投稿コーナー
先号  次号

「きぼう」日本実験棟開発を振り返って (55)
―最終回―

PMマイスター 長谷川 義幸 [プロフィール] :6月号

〇インフルエンザ対策
図 1. HTVのISSへの接近の様子  日本の実験棟「きぼう」はで若田飛行士らによってISSに取り付けられ、全行程が完了しました。
 しかし、筆者の仕事はまだ道半ばです。
 HTV-1号機が実験装置や補給物品をH-ⅡBロケットで打ち上げ、複雑なランデブーとISSにドッキングする山場が残っていました。(図1)
 この行程が終わって、やっと任務の完了です。
 ISSへの補給物資の輸送は、米国がスペースシャトルを、ロシアがプログレスを、欧州がATVで行い、日本はHTVを日本のロケットで打ち上げる構想でした。HTV実現までには、NASAとの厳しい国際交渉がありましたが、最終的にISS物資輸送の国際便として認められました。
 しかし、H-ⅡBロケットでの初めての打ち上げとISSとのランデブーがうまくいくのか不安でした。さらに、HTVの運用管制官はぎりぎりの人数だったので、“病気やケガで人数が少なくなった場合にどう対応しようか?” など筆者の心配の種でした。
 HTV-1号機打ち上げ本番をまもなく迎えるという段階で、新型(豚)インフルエンザが大流行しはじめました。感染すると一週間は自宅隔離になり、シフト勤務に入れません。
 プロジェクトでは、予防対策として、管制官も技術班も白いマスクを常時つけることにしました。NASAとの合同訓練でもマスクをつけていたので、モニターをみていたNASAの管制官が“なにか大変なことが起きている”と思ったか、NASA内にニュースを広げました。
 アメリカでは、マスクは病気が相当ひどいとき以外、日常生活ではマスクをつけません。

〇HTV-1号機のランデブー・ドッキング
2009年9月11日
図 2. HTVのISSへのランデブーのやり方  HTV-1はH-ⅡBロケットにより種子島宇宙センターから打ち上げられ順調に飛行しました。地球を周回するISSに近づくため、衝突は許されません。ブレーキなどの重要な機器はバックアップが複数あり、ISSからもコントロールできるなど、安全への配慮は通常の衛星とは比較にならないくらいでした。高速で移動しながら針の穴をさすような緻密さが求められます。
 図2のように、ISS後方5Kmのところで、ISSとHTV全体の運用指揮権はNASAに移りますが、HTVの運用はJAXAが行います。
 異常が発生したら、HTVはスピードを上げISSから離れる衝突回避手順が実行されます。

9月18日
 NASAの指揮権の中で、ISSドッキングへ、HTVは「一時停止」を繰り返し、状況確認しながらエンジンを間欠的に噴射し、ISSに接近していきました。
 HTVがISSの真下300mまで接近したところで、小型エンジンの一つが許容温度以上に高温化する現象が発生し、しばらく温度の変化をモニターしたのち、不具合対処手順の従い、エンジンを主系から従系に切り替えました。筆者はHTVの責任者として、管制室の後ろの席でどきどきしながらモニター画面をみていました。従系エンジンの温度は正常です。そのまま計画通りの手順で進めていきます。運用チームは様々な不具合を想定した訓練を、2年間に100回も積み重ねてきたので、冷静に対処していました。
 筆者は、HTVの外壁に張られた断熱材がきらきら輝きながら、HTVが次第に大きくなっていく様子を管制室の後方でモニターしていました。
 宇宙飛行士は、HTVの姿勢がどんなに揺れ動いても捕獲するよう訓練を積み重ねていましたが、ISSからみてピタッと止まっているようで、皆びっくりしていました。
 そのため、非常に簡単にISSのロボットアームで把捉でき、ISS本体にドッキング、結合ボルトを締結、空気漏洩等をチェック後、ハッチを開けて宇宙飛行士が入室しました。
 筆者はHTV/ISS責任者として肩の重荷が軽くなる気がしました。
 ちなみに、ミッション終了後の原因調査で、エンジンの高温化は、噴射が長くなると特性上過熱するためだと判明、2号機以降では、ISSへの接近開始高度をISSの下方250mにして、ISS接近までに必要な噴射量を減らすようにマニュアルを作り替えました。

〇米国企業へ日本の技術が輸出された
 HTV構想が生まれた15年前のNASAとの交渉で、ISSに接近し、ISSのロボットアームで把捉するという、日本独自のランデブー・ドッキング方式の提案に「そんなことできる訳ないじゃないか!」「宇宙飛行士の生命をなんだと思っているのか」等と交渉に取り付く島がない返事でした。ですが実績ができた後、米国民間2社がISSへの無人貨物船のドッキング方法に採用しました。さらに、その1社である現ノースロップ・グラマン・イノベーションシステムズ社は、自社が開発していたISS無人貨物船「シグナス」に、HTVに搭載した三菱電機製のISS近傍通信システム、IHIエアロスペース社のスラスタ、GSユアサのリチウムイオン電池を購入し搭載しました。2017年までに8機分を順次納入しています。ちなみに、現在のISS新型電源バッテリーも、GSユアサ製リチウムイオン電池です。
 挑戦的な技術は、最初の内は、「できる訳がない」と否定・非難しても、だれかが成功の実績をつくると、その技術を採用する企業が増え、実質上スタンダードとして広まるようです。
 チャレンジする事は大事ですね。ISS/HTVは前例がなくチャレンジの連続でした。

〇最後に
 深谷編集長の依頼で4年以上にわたり、「きぼう」日本実験棟開発の思い出を連載させていただきました。「きぼう」とHTV-1号機の打ち上げまで終了しましたので、今回をもってこの連載を終了します。おかげ様でHTVはすべて成功しましたし、「きぼう」は大きな不具合もなく運用を続けていますので、このプログラムは成功したようです。
 今後は、最近の宇宙開発の話題(アルテミス計画、火星探査、はやぶさのその後など)を取り上げ、投稿したいと思います。
以上

ページトップに戻る