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ロシアの有人宇宙開発の現状

PMマイスター 長谷川 義幸 [プロフィール] :7月号

〇ロシアがISS運用「2028年まで」延長 (*1) (*2)
 15か国が参加しているISSは米国が2024年から2030年まで延長することを提案、日本や欧州が同意しているが、ロシアは昨年7月に2024年以降にISS計画から撤退すると表明していた。しかし、今年4月12日、ロシア国営宇宙機関(ロスコスモス)のボリソフCEOは、プーチン大統領とのTV会談で“ISS運用は2028年まで延長される”と報告し、2024年以降の撤退方針を撤回した。
 加えて「ロシア製宇宙ステーションの建設を議論するときがきた。」とも述べた。ロシアは独自の「ロシア軌道サービスステーション」を2028年に製造する計画と伝えられていたが、このロシアの宇宙ステーションの完成まで、ISSへの参加を延長するようである。
 しかし、ロシアはウクライナ侵略と西側諸国による制裁により財政悪化の状態にあり、もともと困難な状況にあった宇宙開発計画は技術面より予算の確保が難しくなるという状況に追い込まれている。
 NASAはISSへの人及び貨物の輸送には2020年以降、スペースX社の宇宙船「クルードラゴン」を利用していて、間もなくボーイング社も有人宇宙船の提供を開始できる見込みになっている。
 NASAは長く、ロシアへのサポートの一環として貨物輸送や宇宙飛行士の輸送の一部をロシアに委託してきた。しかし、今年3月のスペースX社、ノースロップ・グラマン社、シェラ・スペース社との貨物輸送契約を延長したことは、ロシアの収入を減らし、経済苦境に追い打ちをかけることになる。
 また、有人宇宙船の打ち上げをカザフスタンのバイコヌール宇宙基地に頼ってきたが、カザフスタンは高額な年間使用料を課している。今年3月、ロスコスモスの負債が原因でカザフスタンがロシアのバイコヌール射場運営会社の資産を凍結したと伝えられている。

〇ロシアの宇宙開発プログラムのやり方
 筆者がISSに参加して見聞きしたロシアのやり方は、我々が米国からの技術導入や米国から学んだ開発の進め方やアプローチとは全く違っていた。
ISSは前例のない複雑・大規模な技術システムであったため、超長期の開発期間になった。そのため、多くの複雑な問題に直面した。開発に従事する人材の維持や部品のサプライヤーが事業から撤退、試験設備や解析システムなどのインフラが老朽化する状況になった。
 さらに、政治的・財政的な不安定要因が加わり、ISSのプロジェクトマネジメントは難航を極めた。
 また、技術開発の進め方に関して各国間の違い(技術基準や進め方など)も克服しなければならなかった。欧州、カナダ、日本の西側諸国はそれほど大きな問題はなかったが、ロシアは全く違っていた。
 ロシアの技術者は非常に保守的で、新しいハードウエアの採用に慎重であり、信頼性を高めるため冗長性を多く取り入れる傾向にあった。
 彼らは、既に開発して実績のあるものを改良して何十年も使用している。「実績を積めば積むほど技術は成熟するのに、アメリカはアポロのカプセルからスペースシャトルのような飛行機型にいくのか、不思議だ。」という。
 NASAの技術者からみると、「技術はどんどん進むのに、何で最新の技術を取り入れた設計にしないのか?」という。
 この基本的なスタンス(技術・物つくりの発想)の違いは、チームでISSを維持していくための大きな障害であった。

 また、ロシアの予算不足は慢性的であり、大きな問題であった。
 ロシアがISSに参加したばかりの1995年末に、ロシアの資金確保の見通しが不透明になった。当時のロシアは、仮に政府首脳が予算処置を確約し、政府予算を承認したとしても、実際に現場には予算が下りてこないことが度々あった。スケジュールの遅延が明らかになってくると、米国の議会も監視の目を光らせるようになり、NASAや国務省は議会での説明に追われることになった。

〇ロシアと中国との協力体制 (*2)
地球周りは宇宙ごみが沢山回っている  2021年に、“中国とロシアは2030年代に月の南極に研究基地を設立するための協力関係を結ぶ“と発表した。
 しかし、中国は月無人探査計画を着々と進めており、無人探査機での月面着陸とサンプルリーターンに成功している。
 ロシアは、火星に焦点を当てた探査機は多かったが、月探査機計画は1980年代の後半以降、長い間行われていない。近年ロシアの探査機が目的地に到達できなかったりして、ミッションを達成できないことが続いている。
だが一方では、軍事宇宙プログラムに多大な投資をしているようで、2021年11月には高度480kmを飛行している“寿命が尽きた衛星”を地上から発射したミサイルにより数千個の宇宙ゴミを発生させた宇宙ミサイルシステムの実験をしている。
 ISSは宇宙ゴミとの衝突を回避するために、2022年10月24日に回避操作を実施した。宇宙ゴミは高速でISSの進行方向から接近し、船体に穴を開ける恐れがあることから、ISSや衛星にとって深刻なハザードになっている。
 筆者の在任中も、しばしば宇宙ゴミの接近があり、ISSは回避操作を実施していた。
宇宙ゴミの回避  こうしたロシアのまわりを無視した勝手な実験では大変迷惑を被った。
 また、ロシアは、自らの衛星軌道を変えて打ち上げに使用したロケット上段に接近する動きを何度も繰り返している。このような衛星を2013年から2年ごとに打ち上げており、継続的な試験を行っている。
 しかし、ロシアが新しい有人宇宙船や打ち上げロケットを開発しているとの情報は近年聞こえてこない。
 さらに、最近ロシアの有人宇宙船で冷却水漏れが相次いで発生しているばかりか、ソユーズロケットのブースターが故障する不具合も発生しており技術的な問題を抱えている。
 技術的には、中国とロシアの間にミスマッチがあり、中国がロシアに協力する政治的な理由はあるかもしれないが、協力により中国が得られるメリットがほとんど見当たらないように見える。ウクライナ侵攻により、ロスコスモスが国際社会から孤立し、苦境に立たされているように感じる。

【参考文献】
*1 「露、ISS参加継続」、読売新聞朝刊9面、2023年4月14日
*2 ロシアの宇宙開発計画が「深刻な危機」に瀕している | WIRED.jp

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