グローバルフォーラム
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「グローバルPMへの窓」(第134回)
プロジェクト構想化のメソドロジー (その1)

グローバルPMアナリスト  田中 弘 [プロフィール] :6月号

 日本はものづくりで世界有数と言われて久しい。5月20日に就任したヴォロディミル・ゼレンスキー ウクライナ大統領は、就任式で「我々はテクノロジーでは日本人にならなくてはならない」と述べた(BBCニュース)。
 現下、プロジェクトマネジメントを論じるには、多様な視点が必要で、モノづくり産業の国際競争力比較がどうなっているかのデータも要る。筆者は、公益法人(経済産業省傘下)日本機械輸出組合(JMC) 機械産業国際競争力委員会の調査報告書「日米欧アジア製造業の国際競争力の現状」を数年毎に購読している。JMCは1998年度から日本、北米、欧、アジア(日本以外)の4地域に本社を置く世界のものづくり産業19業種、350社の連結財務諸表をもとに、4地域企業の国際競争力の状況と変化を毎年報告しているが。報告書の中で端的に各地域企業の総合競争力が示されるのが「日米欧アジア製造業の国際競争力推移(1998年度~2015年度)」で、ここで国際競争力(指数)とは「世界シェア」x「営業利益率」x 100で得られている。直近2017年発行(対象事業年度は2015年度)の報告書によると、国際競争力指数は北米企業4.0、アジア企業(日本以外:主として中国、韓国)1.6、欧州企業1.5、日本企業1.3で、日本企業は6年連続最下位となっている。米国企業になんと3倍の差をつけられている。これをどう読むか。
 製品の高い機能価値を創りだす日本企業の技術力自体が大きく劣化していることは考えにくい。この競争力の差は、MIT(マサチューセッツ工大)Sloan Schoolが論じているように、付加価値創造(Value creation)と付加価値収穫(Value capture:付加価値分のプレミアムを価格に乗せて収穫できること)は異なり、後者を有しているかどうか、によると読める。あるいは、盛んになったエクスペリエンス経済やサービス科学が論じているように、消費者向けものづくり企業は、製品の機能価値のみにロックインせずに、製品のValue in Use、つまり顧客が総合的な満足観を得られる価値で、たとえば、持っている喜びを感じる‘シンボリック’価値、製品が窓を開いてくれるサービスの広がりの価値、製品仕様を購入者予算と頻繁に使う機能に応じてカストマイズできる価値、について、提供側と顧客側の価値共創を志向する企業戦略の有無も競争力の差に繋がる。
 話を変えて、日本(や他の先進国)でGDP寄与率で飛びぬけて高いのはサービス(第三次産業)であり、日本では約7割である。サービスで躍進が目立つのは何世代も続く企業ではなく、ディジタル・トランスフォーメーションの申し子のような新世代企業となってきた。
 日本がモノづくり一本足打法を以て世界で稼ぐという構図は最早機能していないし、GDPの7割を占めるサービス経済でも、稼げるコンテンツは急速に変動している。このような情勢のなかで世界のプロジェクトマネジメント界(実践する企業ではなく、協会、研修ビジネス、研究者、協会が活動プラットフォームを提供する相手など)の苦悩は、世界経済の低成長、グリーンエコノミー(気候変動対応経済)、ディジタル・トランスフォーメーション(AI、ビッグデータ、IoT/コネクテッド経済、ロボット)ソサエティ5.0(日本政府)などとプロジェクトマネジメントを活用すべき分野が大きく変貌しようというなかで、どのように対応して生き残っていくか、であると筆者は感じている。
 問題と感じているは、どのプロジェクトマネジメント標準にも、プロジェクトは、「構想化 Conception」、「計画 Planning」、「実施 Implementation または Execution」、「完成 Completion」の4つのフェーズから成り立つ、とあるが、方法論があるのは「計画」以降である、ことだ。ここでいう計画とは、これまでの世の中の計画がほとんどそうであるように、「何を作るか」の、一からの計画ではなく、作るものは関係者間(たとえばプロジェクト企画者とプロジェクト遂行責任者)で共有されており、「計画」で作るものの諸元、作業範囲、遂行の手順を定義化すること、だ。
 何を作ったらよいか分からない、という状況が生まれたのは今世紀に入ってからであるし、1990年代に開発が始まったプロジェクトマネジメント標準の著者達は、エンジニアリング、国土・社会インフラ、情報サービス所属者(出身者)あるいは(建設系)学者のいずれかであり、プロジェクトの対象は石油・天然ガスプラント、国土・社会・国防インフラ、機械系システム、情報システムのいずれかであり、言わば見える物件であったので、プロジェクトマネジメントの方法論は計画から始まることで問題がなかった。
 構想化については、このフェーズがないとプロジェクトは創成されないとの認識は確実にあるし、P2Mでは強いメッセージとして付加価値の高いプロジェクトを創成する必要性を論じている。ただし、構想化に対してプロジェクトマネジメント側には臨場感がほとんどないのと構想化段階では分野特性のブレが激しく、共通手法を作るには対象が絞りにくいので、概念論にとどまらざるを得なかった。
 しかし、日本政府のコネクティビティ経済やソサエティ5.0の公刊資料にはプロジェクトの推進にはデザイン思考(Design thinking)でと書いてあると心中穏やかではない。
 筆者は、大学院生への科目授業と海外の管理職者の研修の両方をやっていると、受講者はプロではないので、一体プロジェクトとは何で、どのように作るのですか、という多くの業種(あるいは専攻)の人からの質問が必ず出た。従って、プロジェクト創成論を授業に入れて、プロジェクトを創成する方法、創成したプロジェクトをマネージする方法(プロジェクトマネジメント)の2段階授業(研修)としている。必須である演習ワークショップでは、受講生に自グループで案画したプロジェクトテーマで模擬プロジェクト作りと遂行マネジメント(計画まで)を範囲としている。
 プロジェクト構想化で解説するのは、ファウンデーション(いわばOS)としてP2Mプログラムマネジメント、加えてアプリとして、機械システム、国土インフラ建設系受講者向け「システム・エンジニアリング」;社会問題解決、サスティナブル・コミュニティー構築を選択する受講者向けに「ソフト・システム・メソドロジー(SSM)」;および、サービスのイノベーション向け「サービス・イノベーション」であるが、今年度からは「デザイン思考」(Design Thinking)と「ダイナミックシステム論」(Dynamic Systems Methodology)も加えることを計画している。
 これらはいずれもフランスと日本の大学院の同じ課程で専攻の教授が科目授業をやっていたものばかりであり、見ていた筆者も興味をもったので、早速、教えるのに完璧を期すよりプロトタイプを繰り返してポイントを掴むという筆者流のやり方を取り入れている。
 演習での受講生の適用具合をみるとプログラムマネジメントの基本は抑えるが、各アプリの活用にまでは、時間の制約もあり、うまくできていない。
 次号ではプロジェクト構想化に上記のメソドロジーがどのように役に立つのか筆者の直感的評価を伝えたい。 ♥♥♥

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