的資源の戦略をどうするのか経営的な戦略の有無があります。戦略に従って、人材育成や労働環境を支援するスタッフが機能し、新人の社会化訓練や企業文化が形成され、働きやすいプロジェクト環境に影響を与えます。
 プロジェクトの中で、社会性の低いメンバーに対する効果的な対策のひとつは、良い影響を与えるチームの中で仕事をすることによって、社会性を高め仕事意欲を維持する方法です。「チームビルディング」と呼ばれるもので、この連載の中でも何度も紹介されています。

 経営と働きやすいプロジェクト環境の関係

 経営学では、働きやすい職場や従業員の仕事意欲を高める役割は、現場のマネジャーより、経営者の役割であると言われます。従業員満足を高める活動は、全社的なものであり、給料や処遇、福利厚生などが主な対策手段でした。経営戦略の一部として、その企業における人的資源の戦略があり、人を大切にする文化を育んだ企業が成長した事実がたくさんあります。ところが、ITプロジェクトを主体とするビジネスモデルを選択した企業では、従来との違いに気がつかず、従前の人的資源戦略を継承したために問題が生じています。
 その問題とは、機能型組織で成功した企業文化が、プロジェクト型組織でも同じように有効であると思い込んでいることです。あるいは、良い他の戦略が見つからないので、そのまま進めていることです。多くの場合、人的資源にかかわるスタッフ部門は、仕事を前年と同じように継続的に行うべきという価値観を持っており、そのことによる弊害が出ています。例えば、新人教育において、いち早く新人の社会性力を高めることに重点を置き、成功した事例がある一方で、反省もなく高い教育費用をかけ難しい技法の知識教育を続けたり、不景気で自習を中心に進めたりするなど、変化に対応できていない事例もたくさんあります。
 PMO、品質保証、プロセス改善、人事スタッフ、教育スタッフなど、プロジェクト単体やPMではできない課題を解くべき機能部門が、人の側面からのプロマネ支援方法について、うまく追従できていない課題が山積しています。PMの対人スキル以上に、経営機能が人的資源管理に本気で取り組む必要があると考えます。

 おわりに

 PS研究会がスタートして8年、この連載が始まって4年が経過しました。まだまだ未解決の課題が山積していることは明らかです。この連載を読んで頂いた読者の皆様に感謝します。この活動は非常に地味なものですが、これからも続けてまいります。

 編集者コーナー
 このコーナーの編集担当二人が語ります。
花水木(はなみずき、以下「は」)「山は高く、海は深し、だねぇ。」
木犀草(もくせいそう、以下「も」)「なに?リゾート?」
は:「違うよぉ。さては夏休みボケだな?笑。目指す目標は高くて深い、ってこと。」
も:「あ、プロマネの。」
は:「もちろん、それもあるけど、それだけじゃなくて、私たちにももっとプロマネの側面支援が出来るんじゃないかなってこと。」
も:「そうだねー、関係モデルのあちこちに絡んでいけそうな気がするかな。」
は:「この連載もあと1回だけど、PMの人だけじゃなくて、色んな立場の人が書いてくれたじゃない?それだけ、やっぱり、色んな方向からプロマネやPMを支えるヒントがあるってことなんじゃないかな、って思ってさ。」
も:「なるほどねー、じゃあ、高くて深いだけじゃなくて、広いってことやね!開拓しがいのある世界だねぇ。」
は:「あはは、難しいじゃなくて、開拓しがい、ね。・・・そうだね、一足飛びに解決出来る問題じゃないけど、コツコツと地道に考えていきますか。」
も:「そうそう、止まらないで、地道にね。ってことで、あたしは地味に区民プールにいってきまーす!」
は:「・・・やっぱ、まだ夏休みボケみたいね。」


 編集チーム:花水木(はなみずき:ペンネーム)
PS研究会メンバー。IT企業の技術職、教育企画部門を担当後、現在はスキルや人材育成の研究職に従事。長年にわたり、プロジェクトという閉ざされた空間で、いかに個人が幸せに過ごすかを追求中。花水木の花言葉は「私の思いを受けて下さい」と「華やかな恋」。当コラムの編集チームの編集長。
 筆者・編集チーム:木犀草(もくせいそう:ペンネーム)
関西弁バリバリのPS研究会メンバー。キャリア形成をメインテーマに研究活動中。本業ではIT企業の人材育成企画と並行してPMOを担当。現場を走り回ってます。木犀草の花言葉は「陽気、快活」。プロジェクトをサポートする木犀草になりたいな。当コラムの副編集長。
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Partner Satisfaction PS研究会について:PS研究会は、財団法人日本科学技術連盟のソフトウェア生産管理(SPC:Software Production Control)研究会のひとつで、2002年から動機付け(モティベーション)に関する研究を続けています。2003年から、PMAJ(旧:JPMF)のIT-SIGのひとつ「パートナー満足と人材活用(PS&HM)ワーキンググループ」としても活動しています。詳しい紹介はこの連載の第1回目をご覧ください。
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 バックナンバー
第48回目2010年8月号  〜「働きやすいプロジェクト環境のために」を読み終えて〜(卯の花)
第47回目2010年7月号  〜チームビルディングに終わりはない〜(まりも)
第46回目2010年6月号  〜いまどきの成長する人の条件〜(百日紅)
第45回目2010年5月号  〜働きやすい職場なんだけれど〜(松ぼっくり)
第44回目2010年4月号  〜お願い上手になりませんか〜(銀杏)
第43回目2010年3月号  〜分かってないことを分かる〜(木犀草)
第42回目2010年2月号  〜めげない心・折れない心〜(花みずき)
第41回目2010年1月号  〜じょうずに「ごめんなさい」〜(松葉簪)
第40回目2009年12月号  〜「ないよりまし」の方針の話〜(楠木)
第39回目2009年11月号  〜リーダーシップはあなたの中に〜(杉の木)
第38回目2009年10月号  〜コミュニケーションのきっかけ〜(山桜桃梅)
第37回目2009年9月号  〜人間関係の改善を脳科学から考える〜(万両)
第36回目2009年8月号  〜サポートチームと開発現場との愛のある関係〜(覇王樹)
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