グローバルフォーラム
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「グローバルPMへの窓」(第144回)
世界のプロジェクトマネジメントの課題-2

グローバルPMアナリスト  田中 弘 [プロフィール] :4月号

 WHOによってPandemicと認定された新型コロナウィルスは多くの人の生活様式に強い影響を与えている。筆者については、2020年度からは海外の関係者の研修を専門に行うことにしたところであったが、ほとんどの国で往来が制限されている状況では、活動は完全停止で、先が見えない状況となっている。
 
 国内でのコロナウィルスの脅威もあるが、たった2週間で“戦時状態” (各国首脳)になった欧州と米国は先進国社会の抱える脆弱性をさらけ出し、日本の将来にも大きな警鐘を与えていると言えよう。彼我の被害の差はどこから出ているのであろうか。国民の規律、公衆衛生意識、社会格差の程度、社会安全ネットワークの質など日本が優れている点もあるが、国家としての意思決定の曖昧さ、社会の機動性の低さ、など不安要素を露呈している。
 
 夜になるとパリ発France24というライブWEB報道番組を見ているが、常に南欧3か国の医療現場が生々しく映し出されており、それはまさに野戦場だ。EUからコロナウィルスを持ち込まれたアフリカ諸国は、医療の脆弱性がありながら必死に防戦している。特にセネガルの検疫体制はしっかりしている。ウクライナやロシアはイタリアからの帰国者がウイルスを持ち込んだが、蔓延は最小に抑えられている。生活が規則正しい、国民がスポーツで身体を鍛える、街を掃除する、手洗いを頻繁に行う、など生活態度が有事の際に事を分ける。
 
 先月号から「世界のプロジェクトマネジメントの課題」というエッセイシリーズに入った。①プロジェクト環境の構造変化、②プロジェクトとプロジェクト環境の複雑性の増加、③Optimism Bias(確信犯的楽観主義)、④有効性の少ない計画手法への固執 (Planning to fail, not failing to plan)、⑤前提条件更新の欠如 (Wrong Assumptions)、⑥プロジェクト構想化・計画最適化の欠如、と対応課題を挙げており、今回は2回目となる。
 
②プロジェクトとプロジェクト環境の複雑性の増加
 
プロジェクトの複雑性(project complexityあるいはcomplex project) は現在のプロジェクトマネジメント研究の主流テーマである。これには2つの側面があり、一つは実体プロジェクトで今世紀に入って複雑性が相対的に増大してプロジェクトの問題出現が頻繁になっている現象に対応しており、もうひとつは、研究者は問題を複雑化しないと研究にならないという世俗的な事情による。
現在の大型産業プラントプロジェクトを見ていると受注金額500億円以上の海外プロジェクトの納期は90年代の1.5倍程度であり、コストも同じく1.5~1.6倍である(後者は日本機械輸出組合のPlant Cost Indexによる)。石油・天然ガス・石油化学などの化学プラント技術は、制御系を除いては、半世紀以上あまり変わっていない。同じプラントを造り、同じ手法でプロジェクトを纏めるのになぜ、納期もコストも大きく膨らむのであろうか。
単純に言えば、伝統的な産業プロジェクトでは、技術の複雑性ではなく、プロジェクト遂行環境の複雑性増大が納期増、コスト増に繋がっている。
昨年10月、シドニー大学教授でかつてP2Mの対外普及戦略ヘッドコーチを務めていただいたLynn Crawford先生が久しぶりに来日し、種々情報交換を行っていた際に、当方より投資金額3兆円に近いロシア北極圏のYamal LNGプロジェクトが、2019年に、納期より10カ月早く完了したことを話題にしたら、彼女が言ったことは北極圏であれば(モジュール工法の採用で)工事に関わる人も最少でしょう、それであればプロジェクトの複雑性は少ないのでブレが少ないでしょう、ということであった。確たるデータは手元にないが、産業経験的に言えることは、人間の関わりが高いプロジェクトほど納期遅延が多い。
現在のプロジェクトは業種の細分化、資金調達の多様化、リスクの最小化の試みから、ステークホルダーの数があまりにも多い。界面の増加は即コミュニケーションミスの増加に繋がり、また、ステークホルダーの利害調整を行うのは至難の業となっている。
比較的勤勉であり、我慢強く、柔軟性が高い日本人は、大抵の複雑性には追随力が高い。これが真の技術力ではないか。筆者は、複雑な技術を階層的に分析し要素のつぶしを行う日本企業を信頼しているが、是非この強みを伝承してほしい。
環境の複雑性に対応するにはフレームワークが必要である。筆者は大型プロジェクトのPESTLE(Political, Economic, Social, Technological, Legal, Environmental)ファクター変動分析というトップダウン分析を説いており、ヨーロッパのプロジェクトマネジメント科学ジャーナルで論文を発表したことがある。
PESTLEファクター分析を使って今回のCOVID-19問題がプロジェクト産業に及ぼす影響を俯瞰すると次のような予測が2月の初めに成り立った:①中国の生産活動の封鎖で世界の大型天然ガスプロジェクト用のプラント・モジュール制作が中断し、モジュールの納期遅れが発生する②公衆衛生上問題ありの南ヨーロッパでCOVIDによる生産活動中断で、プラント機材の大幅納期遅れ(北イタリアは受注生産のプラント機材の世界最大供給地)、③人の移動の制限や就労制限でプロジェクト現場運営の大幅制限、④経済危機から投資決断の大幅な遅れやプロジェクトの中止。
これらが現実となりつつある。 ♥♥♥

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