グローバルフォーラム
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「グローバルPMへの窓」(第147回)
世界のプロジェクトマネジメントの課題-5

グローバルPMアナリスト  田中 弘 [プロフィール] :7月号

 我が国の新型コロナウィルス感染拡大は少なくとも第一波については少し出口が見えてきた。米国や日本は新型コロナ防戦において科学投資軽視の付けがきたとの記事もあるが、実地のマネジメント力ではどうであろうか。医療資源の極限活用、クリティカル・タイムマネジメント、クラスターの追跡力などだ。
 感染大国となった米国、英国、南欧諸国、ロシア、インドでは現場のマネジメント力が十分に機能したとは思えない。マネジメントは、美しいモデルではないし、雄弁でもない。日本人は多くを語らないが、現場のマネジメントはほぼしっかりと機能したのではないか。
 有事のマネジメントはプロジェクトマネジメントであるので、コロナ禍が一段落したら、プロジェクトマネジメントの面から各国の新型コロナ感染症対策を評価できないであろうか。

 今月は、「世界のプロジェクトマネジメントの課題」シリーズ : ①プロジェクト環境の構造変化、②プロジェクトとプロジェクト環境の複雑性の増加、③Optimism Bias(確信犯的楽観主義)、④有効性の少ない計画手法への固執 (Planning to fail, not failing to plan)、⑤前提条件更新の欠如 (Wrong Assumptions)、⑥プロジェクト構想化・計画最適化の欠如、の最終回(5回目)として⑥を取り上げる。
 
⑥プロジェクト構想化・計画最適化の欠如
 
 なぜこの問題を取り上げるのか。以前このエッセイで取り上げたことがあるが(第134回)、重要なので要約のうえ再掲する。
 
 どのプロジェクトマネジメント標準にも、プロジェクトは、「構想化 Conception」、「計画 Planning」、「実施 Implementation または Execution」、「完成 Completion」の4つのフェーズから成り立つ、とあるが、プロジェクトマネジメント標準に方法論があるのは「計画」以降である。
 ここでいう計画とは、これまでの世の中の計画がほとんどそうであるように、「何を作るか」の、一からの計画ではなく、作るものは関係者間(たとえばプロジェクト企画者とプロジェクト遂行責任者)で共有されており、「計画」で作るものの諸元、作業範囲、遂行の手順を定義化すること、だ。
 何を作ったらよいか分からない、という状況が生まれたのは今世紀に入ってからである。1990年代に開発が始まったプロジェクトマネジメント標準の著者達は、エンジニアリング、国土・社会インフラ、情報サービス産業所属者(出身者)あるいは工学者のいずれかであり、プロジェクトの対象は石油・天然ガスプラント、国土・社会・国防インフラ、機械系システム、情報システムのいずれかであり、言わば‘見える’物件であったので、プロジェクトマジメントの方法論は計画から始まることで問題がなかった。
 構想化については、このフェーズがないとプロジェクトは創成されないとの認識はあるし、P2Mでは強いメッセージとして付加価値の高いプロジェクトを創成する必要性を論じてはいる。しかし、構想化に対してプロジェクトマネジメント側には臨場感がほとんどないのと構想化段階では分野特性のブレが激しく、共通手法を作るには対象が絞りにくいので、概念論にとどまらざるを得なかった。
 VUCA(変動・不確実・複雑・曖昧)の時代、新型コロナウィルスのパンデミックが世の中の多くのパラダイムを変えつつある時代には、非常に多くのプロジェクトは構想そのものから始まる必要性がでてくる。方法論としては、ファウンデーション(いわばOS)としてP2Mプログラムマネジメント、加えてアプリとして、化学・機械システムや国土インフラ建設系プロジェクトを対象とした「システム・エンジニアリング」、社会問題解決、サスティナブル・コミュニティー構築プロジェクトには「ソフト・システム・メソドロジー(SSM)」と「サービス・イノベーション」、‘ニューノーマル’の社会・顧客ニーズに対応する商品やサービスの構想には「デザイン思考」(Design Thinking)、が挙げられる。

