グローバルフォーラム
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「グローバルPMへの窓」(第135回)
プロジェクト構想化のメソドロジー (その2)

グローバルPMアナリスト  田中 弘 [プロフィール] :7月号

 ここ何ヶ月か在宅で朝から夜遅くまで教材作りの仕事をしていた。仕事を終えるとタブレットでお勧めWEBニュースを見るが、AIの力を実感できる時間である。LNGなど大型石油・天然ガスプロジェクト関連、プロジェクトマネジメントの新ツール、気候変動・低炭素化対応の新技術、岡山県に関するニュース、居住地の市のグルメニュース、セネガルのニュース、など、筆者の興味をウェブ閲覧履歴から判断して関連ニュースを組み入れてくる。「読まれている」、不気味さを感じる。その後動画に行くが、こちらも当方のその時々の興味を判断して、候補を前面に出してくる。
 いまハマっているのが世界のStreet Food(屋台めし)の動画だ。日本のお祭り焼きそばはさておいて、学生時代、ペルー リマ市の下宿先近辺の夜店でよく食べたアンティクーチョという、牛心臓の串焼き。社会人となって20代後半の駐在員時代、時々休暇で訪れたシンガポールの超有名な野外フードコートでのホッキエン・ミー(福建省の麵)、ラクサ(マレー麵)、オイスターオムレツ、その他。インドネシアのカリマンタン島駐在時、なんでもヤシ油で調理するホテルの強烈な食事に飽き飽きして、道端で中国人のおじさんが大鍋で作る炒飯と炒麺に救われたこと(衛生状態が悪かった70年代のインドネシアで日本人が屋台に挑戦するのはタブーであったが)。そして40歳代に時々訪れたシェルの本社のあるオランダ・ハーグ市ビーチでの国民食ニシンの酢づけ、等。これらの記憶を背景に世界の街角での屋台調理の実況ビデオを見るのは実に楽しい。

 さて、プロジェクト構想化のメソドロジー論の続きである。
先月号で、現在、プロジェクトマネジメントの方法論で欠けているのはプロジェクトの構想化のメソッドであり、現下の経済モデルやプロジェクト従事者の大多数が携わるプロジェクトの性格に鑑みると、5つの構想化のメソッドが挙げられると述べた。一つずつ簡単にリビューしてみよう。
1) システムズ・エンジニアリング
システムズ・エンジニアリング(SE)は、ハード系(プラント、生産設備、システム製品)プロジェクトの構想・計画化の王道であるが、かなりの専門知識が必要である。ただし、システム(複合技術)製品作りのシステム・エンジニアリングであると、入り口でQuality Function Deployment 品質機能展開)という分析を行うが、これは「顧客の声」、「自社保有技術からの対応性」、「競合他社とのベンチマーク」の3次元で品質計画を行う手法であり、どのプロジェクトにも適用できる。ちなみに日本でSEという職種があるが、海外でシステムエンジニアは、このプラント、生産設備、国防施設のシステム・エンジニアリングを行う職種であり、これは日本英語であろう。
2) ソフト・システムズ・メソドロジー(SSM)
SSMは1970年代中盤に英国のPeter Checkland教授他が開発した、社会問題、人間系問題を扱うシステム構想化・開発メソドロジーであり、英国、英連邦諸国、西ヨーロッパで活用度が高い。英国やオーストラリアでは高校からSSMを教えているとのこと。たとえば、多発する犯罪の発生を抑制する仕組み(システム)を開発する、Win-winの企業合併の仕組みを構築する、などの社会系システムにおいて、何が問題で、何を作ったらよいかについて多様な見解があるような場合に、最適解を、システム思考を使って導くのに有用である。
リッチピクチャー例(低公害車開発) 出典: © NIGEL LOCKET, Dyslexia Superpower Toolkit 1: Rich pictures  SSMでは各専門分野を代表するプロジェクト・メンバーによるラウンドテーブル方式による徹底した議論による問題の炙り出し、問題の定義化(「ありのままの姿」)、定義化した問題を「あるべき姿」に解決するための人間系概念システム群の構想化、概念システム群の実社会適用の検証を経て実施システムモデルを作りだす。
この際、問題発見や見解の集約にRich Picture(上記の図参照)と称するツールが大活躍する。リッチピクチャーは、伝統的なシステムフロー図に代わって、専門的なシステム知識がなくてもシステム的な繋がりを理解できるように、直感的に問題の構造と解決案を描出していくユーザーフレンドリーなツールで、SSMのみならず、後記のデザイン手法の主流ツールともなっている。現在はマインドマップなどの連関性分析(連想化)ツールにも展開されている。
3) ダイナミック・システムズ・マネジメント(DSM)
ハード系システムを対象としてシステムズ・マネジメントは、システムズ・エンジニアリングの祖である米国防省(DOD)やNASAでシステムズ・エンジニアリングと対で1950年代から実施されているが、プロジェクトマネジメントとの違いがどうもよく分からない(勉強不足)。2008年にPMAJの東京世界大会にお招きしたNASA Academy of Engineering and Program ManagementのDr. Ed Hoffman校長に聞いてみたがやはり分からなかった。しかし、フランス ESC LilleのCIMAP Research Centerが開発し、筆者の師匠のChristophe Bredillet先生がよく教えていたDynamic Systems Management Methodology (DSM)という手法は社会開発分野で有用であり、よく分かった。特に途上国に向けた国際協力(ODA)プロジェクトなどに有効で、ESC Lilleは旧フランス領アフリカ諸国などODA対象国の学生が多く居りこのメソドロジーが作られたのであろう。開発システムを現実の姿(開発前の社会・経済状況と技術の状況)と開発後の姿(開発がもたらす製品とその市場効果などの便益)を対比してデザインして、その間のギャップを埋めていく方法論であるので、マネジメントの主体はステークホルダーの挙動に対応した不確実性のマネジメントが主となる。SSMとの違いは、こちらは人間系中心ではあるが、テクノロジーも扱うという点である。
ESC Lilleは大学統合で名前が消えてCIMAPも見えなくなったので、DSMの資料はWEB文献としてほとんど残ってない。しかし、世界銀行が開発したLogical Framework (LOGIFRAM)に基づいてできていて、世銀グループやJICAなどの国際協力(ODA)機関が活用する Project Cycle Management (PCM) という開発プロジェクトマネジメント手法はDSMと源流が同じでダイナミック・システムズ理論に基づいており、こちらはWEBでPCM、JICAと検索すると関連資料が見つかる。

