グローバルフォーラム
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「グローバルPMへの窓」(第146回)
世界のプロジェクトマネジメントの課題-4

グローバルPMアナリスト  田中 弘 [プロフィール] :6月号

 世界のコロナウィルス感染拡大の状況を日々観察していると、自分で設定した種々の推測がほぼその通りになったり、外れたりしている。いまのところ、外れの最たる例は、ロシアの感染者数が世界第2位まで伸びてしまったことである。ただし、死者数は感染者数比で極めて少ない。もともと同じ国であったウクライナが日本とほぼ同数の感染者数と死者数で大変頑張っていることを見ると、分離から30年もすると国全体の社会衛生観も国民生活の規律もかなり変わったのであろう。
 一方、当たりでは、セネガルや西アフリカの国々は、いまのところぎりぎり持ちこたえ、セネガルはロックダウンを解除したし、他の国々も部分解除に向かっている。セネガルにあるセネガル・パスツール研究所はフランス領であった1923年設立で、感染症学と疫学で世界的な権威であり、エボラ出血熱(セネガル自体は発生無し)封じ込めで大きな貢献を行ったし、今回もマッキー・サル大統領の的確なリーダーシップの下、的確な検疫体制と医療体制構築に指導力を発揮した。EUから持ち込まれたCOVID-19の感染は防げないが、感染者の迅速な検出と的確な初期治療で、早期退院者が多かったのが印象的であった。
 筆者もご多分にもれず、社会人学生のオンライン指導やオンライン国際大会参加をしている。5月15日にはウクライナプロジェクトマネジメント協会主催の国際大会PM Kiev 2020の全プログラムに参加した。6時間の時差があるので、15時半から24時までの参加で、冒頭の25分の基調講演と、途中のセッションでのコメント、最後の討議セッションでの発言(10分)、そして最後の参加者全員の所感表明が出番であった。

基調講演:キエフ国立建設建築大学名誉教授として PMキエフZOOM大会模様
基調講演:キエフ国立建設建築大学名誉教授として PMキエフZOOM大会模様

 ウクライナPM協会の年次大会はほぼ学会であり、10年来の親友たちとZOOM上で再会できたのは大変嬉しかった。ホストのキエフ国立建設建築大学の大学院PM専攻課程はドイツ ドルトムント大学とEuropean Master of Project ManagementというEU大学院のPM専攻修士課程で提携しており、ウクライナ独自の先端PM学とEU共通のPM学の両方が学べるようになっている。ウクライナ伝統のPM学は数学とITが多く取り入れられており、最近脚光を浴びているデータサイエンスを元々やっており、今後強みが発揮されるであろう。

 本題に戻り、今回は「世界のプロジェクトマネジメントの課題」シリーズ : ①プロジェクト環境の構造変化、②プロジェクトとプロジェクト環境の複雑性の増加、③Optimism Bias(確信犯的楽観主義)、④有効性の少ない計画手法への固執 (Planning to fail, not failing to plan)、⑤前提条件更新の欠如 (Wrong Assumptions)、⑥プロジェクト構想化・計画最適化の欠如、の第4回目として⑤を取り上げる。

⑤前提条件更新の欠如 (Wrong Assumptions)
 プロジェクト計画にあたり前提条件を間違うことがプロジェクトを大きく狂わせることになる例である。これは経験豊富なプロジェクト企業やプロジェクトマネジャーの問題である。新入りのプロジェクトマネジャーは何がリスクで何が前提条件であるか、区別がつかない。
 最近の事例では、日本のエンジニアリング企業5社が2010年代の中盤に米国の超大型プロジェクトであるLNGプラントやエチレン(石油化学)プラントで数百億円規模の大赤字を計上し、また2社ほどが東南アジア市場で同じような巨額赤字を被った。大きな原因は、現地のプロジェクト遂行環境を見誤ったことにあった。
 いずれの企業もプラントプロジェクトでは名門で、米国で赤字となったプラントの建設では確たる実績があった。しかもプロジェクトの仕向け国はプラント発祥の地であり、プロジェクトマネジメント発祥の地である米国(あるいは実績が豊富にある東南アジアの国)である。しかし、待っていたのは、シェール天然ガスブームで大型プラント投資が数十年ぶりで多数出てきた米国には、最早、同時並行の大型プロジェクト建設を支えるインフラが整っていなかったという事実である。特にプラントの工事は一般建設工事とは異なる熟練の建設技能者が何万人単位で必要であるのに、数十年間大型プラント工事がなかった米国では熟練工は大幅に減り、また頼りとするメキシコやベネズエラの建設熟練工はトランプ政権の中南米人の入国制限で動員ができにくくなっていた。また、ハリケーンによる水害などが重なって、工期遅れが続きあっという間に数百億円の損失がでた。
 ほかにも、大変実績のある顧客であるが、顧客の首脳陣が一新したためにコントラクターの打つ手打つ手が受け入れられなかったという例、国際PM協会連盟(IPMA)で今年の世界大会を開催するロシアで2月にプーチン大統領による首相以下閣僚の総入れ替えが起こり、政府の支援がなくなってしまった、という例もある。

 目下のCOVID-19のパンデミックでも一般的な前提が覆るような出来事が次々に起こった。
欧米諸国の感染者数、死者数が群を抜いており、先端の疫学、公衆衛生学だけで問題解決にはならなかった
PCR検査という疫学上のCOVID感染防止上の王道で大きく遅れをとっている日本が5月下旬の時点で感染者数、死亡者数ともに極めて善戦している
日本政府はSociety 5.0という、人間にやさしい社会の実現を近未来ビジョンとして掲げているが、Digitalizationの実力で中国、韓国、シンガポールなどに大幅に水をあけられていることが白日に晒された
喫煙は健康に有害であり、特に呼吸器系疾患を引き起こすリスクが高いという定説が、COVID-19感染に関わるフランスや中国のコミュニティーのサンプルPCR・抗体調査(部分的ではあるが)で喫煙者は非喫煙者と比べて感染率が群を抜いて低いとうい結果がでた(権威ある仏パスツール研究所が行った感染者が多かった北東フランスの一高校コミュニティーを構成する生徒、教職員、父母合計660名の調査では喫煙者の感染は非喫煙者の四分の一であった)。

 VUCAという用語で形容される現代であり、何が起こってもおかしくない時代であるので、既成概念で前提設定をするのは極めて危険である。 ♥♥♥
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