 本項課題の後半に計画最適化の欠如と記した。ここには三つの問題要素がある。
(世界の)公共事業などで、プロジェクトの構想、計画および実施間に主務者の断裂がある。
 官僚制の弊害で、各々主務者が異なり、各フェーズの責任者が自己セクター中心的なシナリオを作るので、プロジェクト横断的なマネジメントができない事態が起こる。
プロジェクトマネジメント学の研究で、「プロジェクトの成功」と「プロジェクトマネジメントの成功」の間には必ずしも相関関係があるとは言えない、という報告が複数出ている。
 世のプロジェクトマネジャーの推定7割以上はプロジェクト遂行を請負で実施しているプロジェクトマネジャーであり、彼らや彼らが属するコントラクターやベンダー(ISカンパニー)にとっては、プロジェクトマネジメントの成功=プロジェクトの成功、と理解されるので、この視点は、プロジェクトのオーナー(施主)側のものと言える。
 ライフサイクルのプロジェクトの成功は、プロジェクト基本計画そのものの質とプロジェクト遂行とマネジメントの質の両方で担保される。
フロントエンド・ローディングによる計画最適化(超上流計画最適化)の欠如
 プロジェクトで先端を走る業界にはフロントエンド・ローディング(Front-end loading)というクロスファンクショナル・チームによる統合計画手法がある。フロント・ローディングあるいはフロントエンド・プラニング(Front-end Planning)という用語も用いられる。省略語はFELとなる。FELは1990年代に、石油・天然ガスEPC(設計・調達・建設)プロジェクトで使用が開始された。米国の産学官連携EPC競争力強化機構であるConstruction Industry Institute(CII)やEPCプロジェクトの投資分析コンサルタントIndependent Project Analysis (IPA)が標準手法を確立しているが、その背景や手法は、次のとおり:
1980年代初めのEPCプロジェクトのパフォーマンス不調期やそれ以降、上流のプロジェクト計画に費やす時間を割愛すると、その付けとして、プロジェクト要求定義不全を招き、計画時間不足に起因する非現実的なプロジェクトスケジュールの設定、多くの設計変更、建設用資料の不具合の多発等を引き起こし、納期・予算超過が頻発した。この傾向はCII、IPA、いくつかのEPC関連企業の数千件の実プロジェクトデータで確認された。
FEL調査研究チームの分析によると、プロジェクトの初期計画段階から運転開始までに費やされる総費用累積曲線と、プロジェクトの計画・建設期間を対象としたパフォーマンスに影響を与えることができる度合いの曲線は交差関係にあり、プロジェクトEPCパフォーマンスに強い影響を与えられる計画作為は、初期計画からプロジェクト運用開始に至るまでのプロジェクト進捗の概ね20%(つまりEPC開始以前)までが有効であるとされる(下図参照)。
FELは、プロジェクトマネジメントの他、マーケティング、設計、品質、建設部門の当該プロジェクト担当者が数か月間チームを組み、コンカレント・エンジニアリング形式で実施する。
  フロントエンド・ローディングの効果的実施タイミング(CII資料より)

フロントエンド・ローディングの効果的実施タイミング(CII資料より)
 
FELの効果が発揮されるのは、前述のように、EPC以前であるので、FELは顧客が主体となり実施することが必要であるが、EPCプロジェクトではプレEPCフェーズの主要業務であるフロントエンド・エンジニアリングデザイン(Front-end Engineering Design)を別契約でコントラクターに発注するので、実質的には顧客とコントラクターが一体となって行う。
FELの効果については、CIIは2006年の発表で、サンプルプロジェクト数609件、累積投資額350億米ドルの調査の結果、適切なFELを実施したプロジェクトはコストで10%、納期で7%、追加チェンジオーダー(コントラクターに支払う、変更による追加コスト)で5%のセーブが可能であった、と報告がある。一方FELを行うための追加コストは、産業プロジェクトで設備建設コストの4%強、建築プロジェクトで2%程度である(CII)ので適切なFELは十分に正当化される。
ヨーロッパのメジャーオイル企業勤務の中堅社員が修士研究で行った実プロジェクトデータによる検証では、FELの質とプロジェクトチームの技量の組み合わせがプロジェクトのパフォーマンスに与える結果の分析では、①良質のFELとスキルの高いプロジェクトチームが組み合わされると最良、②良質のFELとスキルが低いプロジェクトチームの組み合わせが次善、③スキルの高いプロジェクトチームがFEL不全を挽回するケースでは②から離れての第3位、④FELが不全でプロジェクトチームのスキルが低いと最悪、となっている。
 FELは石油・天然ガス・石油化学のEPC業界に始まり、日本の自動車産業の新車開発プロジェクト、近年では建築業界で活用されている。世界的には大型設備投資が必要な製造業にも広がっている。
 件数で、圧倒的に多いISプロジェクトでは、目下ほぼアジャイル開発に目が向いており、FELの認識はあまりないが、現下の新型コロナウィルス禍で、厚生省の基幹システム、地方自治体のシステム、あるいは省庁横断的なシステムで看過できないシステム不全が露見していることに鑑みると、少なくとも基幹システムについては、ユーザー/ベンダー横断的なクロスファンクショナル・チームによるFELを実施すべきではないか。
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