グローバルフォーラム
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「グローバルPMへの窓」(第143回)
世界のプロジェクトマネジメントの課題-1

グローバルPMアナリスト  田中 弘 [プロフィール] :3月号

 1月31日開催の沖縄プロジェクトマネジメント・セミナーに9年ぶりに参加し、PMAJ加藤理事長の協会講演の一部で、筆者の沖縄でのプロジェクト創造への思いを少し語らせていただいた。
 
 沖縄セミナーでは、屋比久PMAJ地域研究会幹事による、海ブドウ養殖プロジェクト、フランスへの進出という、グリーンエコノミー、もっと正確にはバイオエコノミー時代の日本発の秀逸なプロジェクトの講演、一方で長谷川義幸JAXA客員(PMAJ PMマイスター)の国家ミッションを実現するヘビーウェイトのエリート・プロジェクトに関する講演がバランスよく配され、大変盛況であった。
 
 50年プロジェクト・コミュニティーにある筆者の目下最大の関心事は、大型EPCプロジェクトの(伝統的に)卓越したPM力を時代の変遷の中でいかに守っていくか、と、ニューエコノミーに相応しいプロジェクト創造の方法論、の二極的なテーマである。
 
 2月1日、帰路、那覇空港を離陸する際に眼下に見えた大型クルーズ船が、実は現在渦中にあるダイヤモンドプリンセス号であったことは知る由もなかった。筆者の過去5年では、年に3~4フランス大学院に通う中で頻発したフランスやベルギーの過激派テロをニアミスでかわしたことや、2014年にギニアで発症したエボラがサブサハラ諸国に蔓延する中でギニアの隣国セネガルに14年から15年にかけて5回渡航し、セネガルにはエボラは無かったが、渡航後の一回は、西アフリカに渡航したとういだけで、自主的に2週間自宅待機したことなど、少々過激な経験があった。今回のCOVID19では、筆者が後期高齢者であることと心疾患の既往歴があることから、かなり慎重に行動しているが、懸念されるのが、4月以降夏までに国内外で予定されている研修が影響を受けることである。
 
 今月号から3回に分けて、いま、世界のプロジェクト界が当面している課題について筆者の考察を述べる。
 
 2017年にロシアの州政府とロシアPM協会(SOVNET)が共同主催した国際プロジェクトマネジメント大会で、主催者の要請で講演を行い、その後、SOVNETサイエンスジャーナルに寄稿した論文で、“プロジェクトマネジメントの標準や手法の整備が進み、これだけ研修が身近になったのに、なぜプロジェクトは相変わらず失敗するのか”について文献調査と筆者の産業現場考察に基づいて持論を展開した。2019年12月には、インド世界PM大会の基調講演でもこの考察について言及した。
 
 このエッセイですべてを語ることは避けるが筆者が挙げた論点は次の通りである(インド世界大会の講演から)。
 
プロジェクトのパフォーマンス:
 
PMI® Pulse of the Profession Survey in 2018によれば、
 
66~67% of the surveyed projects met original goals and business intents プロジェクトの初期のビジネス目標やプロジェクト組成意図を達成できたのは調査プロジェクトの66~67%である。
57~58% completed within original budget プロジェクト予算内に収まったプロジェクトは57~58%である。
52~53% completed on time 納期に収まったのは52~53%である。
 
 この調査結果はマイルドな方で、ほかに幾つかある調査ではさらに厳しい結果がでており、ざっくりと言うと、プロジェクトの半数は問題プロジェクトであるとしている。パフォーマンスが比較的高いのは、石油天然ガス下流(プラント)プロジェクトと製造業プロジェクトである。
 
 筆者の産業別プロジェクトパフォーマンスの観察は下表のとおりである。
 
プロジェクトマネジメント
活用分野
プロジェクトパフォーマンス
(成功度合い)
プロジェクトマネジメント
パフォーマンス
国土・社会インフラストラクチャー、一般建設分野(海外) 低(インフラ)~高、普通(一般建設) 低(インフラ)、普通(一般建設)
石油・天然ガス上流部門 高~普通
石油・天然ガス下流部門、石油化学 高~普通
製造業 高~普通
情報サービス産業 普通、時々高(海外)
公共部門-公共工事以外のPM適用ケース 普通
適用分野別プロジェクトパフォーマンスとプロジェクトマネジメント・パフォーマンス
(Tanaka,H.2019)
 
 プロジェクト請負を生業とする企業のプロジェクトマネジャーには分かりにくいところであるが、エンドユーザ―にとってのプロジェクトの成功(ビジネスへの便益)とプロジェクトマネジメントの成功は、相関性が50%から60%程度であることが欧米のリサーチで解明されており、イノベーション性が高いプロジェクトほど、プロジェクトのコンセプトが勝負を決めており、プロジェクトマネメントの成功への寄与は低い(筆者の海外イノベーションプロジェクト従事者へのヒアリング)。
 
 このようにプロジェクト投資やプロジェクト化業務のアウトプットがGDPの35%(EU)から50%(東アジア)に迫ろうという時代にあってもプロジェクトがなかなかうまく纏まらないことにつき、読者の方々も自社例から内省を行っていることであろう。
 
