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「きぼう」日本実験棟開発を振り返って (49)
―「きぼう」のミッションプロファイルつくり―

PMマイスター 長谷川 義幸 [プロフィール] :12月号

○ 「きぼう」飛行計画全体のシナリオが必要
図 1 「きぼう」日本実験棟の開発企業  1995年4月に、出向先から「きぼう」開発プロジェクトに戻りJAXAで初めて宇宙に飛ばし、人が滞在する機材のシステムを担当することになりました。
 担当は電気・通信・ソフトウエア開発グループのマネジャーです。
 「きぼう」は、図1のように8社が開発を分担し、船内実験室やロボットアームなどの個別システムを接続するための機器間インターフェース仕様を決めることができない時期に、筆者は遭遇することになりました。
 決められない理由は、個別システムの設計がだんだん固まっていくのですが、宇宙での組み立てや実験はどのように行われるのかの運用を、よく理解しないとインターフェースの詳細設計ができないたためでした。 (1)
 例えば、図2のように船内実験室外壁に取り付けたロボットアームは、打ち上げ時には外壁の数か所に留め金で取り付けられています。ISSに接続し組み込んだ後に、それらの留め金を外し、ゆっくりと展開していきます。
 熱量の計算も同じことで、環境制御の能力を決めるのに、熱負荷の変動を知る必要があります。
 また、宇宙は真空ですので、1気圧に与圧された船内実験室は膨らみます。当然、留め金もその影響をうけ若干ゆがみますので、アーム取り付け部分がはずれない可能性もあります。はずれないと 図 2 「きぼう」ロボットアームの展開シーケンス ロボットアームは、畳まれたままになってしまい、使うことができません。
 本当にアームは展開できるのか、一つの疑問から、数々の疑問が生まれてきます。
 飛行計画の詳細が分からないとインターフェースを決めることが出来ないだけでなく、仕様が決まらないと、メーカーとの契約もできないのです。
 関係者が一堂に会した「きぼう」設計会議で、飛行内容をもっと具体的に決める必要があることにチームメンバーは気づきました。

〇 プロジェクトエンジニアが飛行計画を作成する
 この時プロマネは、「きぼう」の設計条件を明確にするために飛行計画全体の組み立てシナリオの詳細記述作業を行うよう指示を出しました。
 この作業は、振り返ってみるとプログラムマネジメントのスキームモデル「ミッションプロファイリング」業務で、プログラムミッションの可視化をするためのシナリオ構築でした。
 新規物のプロジェクトにつきものの、全体から部分に展開していくスマートなプロセス構築ができず、分担開発で問題が出てから、後追いで全体シナリオの構築に入っていく状況が「きぼう」の開発の現状でした。
 ちなみに、アポロ宇宙船の開発の時も、同じようなプロセスを踏んでいて、設計を詳細化させる段階で、プロファイリングの必要性に気付いた、月着陸船開発企業のグラマン社(現ノースロップ・グラマン社)が飛行計画作成の中心になり作業をリード、成功への足掛かりとしました。 (2)
 当時、「きぼう」開発プロジェクトでこの作業をやれるのはT氏でした。彼は、制御工学の出身の当時30歳前半の若い技術者でしたが、システム工学の考え方で宇宙技術に関する分野をカバーできる才能をもっておりました。リーダータイプで、ピンチや混乱の時にも冷静で、他の人から頼りにされている方でした。
 筆者も「きぼう」開発プロジェクトに配属になって以来、技術的な課題がでてくると彼に相談していました。内容をしっかり把握したうえで、いつも明確な解答を返してくれました。 (3)
 彼は、まず自分が担当していた船内実験室の知識をもとに、「きぼう」の第一便と第二便の打ち上げから、軌道上組み立て・初期起動までの飛行内容を分析し、一人で原案を作成し、それを元に開発企業である三菱重工の技術者と共同で設計基準飛行計画を仕上げました。
 その後、「きぼう」の基準飛行計画シナリオとして議論する検討会を開催、飛行内容を具体的に決めていきました。
 彼は、建設的で、個人的な好き嫌いや特定の組織へのこだわりはなく、チームの自信とやる気を高めていきました。問題を追及する際に、核心をつく質問を投げかけることで、問題の把握する別の見方や解決方法に導いていくことが何回もあり、起こりえる故障モードや緊急事態を調べ、それらが飛行計画や「きぼう」の設計条件に与える影響を具体的にはっきりとさせました。
 彼は、ある程度シナリオとしてまとまると、地上の管制センターでのモニターやコマンド送信などの課題があるので、検討の範囲を広げ、地上管制のメンバーを加え、手順を詳細化しました。
 さらに、「きぼう」の宇宙での飛行は、NASAとJAXAの共同作業になるので、JAXA側の作業が、ある程度仕上がった段階で、NASAとの合同検討を行っていきました。
 この作業で作成された基準飛行計画は、その後、システムや構成品の設計に必要な設計条件を決めるのに参考になり、宇宙飛行士と地上管制官が使用する、通常時と異常時の詳細運用手順作成に大いに役立ちました。

〇 まとめ
 以上述べてきた基準飛行計画の作業手順をまとめると以下になります。
  1. まず、概念図を一人が作成し提示する。(複数人だと、設計思想が複雑化する)
  2. それをたたき台として検討会を行い、関係者の知恵をいれていき詳細化していく。
  3. プロジェクト全体を把握している人がチームを仕切り、チーム員を刺激しながら流れをコントロールしていく。
 ここで重要だったのは、プロジェクト全体を掌握し、チーム員をリードしていける技術者をプロジェクトで抱えられるか、どうかでした。新規プロジェクトを成功に導くには、T氏のようなプロジェクトエンジニアを見つけ出し、育成し、抱えておくことでした。(プロマネの大事な仕事です。)

 余談ですが、筆者が兼務していた「はやぶさ2」の開発プロジェクトでは、当時プロジェクトエンジニアとして活動していた津田さん(小惑星「リュウグウ」の困難なタッチダウンとサンプル回収をリードした)が、「はやぶさ2」の飛行運用シナリオを自分で作成していました。
 大型の宇宙プロジェクトでも、結局は“人”の知恵とアイディアと努力の結晶の結果ですね。

【参考文書】
(1) 長谷川義幸、「「きぼう」開発プロジェクトのマネジメントの経験」、PMAJジャーナル、2021年No.71
(2) トーマス・J/ケリー著、「月着陸船開発物語」、プレアデス出版、2019年3月
(3) 長谷川、「「きぼう」日本実験棟開発を振り返って」(46)」、PMAJオンラインジャーナル、2022年9月

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