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「きぼう」日本実験棟開発を振り返って (53)
―ロシアの国営宇宙機関「ロスコスモス」―

PMマイスター 長谷川 義幸 [プロフィール] :4月号

 ロシアは、ソ連から引き続き国家の戦略として宇宙開発を推進していますが、プーチン政権になり、ロシア政府の宇宙開発推進組織は大きく変わりました。その政策は日本にも影響が出ました。
 今回は、ISSの参加国でもあるロシアと付き合った経験をもとに、ロシアの宇宙開発を取り巻く動きをまとめてみました。

1.ロシアの衛星相次いで失敗
  • 2010年12月、ロシア版GPSを構成する3基の衛星搭載の「プロトン」ロケットが燃料搭載量の計算間違いで墜落して宇宙庁長官が解任されました。
  • 2011年には、ISSに物資を運ぶプログレス貨物船を含めて4回の打ち上げが失敗した上、火星探査機が打ち上げ後に制御不能になる事態が相次いで発生しました。
  • 2012年8月、カザフスタンのバイコヌール宇宙基地から、ロシアとインドネシアの通信衛星2基を積んだプロトンM型ロケットは打上後、推進装置が起動せず失敗に終わりました。
この失敗例を含めて10年間で9回程失敗をしています。

  • 2012年7月中旬、日本人宇宙飛行士の星出さんが、ISS長期滞在クルーとしてソユーズ宇宙船に搭乗する際、ロシア宇宙庁は、「原因はすべて解明され、改善されている」と説明していました。 (1) 筆者は、記者会見にも打ち上げにも参加していましたが、ソユーズ宇宙船は大丈夫だろうか、と非常に心配でした。

2.ロシア宇宙開発失敗の背景
 失敗の背景には、ロシアの宇宙産業が抱える構造的な問題が指摘されています。 (2)

  1. (1)老朽化が著しい関連設備の更新が行われないまま、数十年も使用している。
  2. (2)ソ連崩壊後の財政難で宇宙開発分野の人材流出、専門技術者が不足、技術が劣化。
  3. (3)品質管理の劣化
  4. (4)ハイテク技術の立ち遅れ

 要するに、多額の資金投入が不可欠である技術開発や研究の充実が、ソ連崩壊後の財政難で停滞したことが現在まで響いています。
 もう一つの問題が、外国依存です。
 ソ連時代からロシアの衛星打ち上げを担ってきたロケット、「ゼニットー3SL」の第1段と第2段エンジンはウクライナのユージュマッシュ社が製造で、ロシアで製造しているのは第3段エンジンのみ。また、これまで300基以上が打ち上げられた「プロトンK」も多くのコンポーネントをウクライナ企業に依存しています。ソ連時代、液体燃料ロケットの企業がウクライナ周辺に集中していたことの名残です。
 ちなみに、ユージュマッシュ社の所在地は、ロシアのウクライナ侵攻のニュースでよく出てくるウクライナの南東部にあるドニプロ川の西側に位置する町です。
 また、有人宇宙機の打ち上げを含めた主力打ち上げ施設として射場も、カザフスタンのバイコヌール基地を租借しています。カザフスタンは、ソ連崩壊後独立したため、ロシアはカザフスタンとの間で1994年3月にリース契約を締結し、さらに2004年1月に、2050年までこのリース契約を延長していますが、ロシアとカザフスタンの間でぎくしゃくしています。
 ロシアが2013年にバイコヌール宇宙基地から17回打ち上げの計画に対し、カザフスタンはロケット燃料による環境への影響を考慮し、12回しか認めなかったことなどが、マスコミで報道されています。
バイコヌール宇宙基地の整備場からソユーズロケットを輸送するための機関車を引きだした様子。筆者撮影  さらに、特にロシアが危機感を募らせているのは、電子技術の遅れから人工衛星の性能面で西側に引き離されつつあり、海外市場での売り込みも低迷しています。 (3)

3.国営宇宙機関「ロスコスモス」誕生
 2015年にロシアがクリミア侵攻をし、ウクライナ軍と戦闘していた頃、ロシア政府はウクライナとの宇宙事業の関係をうち切りました。

 2015年1月22日、ロシア大統領府は、2004年からロシアの宇宙開発計画を仕切ってきたロシア連邦宇宙庁と、2014年3月に点在していたロシアの宇宙企業を一挙に束ねる形で発足した統一ロケット・宇宙会社とを再統合し、新しい国営宇宙機関「ロスコスモス社」を発足させると発表しました。このロスコスモス社には、ソユーズ宇宙船を製造しているエネルギア社、プロトンやロケットを製造しているフルーチェフ社などが傘下に入っています。
 ロシアの省庁が企業化するのはロスコスモスが初めてではなく、2007年にロシア連邦原子力庁が国営ロスアトム社に再編されている例などがあります。
 統合の背景には、資源輸出依存型経済からの脱却を目指すロシアにとって、宇宙開発は国力を注いできた重点分野の一つであったが、ロケットの失敗、人工衛星の故障などが相次ぎ、立て直しする狙いがあると言われていました。
 筆者が2007年8月にISSプログラムマネジャーに指名され、ISSプログラム管理会議に参加したときには、ロシア政府の代表としてロスコスモス社の方が参加されておりました。
 そのロシアのISSプログラムマネジャーは、ソ連時代にKGB職員だったとNASAから耳打ちされました。ロシア人には珍しく英語が話せて技術も理解できる方でしたが、強面でとっつきにくく、上から目線の態度があり、話しにくかったことを覚えています。

 宇宙事業は、国として持つ総合力(技術力、マネジメント力、継続力など)が必要ですね!

【参考文献】
(1) 「露の宇宙ビジネス「黄信号」」、2012年8月21日、産経新聞 朝刊
(2) 「ロシアの衛星打ち上げビジネス、評価が急降下」、2013年2月7日、JBPRESS
(3) 「失敗多発 凋落した宇宙大国」、2012年2月27日、フジサンケイビジネスアイ 、朝刊

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