 筆者は、一次データに基づく科学的な解明ではないが、二次データと自分の産業観察から、プロジェクトの総合パフォーマンスの低下の背景を次のように推論している。
 
プロジェクト環境の構造変化
プロジェクトとプロジェクト環境の複雑性の増加
Optimism Bias (確信犯的楽観主義)
有効性の少ない計画手法への固執 (Planning to fail, not failing to plan)
前提条件更新の欠如 (Wrong Assumptions)
プロジェクト構想化・計画最適化の欠如
 
 順番に説明する。
① プロジェクト界の構造変化
 
プロジェクトは、かつての、社内のエリートが行った、特別扱いの事業ではなくなり、誰もが実施する可能性がある時代となっている。多くのプロジェクトマネジャーは、プロジェクトマネジャーとなるべく準備期間をかけて、あるいはステップを追って育成されておらず、90年代に米国で言われ続けたAccidental Project Manager(ある日突然任命されたプロジェクトマネジャー)的人材が多くなった。従って全活用分野平均では、プロジェクトマネジメント・スキルは落ちる一方で上がるはずがない。PMを成功裏に実践するには体系的知識、実地経験、プロジェクトマインドセットの3点セットが必要であるが、PMスタンダードで習得した知識のみが世界で増えて、残りの2要素は平均値が落ちる一方である。
プロジェクトにはミッションがある、ミッション完遂のためにはあらゆる手を尽くして頑張るというのがプロジェクトマインドセットであるが、働き方改革の時代には、通用しにくいであろう。筆者の個人的な体験でも、大学院で教えていて社会人を含めた学生のプロジェクトマインドセットは落ちる一方である(プロジェクトが纏まらない)。
2017年に開催されたIPMA世界大会の筆者がモダレータを務めた基調パネル討議では、プロジェクトマネジメントの現場でコマンド&コントロールは最早30歳から20歳代のメンバーには通用しないということで意見が一致したし、2019年1月にウィーンで開催された学会ではIPMAの幹部と著名な教授から、Project Management という用語自体が若年層にビューロクラティックな響きがあると嫌われるので、Project Leadershipという言葉と置き換えているという発言があった。
石油・天然ガスプラントに代表される設備投資プロジェクトでは、十数レベベルに及ぶWBSを使った極めて正確なスコープ計画・管理、専業のコントロールエンジニアと専業のコストエンジニアとによる精緻なスケジュール計画・管理と資源&コスト見積もりとコストマネジメントを実施して、数千億円規模のプロジェクトでも納期を守り、5%誤差内のコスト管理を行ってビジネスとして成り立っているが、この分野でスキルも場数経験もある専門職が減少しつつある。次項②に述べるプロジェクトの複雑性の増大と相俟って一番正確なプロジェクトマネジメントができると定評がある世界のプラントプロジェクト分野でも少しずつ歪みがでている。企業標準のWBSがなく、かなり緩いスケジュール計画、資源計画、コストマネジメントしか行わないプロジェクト分野では、プロジェクトが計画通り収まらないのは容易に想定できることである。また、ベンチマークが少ないのであれば、計画自体の精度にも問題があろう。
世界平均で第三次産業(サービス産業)の寄与率は先進国では70%を超えているが、サービス産業では半数近くがプロジェクト型業務であると推定される。しかし、突然プロジェクトマネジャーになった人に適するPMガイドがなかった。彼らに言わせれば、PMスタンダードに書いてあることは、言語そのものが分からない、ということだ。
プロジェクトマネジメントの理論を遡っていくと経済学のユーティリティ理論、エージェンシー理論、取引コスト理論などに辿りつく。各々、1)「プロジェクト投資効果(効用)をいかに上げるか」、2)「適正な利潤に見合って、最適なプロジェクトを実施してくれる遂行者(請負者)として誰にプロジェクトを任せるか」、3)「他者に任せてプロジェクト遂行を行う場合に、トータル・マージン(取引コスト)を最小にできるのは誰か」ということで表現できる。1)と2)は企業の競争力の問題であり、競争力が高い企業が勝者となるが、3)の問題は極めて複雑である。現在、世界のプラントプロジェクトに関わる研究機関(米国CII等)で、石油、天然ガスプラントなどのEPCプロジェクトのTransaction Costs(取引コスト)が上がりすぎて総投資コスト41%にまで達している、という議論が上がっている。つまり、プラントの原価が59%で、請負構造の多層化・複雑化で各層の請負業者のマージン総和が膨れ上がっているということである。これは、専門分野の細分化に伴う多層プロジェクト遂行体制や、リスク分散や人的資源の平準化のためのEPC元請企業間のジョイントベンチャー結成、VUCAと称される世界の不確実性の急激な進化にともなくリスクマネーの上昇などに起因していると推定されるが、一社では対処できない業界の問題である。
プロジェクトマネジャーの時間の90%はコミュニケーションに使われているという多くの報告がある。筆者はかつて会社の先輩のプロジェクトマネジャー達と一緒に米国やヨーロッパ出張にでかけたが、成田からパリまで一晩中話をされて苦痛を感じたことが度々あった。SNS全盛の時代になったら、規律性の高いコミュニケーションが必要な本格的なプロジェクト現場は正確な維持が難しい。
 
以下、次号に続く。 ♥♥♥

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