働きやすいプロジェクト環境のために
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〜働きやすい職場なんだけれど〜

松ぼっくり(ペンネーム) [プロフィール] :5月号

 私はPS研究会に在籍して5年になりますが、その間にPMとして担当したプロジェクトでは幸いにも納期遅延を発生させず、大きな品質問題もなく終結することができました。ところが、最近、これまでと少し毛色の違うプロジェクトを体験しました。今回はそこで感じたことをひとつの問題提起としてご紹介します。

  はじめての職場で

 先日のことです。さて、次のシステム開発に取り掛かろうとしている矢先、上司に呼ばれました。「君は今うちの会社で最もヒマな管理職みたいだから、大変困っているあるプロジェクトを支援してくれ。とりあえず行って、納期を守ってもらえばいいだけだからね、まあ1ヶ月程度の支援かな。」という指示でした。「最もヒマな」にムっとしながら、短期間なので、気軽な気持ちで参画しました。
 OKはしたものの、プロジェクトに関する具体的な情報もなく、自分の役割もよくわからないまま、着任日を迎えました。支援先のリーダーが、開発中のメンバーを集めて、「今度、このXプロジェクトに参加してくださる松ぼっくりさんです」と紹介してくれました。しかし、紹介するリーダーでさえ、私が何をする人なのかよくわからない様子で、「参加する」としか紹介できません。私も話をひきとり、自己紹介をしながら「まずはチームの一員として少しでも役に立てるような働きをしていきます」と言うのが精一杯。その後、リーダーはどこに行ったのか、なかなか声も掛けにくいという状況です。
 プロジェクト現場をぱっとみたところ、作業するためのスペースや試験環境なども充実しており、足りないものはなさそうです。どんなところが大変なのか、困っていることは何なのか…。これまでの経験から、失敗プロジェクトなら、現場を見たその時におおよそ大変そうな点はわかるものです。このプロジェクトはメンバーが落ち着いていて、深刻な様子はうかがえませんでした。その後、徐々にヒヤリングすることができて、わかったことは以下の3点です。
1年前に納品する予定だったが、様々な事情から納品できず、現在も作業中である
今月末に納品するソフトウェアにバグが多発しており、さらに1ヶ月納期を延ばしてもらう予定である
バグが滞留しているが、管理はあまり出来ておらず把握できないので改善したい

 困っているはずなのに?

 お客様への報告会にも行きましたが、遅れについて具体的な対策を報告しないまま、当社側から納期延伸をお願いしたところ、了解を得られました。そこでの話題は、納期より追加変更して欲しい機能についてでした。これまでに何度も納期を延ばしているのだから(1年も!)、この問題はあなたたち開発担当会社さんの責任ですよ、という発言が目立つ会議です。つまり納期は伸ばしても、お金の面倒は見ないという意味です。
 このような状況の場合、現場にはつらい雰囲気が蔓延していることが多いのですが、意外と元気で明るいのです。次第に心配になるのはこっちのほうで、1年遅れているものを、1ヶ月延ばして本当に終わるのかな?どうしてこうなったのかな?と疑問が次々にわいてきました。そして、担当営業とリーダーを追いかけて、私が聞き出したことは以下の3点です。
営業担当も、開発リーダーも、メンバーも、当初のメンバーは殆んど残ってない
バグ修正や変更要望が多く滞留していて、本当にいつ、何が終わるのかわからない
経営層からは、お金はいくらかかっても良い、と言われた

 なんとなく「それほど悲壮感が漂っていない」背景が見えてきました。全員が立て直しのために追加で順次投入されたようです。また、作業の進め方も計画に基づいて緻密に管理する、というのではなく、リーダーが個々に状況をヒヤリングするだけ。プロジェクトの状況を全員が共有できていないため、感覚的に「誰かがやってくれている」と思っているようです。

