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「きぼう」日本実験棟開発を振り返って (54)
―「きぼう」第3便打ち上げ―

PMマイスター 長谷川 義幸 [プロフィール] :5月号

〇スペースシャトル打ち上げは難産

 「きぼう」打上結果

   打上日  シャトル名  打上機材  担当飛行士
第1便  2008/3/11  エンデバー  船内保管室  土井飛行士
第2便  2008/6/1  ディスカバリー  船内実験室/ロボットアーム  星出飛行士
第3便  2009/7/16  エンデバー  船外実験プラットフォーム  若田飛行士

・ 2009年6月13日 :
 日本の実験棟「きぼう」を完成させる第3便のスペースシャトル「エンデバー」には、2つの船外システムを搭載していましたが、打ち上げが延期されました。原因は、発射台における水素濃度の許容を越える漏洩で、水素をタンクに注入する配管シールからの漏れでした。この漏れは相次いでいました。打ち上げの際に、極低温に冷やされた液体水素により周辺装置が急冷却された時に起きる異常は、起きたり起きなかったりするのです。
 若田飛行士がISSへ出発する2009年3月にも発生し、部品交換で漏れなくなり、4日後に打ち上げられました。「きぼう」第1便と第2便の打ち上げでは順調でしたが、第3便は通算5回の打ち上げ延期になり、「きぼう」の完成までに、約1年半かかってしまいました。 *1

 これらの打ち上げ情報を、筆者は携帯電話のメールで知ることになるのですが、特に、この水素漏れは、部品交換後の検査では漏れないことが確認されているのに、燃料を注入すると裏切られるので暗い気分になりました。
 この第3便に搭載した船外システムは、ISSにドッキングした後、ISSの大型ロボットアームと「きぼう」のロボットアームを使い、ISSの所定の場所に移送します。宇宙飛行士の船外活動により“断熱カバーの外しと廃棄”“機材の組み立てとISSへの接続”“配線の接続”等多くの作業をするので、作業は複雑で時間が掛かります。
 特に、断熱カバーは、宇宙での船外サブシステム装置の冷却を防ぐもので、ISS組み立て中に飛行士が取り外し、宇宙に廃棄する予定でした。しかし、NASAから作業時間短縮のため、廃棄する断熱カバーを大幅に削減するように要求がきました。このため、技術陣が詳細熱解析を行い15枚搭載しないことを決断、飛行士の作業が軽減されることになりました。

・ 2009年7月16日朝 :
 不安と心配が入り混じった気持ちでモニターを見ている中、スペースシャトルは打ち上がりました。

〇宇宙での組み立てと結合でひやひや
・ 2009年7月19日 :
図 1. 「きぼう」の結合機構  シャトルがISSにドッキング、船外プラットフォームをシャトル荷物室から引き出す作業をしている時、「きぼう」のロボットアームが緊急停止!
 原因は、ロボットアームの断熱カバー接地ひもを、船外活動の宇宙飛行士がカメラから除去する作業のため、安全対策として発生したものでした。管制官は淡々と所定の手順で復旧、作業は順調に進みました。
 その後、ロボットアームの操作がうまい若田飛行士が、船外プラットフォームを「きぼう」船内実験室に取り付けます。

図 2. 結合機構のラッチ機構、アンビリカルと駆動電流  船外プラットフォームを船内実験室に取り付け、結合させるためには、図1のような結合機構があります。図2の左図のような初期の引き込み用ラッチ、構造ラッチ、アンビリカルを順番に操作していきます。若田さんとISS船内クルーとの連携プレーが必要になります。特に、ラッチ機構は4本のボルトを2本ずつ、船内実験室の飛行士が操作します。
 ボルトは同時に2本ずつ作動しますが、停止時間がずれるため2つの電流ピークがでます。
 ボルト結合完了の表示はあるのですが、途中で止まった場合、どこまで駆動したのか分からないので、図2の右図のようなボルト駆動電流をスコープメーターで確認します。このスコープメーターのトリガボタンを押すのはカナダ人宇宙飛行士ですが、慎重さが不足している人のようだったので、少し心配しながら見ていました。
 初期引き込みは完了! 暫くして構造ラッチの最初のペアも完了しました。しかし、宇宙飛行士がトリガボタンを押し忘れたので、画面での計測はダメでした。技術陣からため息がでました。
 2つ目の構造ラッチ用ペアボルトがうまく結合するか否か不安の中、作業を継続しました。沈黙の10分間、固唾を飲んで結果を待ちます。

 操作パネルのランプも点灯! 駆動時間も正常! 2つ目のペアボルトも結合完了しました!

 皆、ほっとした表情で顔が明るくなっていきました。続いて配管・配線のアンビリカル結合に進み、すべて良好でした。緊張がすこし緩みました!

〇宇宙での起動も一瞬あせった
 次は、筑波の運用管制官による電気系起動、ヒーター制御開始、ポンプ回転数設定コマンド送信と進んでいきました。しかし、ポンプは回転しているが状態は正常ではありません。そこでポンプを一端停止しました。冷静に検討しパラメーターを変更することにしました。そして、コマンドを送信しました。テレメトリーは正常でした。Nフライトディレクターは、『「きぼう」全体システムはこれで完成』との合図を運用管制室の窓越しにいるマスコミに送りました。 *2

 こうして超長期の開発だった「きぼう」日本実験棟がついに完成しました。
 ヒューストンでISSクルーとの交信担当をしていた星出宇宙飛行士は、事前準備の時に日本チームに対してきめ細かな手順書のレビューや自分の経験をもとにしたアドバイスをしてくれました。

 どんなに準備をしてもトラブルは起きるときは起きます、特に巨大システムでは。
 また、宇宙でのトラブルはリカバリーが効きにくいので、致命傷になりかねません。
 人の知恵を結集し・信頼し・どう行動するかが、その成否の分岐点になりますね。

【参考文献】
 
*1 「引退直前、シャトルに問題続出」、読売新聞朝刊19面、2009年6月21日
*2 中井真男、「2J/Aミッションを振り返る」、「きぼう」日本実験棟組み立て完了記念文集より。
2010年、JAXA 社内資料

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