組織アジリティSIGコーナー
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「『徹底する』対策リスクへの戦略」

小原 由紀夫 [プロフィール] : 11月号

 失敗を分析して「作業時の2人1組体制を徹底する」のように「徹底」を対策とすると、損害賠償や信頼喪失に繋がる可能性があると同時に失敗から学ぶ目的である、トヨタ生産方式の「企業の利益の意味と働きがいの本質の自問自答」と野中郁次郎先生他の「スクラム」を命名した論文の「マルチ学習と学びの組織での共有」に繋がりません。(9月号「失敗から学ぶ」参照)徹底対策から脱却する失敗からの学び方をなぜなぜ5回の5階層モデルで説明していきます。

1. 「徹底」対策のリスク
 「徹底」を対策とするとは、失敗に有効な既知の行動を確実に実施することを意味します。同時に、実行すれば失敗しなかった行動を知っていたにも関わらず実施しなかった、つまり、プロとして実施すべきことを実施せず失敗した「手抜き」を告白しています。「手抜き」は利益確保のための過度な効率化や不十分なスキルの要員への放任などの原因が考えられます。顧客はそのような「手抜き」に対して「徹底」の対策しか提示しない組織を信頼しなくなり、損害賠償を検討する可能性があります。「手抜き」の回避と利益確保の両立の実現を考えることになるため、トヨタ生産方式で「『なぜ、失敗したか』の1つの問いから企業の利益の意味を自問自答することになる」と述べられています。また、不十分なスキルの要員が組織の知見である規範(ルールやしくみ)を遵守して新たなスキルに挑戦して成長することへの支援を考えることになるため、「働きがいの本質について自問自答することになる」と述べられています。(「トヨタ生産方式」大野耐一著 P35)
 また、人は、わかっていても「徹底」できない弱さを持っていることを認識した上で「中途半端な遵守では百害あって一利なし」と「徹底」を述べられています。(「トヨタ生産方式」大野耐一著 P76)個人の弱さが組織としての失敗に繋がらないように継続的に改善していく必要があります。

2. 現場の学び
 なぜなぜ5回の5階層モデルの第1階層から第3階層に基づき、失敗に繋がった現場の行動を分析します。
1) 第1階層「実施」
 行動した「私」を主語とした肯定文の疑問文、「なぜ、私は〇〇をしてしまったか?」で行動した事実を行動した本人が5W1HからWhyを除いた4W1Hで表現します。(「失敗を追体験する質問方法」参照) 暗黙知など本人以外はわからないので、本人を尊重して責めずに行います。次に、その行動について人類最高の基準、つまり全ての制約を取り払った時の必要十分な行動である理想の4W1Hを本人が表現します。理想の4W1Hにプロとしてすべき行動が表現されるので、プロとしての働きがいの本質の自問自答に繋がります。
 「徹底」とは、理想と事実を同一にすることであり、異なる点が阻害した要因になります。
2) 第2階層「判断」
実施する前に成功する(失敗しない)と判断しています。判断は次の機会に「徹底」する対策を適用する行動であるため、明確にする必要があります。多くが数秒から数分で行われている「判断」の行動を4W1Hで事実と理想を分析します。Whoから判断に対するスキルの充足度、Whatから形式知や暗黙知の適切性などが明らかになります。特に、暗黙知はプレッシャーなどから生じる感情を含み、判断を誤らせる要因になります。感情やスキル不足に対して論理性で対応するため、誤判断の要因に関する組織の規範(ルールやしくみなど)を探します。
3) 第3階層「遵守」
 組織の規範を遵守した理想と事実の行動を4W1Hの要素で分析します。また、組織の規範を現場が知らなかった場合は動詞を「認識」として組織の規範を認識する理想の行動と事実の行動を、組織の規範では不十分な場合は動詞を「相談」として理想と事実の行動を4W1Hの要素で分析します。ここでの理想と事実が異なる要素が組織の規範を遵守、認識または相談を阻害する要因です。「徹底」するためにはこれらの阻害要因を除去することが必要になります。

3. 管理者の学び
 現場だけで組織の規範を「徹底」することは困難です。その困難に対して「支援」することが管理者の責務です。現場が失敗したということは管理者の「支援」が不十分であったことを明示しています。管理者の私を主語に「なぜ、管理者の私は現場が該当の規範を『徹底』するためには不十分な『支援』をしてしまったか?」の疑問について第1階層の動詞を「支援」とし、第2階層の「判断」、管理者としての規範を探して、第3階層の「遵守」を分析します。ここでの理想と事実が異なる要素が「徹底」の阻害要因であり、除去が必要です。

4. 組織運営者の学び
 現場が規範を「徹底」するために、管理者がその現場を支援するための規範を「徹底」することを運営することが組織運営者の責務です。現場が失敗したということは組織運営者の「組織運営」が不十分であったことを明示しています。組織運営者の私を主語に「なぜ、組織運営者の私は現場と管理者が該当の規範を『徹底』するためには不十分な『組織運営』をしてしまったか?」の疑問について第1階層の動詞を「組織運営」とし、第2階層の「判断」、管理者としての規範を探して、第3階層の「遵守」を分析します。ここでの理想と事実が異なる要素が「徹底」の阻害要因であり、除去するために投資が必要になります。投資をするために利益の意味を自問自答することに繋がります。
 組織運営者が1つの現場の学びを組織全体で実践していくしくみを整備し、継続的に改善します。これが「スクラム」を命名した論文の「マルチ学習と学びの組織での共有」です。

5. 組織での学び
 大きな影響の失敗は原因が輻輳するため分析が難しいので、小さい問題から分析することを習慣化して分析力を向上させます。ハインリッヒの法則から他への影響がないヒヤリはたくさんあるので、分析力向上の好機になります。もし、大きい問題だけを分析対象としていると、分析能力を向上させる前に組織運営者がその地位を追われるかもしれません。
 『徹底する』対策リスクへの戦略に対してエスカレーションが現場⇒管理者⇒組織運営者に相当しますが、転嫁、軽減、受容を適用できません。回避が必須です。
 組織の規範は企業理念に繋がるので、ヒヤリのなぜなぜ5回による組織の規範の継続的改善は企業理念の実現の好機となります。この好機を活用ください。

組織での学び

 また、PMAJ組織アジリティSIGでは、組織として変化への俊敏性である「組織アジリティ」とDX推進に必須な風土・組織への重要な取り組みを研究しています。ご興味のある方は、お声掛けください。

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