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「きぼう」日本実験棟開発を振り返って (52)
―「きぼう」第2便打ち上げ―

PMマイスター 長谷川 義幸 [プロフィール] :3月号

・ 「きぼう」の宇宙での組み立てで冷や汗?
 2008年6月1日「きぼう」第2便の船内実験室が綺麗に打ち上がって行きました。晴天で初夏のような暑さの中、打ち上げは時間通リにバリバリという轟音とともに上空の雲にシャトルは吸い込まれて行くのを、筆者はカウントダウン大型表示器がよく見えるケネディー宇宙センターの芝生で、若田飛行士と野口飛行士とともに打ち上げを見守りました。「綺麗な打ち上げだった!」との彼らの感想でした。
 急ぎ、筑波宇宙センターに戻り、シャトルがISSにドッキング、星出宇宙飛行士が組み立て作業を着実にこなしている様子を「きぼう」のバックルームにあるモニターで見ていると「きぼう」がISSに接続されている様子はシミュレーションのCGで見た感じとは違って、うれしい気持ちに包まれていました。
 「きぼう」第2便の組み立て作業は、過去に例のないほど作業量が多いうえに、シャトルの軌道上滞在時間が短く、輻輳した多くの作業を並行してこなす以外になく、そのためNASAは2人のフライトディレクターを配置し、分業するという異例の対応をしていました。
 幸い、心配していた機械結合は何の問題もなく終わったのですが、その後、想定外の場面に直面することになってしまいました。

・ 冷却水が入っていない? (1) (2)
冷却水ジャンパー配管に水が充填されていないかも?  その後、第1便で運んだ装置を船内実験室に搬入し、配線と配管接続作業は順調に進みました。
 打ち上げから5日目、最大の難関作業、起動シーケンスの時がきました。
 運用管制官チームが10年かけて手順を練り、試験で確認をし、トラブル対応訓練も何回も行ってきた、「きぼう」船内実験室に電源を入れ、各機器の立ち上げと初期化をする作業です。
 しかし、作業途中で想定外のトラブル発生。ISS側の水位計を見ていたヒューストンのNASAの管制官が、配管を接続した後、液位が低くなったように感じたらしく、「冷却水ジャンパー配管に水が充填されていないかも?」と言いだした。
(右図の空気残留の部分)
 船内実験室とISS側を接続するのは、昔の列車の連結作業に似ています。まず接続する列車にゆっくり近づき連結器で機械結合を行った後、空気や電気などの配管と配線を保守担当が手で接続します。連結部分には、蛇腹がかけられます。「きぼう」の場合もまず機械結合し、その後、船内の蛇腹の部分に打ち上げで一緒にもっていった冷却水ジャンパー配管、通信用や空気循環用の配管を宇宙飛行士が手で接続していきます。
 このトラブルは、冷却水ジャンパー配管に水が入っていない空気だけの状態で冷却水循環を行うと、ポンプに空気が入り込み、破損する恐れがありました。ヒューストンのフライトディレクターから「対処はどうする?」との追求に、矢継ぎ早の判断を迫られる事態が発生しました。
 皆、目が点になり“このまま進めるか”“作業を止めて、ジャンパー配管に水をいれる算段をつけるのか”“次のシャトルで別の配管を輸送してもらうのか”、しばらく沈黙の時が流れました。
 PMAJオンラインジャーナル49号でお話ししたT氏が班長の技術班が、リスクはあるが急遽やれる唯一の対応策を立案しました。関係者を集めて不具合対策会議をやっている余裕など無く、責任者である筆者も技術班の部屋に行き、途中から対策会議に参加しました。ポンプの手前にあるガス除去器の能力はどうか、入っている空気の量は最大どのくらいか、どれがどう流れ込むかのなどの評価を行いました。リスクはないとはいいきれないが、これ以外に方法がない。「T氏の方法で行こう!」と判断しました。
 「循環すれば冷却水に混ざり込んだ空気を除去できるはず」との技術判断で、運用管制チームが実行することになりました。「きぼう」フライトディレクターは心配だったが、「大丈夫だよ、行ける」との声が流れ、初期起動手順を進めました。計画されていた作業は大幅に遅れていましたので、宇宙飛行士ではなく、ヒューストンからコマンドを送ることにして時間短縮しました。幸い、懸案だった冷却水はポンプに支障を与えることはなく、順調に循環をはじめ、配管から空気が抜けていくのが水位計のテレメトリーからもはっきり見えました。
 状況が正常に戻ったことが確認できた途端、筆者の背中に冷や汗が流れるのを感じました。そこに、NHKの記者から携帯に電話が入りましたが、対応の顛末と技術判断の解説を自然体で行うことができました。その後の作業はスムーズに進み、すべての作業を予定時間内に終え、このミッションは成功に終わりました。
 後から分かったのですが、さすがのT氏もめったにない冷や汗の連続だったそうです。

 ちなみに、筆者と国際担当者で“ジャンパー配管に水が充填されていない件”のフォローを行いました。
 NASAの作業記録では「当該ジャンパー配管には水が充填されていた。」とありました。さらに、充填をした作業員の聞き取りを依頼しましたが、「充填している。」との返答でした。しかし、運用時のデータをみると水は充填されていなかったことは明白で、この件はお蔵入りになりました。

 あれから14年を過ぎますが、想定内の不具合はあるものの問題なく運用しているとのこと。
 やはり、不具合発生への対応は、訓練を何回も実施し、想定外の事態にも対応できる技術者たちを確保したことに尽きます。
 「運用は9割が準備」ですね。


【参考資料】
(1) 文集『「きぼう」とともに四半世紀』(2010年)の筒井史哉氏「1Jの冷や汗―ミッション中のニア・リアルタイム不具合処置」及び、筆者の1Jのノートより)
(2) 文集『「きぼう」とともに四半世紀』(2010年)の東覚芳夫氏「ようこそ“きぼう”へ(フライト1Jミッション」

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