 働きやすい職場の条件

 厳しい管理をされることもなく、コストの制約もうるさく言われない。一見すると働きやすい職場のようです。しかし、納期を1年も遅らせているのですから、当初計画からすれば間違いなく失敗です。ところが、そこには「納期遅れが発生した失敗プロジェクト」と言われることが悔しいという強い思いは感じられません。リーダー達からは「絶対・・・」「石にかじりついても・・・」というような気合の言葉は出ますが、実作業で遅れが発生すると「仕方ない・・・」「お客様と調整する・・・」という腰砕けが蔓延しており、大事な自分のプロジェクトという思が薄いようです。
 そこでわかりました。どうやら、私の役割は「嫌な奴になって期限を厳守させる」ということのようです。プロマネの仕事の中でも、最も苦手とするものです。そこで、まずは現場のメンバーに、作業の再洗い出しと、実現できるスケジュールかどうか、自分の作業を見極めてもらいました。そして、漏れている作業を割り当て、細かく日々管理できる進捗管理の仕組みと、滞留する作業が何か、今後遅れてしまいそうな事柄はないかを全員で見えるようにして、毎日一緒に考えるルールを決めたのです。これまでのように曖昧に作業をしなくなりますので、最初は、管理が厳しくなり、残業も増え、締め付け感もあり「働きにくい職場」のようになりました。しかし、徐々に、作業の集中や遅れが明らかになり、対策が取りやすくなりました。メンバー間も相互援助ができるようになりました。なにより、何が問題か誰にでもわかりやすくなり、積極的に発言してくれるメンバーが多くなりました。
 大変な思いをして、残業して、休日返上しても目標は達成できるかどうかわかりませんが、苦労して出来たことはそのままプロジェクトへの愛着につながります。成果が出始めると、さらに嬉しくなってどんどんスピードが上がってきます。お客様要望、開発資源、納期遅延などの問題、といった材料は全てそろっているのですから、働きやすい職場にするためには、一旦、働きにくい職場にする必要があったのです。今、ぬるま湯だったプロジェクトは目標に向けて士気が高まっています。

 おわりに

 これまで、PS研究会の働きやすいプロジェクト環境をテーマにして色々な観点で役に立つ、なるほどと納得する話がたくさんオンラインジャーナルに掲載されました。困難といわれる多くのITプロジェクトでは、掲載された内容を教訓にできます。それは働いているひとりひとりに向けての「考えと行動の転換」「新しい発想」など色々な示唆が含まれているからだと思います。今回は、働きやすい職場にするために「一旦は働きにくくする手」もある、ということを教訓として報告しますので、貴方のプロジェクトでも試してみてください。

 編集者コーナー
 このコーナーの編集担当二人が語ります。
花水木(はなみずき、以下「は」)「やばい、やばいよ!」
木犀草(もくせいそう、以下「も」)「どうしたの?」
は:「まだ大丈夫と思ってたら、今月の最終締め切りが明日じゃん!!」
も:「あーー!そうだった!!余裕があると思って、のんびりしてたー!ごめん、すぐ対応する!!」
は:「うん、お願い。午前中に経過を報告してくれるかな?今日の17時に間に合うか見通し教えてね。」
も:「了解!原稿がどれだけあるか分かんないけど、たぶん今日中に出来ると思うよ。」
は:「・・・私たちも、時々、松ぼっくりさんにカツを入れてもらったほうがいいかも。笑」
も:「だね・・・汗。 あ、でも同じカツをもらうならトンカツの方がいいなぁ。」
は:「トンカツ!やっぱりそうきたね〜。『考えと行動の転換、新しい発想』が必要って松ぼっくりさんも言ってるよ。笑」


 編集チーム:花水木(はなみずき:ペンネーム)
PS研究会メンバーで、IT業界のなんちゃって技術職。現在は、流れ流れた末に、研究機関に勤務し、ITエンジニアのスキルアップとキャリアを研究している。長年にわたり、プロジェクトという閉ざされた空間で、いかに個人が幸せに過ごすかを追求中。花水木の花言葉は「私の思いを受けて下さい」と「華やかな恋」。当コラムの編集チームの編集長。
 筆者・編集チーム:木犀草(もくせいそう:ペンネーム)
関西弁バリバリのPS研究会メンバー。キャリア形成をメインテーマに研究活動中。本業ではIT企業の人材育成企画と並行してPMOを担当。現場を走り回ってます。木犀草の花言葉は「陽気、快活」。プロジェクトをサポートする木犀草になりたいな。当コラムの副編集長。
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Partner Satisfaction PS研究会について:PS研究会は、財団法人日本科学技術連盟のソフトウェア生産管理(SPC:Software Production Control)研究会のひとつで、2002年から動機付け(モティベーション)に関する研究を続けています。2003年から、PMAJ(旧:JPMF)のIT-SIGのひとつ「パートナー満足と人材活用(PS&HM)ワーキンググループ」としても活動しています。詳しい紹介はこの連載の第1回目をご覧ください。
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