グローバルフォーラム
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「グローバルPMへの窓」(第145回)
世界のプロジェクトマネジメントの課題-3

グローバルPMアナリスト  田中 弘 [プロフィール] :5月号

 新型コロナウイルス感染防止で巣ごもり生活に入っているが、いくつかの国の友人たちと安否確認を行っている。届いた声は、「山の中腹に住んでおり、周囲に住宅はまばらであるが、国を挙げてのロックダウンで、外出ができるのはオンラインで取得する許可証を持って食料品の買い出しと通院だけ、自分の大学の授業も中学生の息子の授業もすべてオンラインでやっている」、「所属の工学部・工学研究科の学生200名強が延長春休み中にメキシコに集団旅行し、半数がCOVID-19に感染して頭を抱えている」、「(筆者の)友人はすべて無事だ、この国は原発メルトダウンの経験があり、30代以上の国民には危機に際しての行動様式が刷り込まれていると感じている」、「我が国の政府発表の感染者数値は信じないように」、「日本にはマスクが不足しているようなので、(先生に)マスクを送ろうと2つの配送業者に持ち込んだが、国がマスクの輸出禁止措置を取っているので、配送受付を拒否された」、「9月の世界大会は、デジタル会議で実施できないか検討中だ」、「仕事ができないので、せめて論文作成を進めようとしている。この地域はエボラ熱をはじめ感染症の認識は高いが、医療品の物量制約と公衆衛生体制で問題があり、怖い」、等。
 世界の対COVID-19防戦を見ていると疫学や公衆衛生戦略の適用だけではなく、各国の政治パラダイムや集団社会行動様式が色濃く出ていると感じる。
 
 さて、今回は「世界のプロジェクトマネジメントの課題」シリーズ: ①プロジェクト環境の構造変化、②プロジェクトとプロジェクト環境の複雑性の増加、③Optimism Bias(確信犯的楽観主義)、④有効性の少ない計画手法への固執 (Planning to fail, not failing to plan)、⑤前提条件更新の欠如 (Wrong Assumptions)、⑥プロジェクト構想化・計画最適化の欠如、の第3回目として③と④をまとめて取り上げる。

③Optimism Bias(確信犯的楽観主義)
 
 PM研究先進地域である欧州でメジャー(大規模)プロジェクトの研究者が扱いだしたテーマがプロジェクトにおけるOptimism Biasである。難しい用語であるが、社会インフラプロジェクトにおけるあまりに低いパフォーマンスを引き起こす楽観主義についてのテーマである。筆者が2年ほど前にPMAJジャーナルに報文(研究ノート)を掲載した際に本テーマについて述べたが、欧州、北米など先進国と発展途上国における、大型社会インフラプロジェクトの成功率(計画機能・便益達成、納期・予算達成)は10%程度から良くて30%という調査研究結果がでている。
 
 Optimism Biasには二種類あり、ひとつは、いわゆる無知である。プロジェクトのオーナー(公共体)が、プロジェクトマネジメントというマネジメント手法があることすら認識してない、施工業者はプロジェクトの納期と予算遵守の大切さについてオーナーに注進しない、ということが典型例である。もうひとつは、政治案件で、確信犯的にノーガードでプロジェクト計画と遂行を行う状態をいう。大型インフラプロジェクトはかなりが政治絡みであり、まずプロジェクトありきであるので、種々の方策を用いてプロジェクト・メーキングを行う。公共プロジェクトであるので、いくつかのマイルストンでゲート審査を行うが、巧妙に潜り抜け、プロジェクトのディテールが見えてきて、エキスパートであるコンサルタントにはプロジェクトがうまく行かないのが分かっていても、不帰の河を渡ってしまうというパターンである。
 
 民間の一般プロジェクトでは自分の資金が賭けられているので、後者はほとんど例がないが、前者は日本でも散見される。

④有効性の少ない計画手法への固執 (Planning to fail, not failing to plan)
 
 アフリカ出身でケベック州立大学准教授のLavagnon Ika氏は、世界銀行融資のアフリカのインフラプロジェクトを調査して、成功プロジェクトの割合の低さの背景に、プロジェクトの失敗や未達が半世紀にわたり繰り返されているのに、プロジェクトのステークホルダーにプロジェクトの計画と管理プロセジュアを見直す気運が一向に起こらない事実がある、としている。プロジェクトがうまく行かなくても我々は世銀のものを含めて既定の手順に従ってプロジェクトを計画し、遂行したので、未達の責任を負う立場にない、というメンタリティーが支配しているようだ。
 これは、上記③項とほぼ表裏一体で、アフリカに限った傾向ではない。典型的な官僚主義の弊害であるが、学習のフィードバック・ループに無知であるなど、ナレッジマネジメントが全くできてない。
 筆者は2008年7月、ウクライナでP2Mセミナーを実施していた際にチェルノビル原発公社に招かれ総裁以下幹部に対してナレッジマネジメントを取り入れたP2Mという1日セミナーを実施したことがある。1986年にメルトダウンを起こしたチェルノビル原発4号機は、米国とフランスの著名コントラクターを起用して、通称石棺と呼ばれる大きなコンクリート遮蔽を施したが、遮蔽シェルターにクラック(亀裂)が連発し、コントラクタージョイントベンチャーは6億ユーロの違約金を支払った。“ナレッジマネジメントを取り入れた”とはロシア語のセミナー案内に記してあったことで、当方が意図したことではないが、セミナーの際に総裁が言われたのは、日本のコントラクターであれば、ナレッジマネジメントを活用するであろうから、意見を聞いてみたかった、とのこと。
 Plannning to fail は、計画に齟齬があったということではなく、「失敗するように計画する」ということで、あってはならない。
 
 COVID-19は、緊迫した待ったなしの状況のなかで数多のイノベーションも生んでいる。中国、韓国、シンガポールが緊急時の社会制御を可能とするデジタル技術を確立したこと(国として高度ナレッジ獲得)から、日本の小学生が3Dプリンターで本格的なフェースシールドの生産体制を築いた、あるいはセネガルの工科大学の教授と保健当局が、同じく3Dプリンターで人工呼吸器を開発し、医療現場で活用している、など個人のアントレプルナー的ナレッジ、まで。 ♥♥♥
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