ここまでがシステムズ・アプローチの主要手法であり、システムを介したロジカル分析理論に依拠している。ここからは、属人的な強い思いや個人の価値観が構想を導き、これを市場的に検証する、システム理論の分家とも言える製品・サービスイノベーションへのアクセス手法となる。

4) デザイン思考
最近日本の消費者向け製品やサービスを扱う大企業で活用が盛んとなったデザイン思考(Design Thinking)は、1969年のハーバード A.シモンの著書システム科学の中での主張「デザインとは、アーティファクト、つまりオブジェクトを作成することによって、既存の状況を好ましい状況に変えることを目的とした一連の行動を考案するプロセスである」に起源を辿る。工学分野のデザイン思考のソサエティは1980年代~1990年代の大陸ヨーロッパで任意団体として組織化され、2000年に世界組織Design Societyが誕生し、21世紀に入り大きな影響力を生み出している。現在イノベイティブな製品やサービスを扱うグローバル企業が採用するデザイン思考は、スタンフォード大学d.Schoolの流れを汲む1991年設立のサンフランシスコのベンチャー・アクセレレーター企業IDEO社が提唱した「デザイナーのツールキットから人々のニーズ、テクノロジーの可能性、そしてビジネスの成功のための要件を統合する、イノベーションに向けた人間中心のアプローチ」(IDEO社ホームページCEO Tim Brown氏メッセージ)が始祖とされている。このデザイン思考は、共感(Empathize)、定義(Define)、創造(Ideate)、プロトタイプ(Prototype)、テスト(Test)の5つのプロセスを回していくメソッドである。つまり、フィールド(市場)に出て、潜在顧客のニーズの先にあるウォント(Desirability)は何であるかを多元的に調査し(顧客と共感)、調査結果を構造化し(定義)、多様なメンバー背景を有するチームによって、SSMで述べたリッチピクチャーを使って各要望ストリームに対するソリューションの概念モデルをアイデア出しし(創造)、プロトタイプ(製品モックアップ、製品図、模擬サービス体験ビデオ等)を作って、市場の評価(テスト)を行い、商用化する、ということである。
ここで読者は気づくであろうが、この流れはSSMに類似しており、あきらかにSSMのビジネスへの応用である。異なるのは、着地点はビジネスのイノベーションで、初めに製品やサービスのイノベーションデザイナーとしての感性や、顧客の直感的な価値観を重視する点である。システム論という理論的な分析が得意でない日本で、デザイン思考が好まれるのはこの直感の重視、アイデア出しの課程にあろう。
日本政府が提唱するコネクティビティ経済やソサエティ5.0では、構成プロジェクトを作るメソッドとしてデザイン手法を挙げているが、本来的にはSSMとSEの組み合わせであるべきで、もしデザイン思考であるならば、それはビジネス向けではなく、工学分野のデザイン思考であろう。

5) サービスイノベーション
デザイン思考が日本で流行する前に、2000年代にサービスイノベーションの概念が提唱された。日本の第三次産業(サービス産業)のGDPが7割を超えているので当然といえば当然であるが、明確なプロセスがないために定着しないうちに、デザイン思考がはやりだした。
サービスマネジメントというマネジメント分野はサービス産業向けの経営マネジメントメソッドであるが、サービスイノベーションにはサービス科学 (Service Science)というマネジメント科学の分野がある。ここでは「サービス」はサービス産業に限定せず、経済のサービス化に対応しており、サービス科学前進に大きく寄与した Vargo & Lusch(2004)はモノ経済時代のGood Dominant Logic (GDL)に対してService Dominant Logic (SDL)を提唱している。
サービス科学では、サービスとは「受益者、提供者あるいはその双方の便益のためにナレッジを活用することであり、現代ビジネスの基礎である(Vargo & Lusch, 2004)」とし、サービスのメカニズムは「サービスシステムの参加者が拠出するナレッジ、スキル、感覚、ネットワーク、社会文化的資源、を結合することにより、価値共創を行うことにある (Edvardsson et al. 2012)」としている。サービスイノベーションのメインテーマは「製品・サービスの提供者と受益者が価値共創を行う」ことであり、「共感(経験共有)」、「共創」、「究極的な使用価値共有」がキーワードとなる。

 以上リビューをしてきての気づきは、どの構想化メソッドもシステム理論が土台となっていることである。システム理論は、人と社会(と人工物)の関わり方のメカニズムを解明する科学である。社会は人間がつくりだしたシステムの集合体である。プロジェクトは人工システムと人間系システムが複合してできていることを再度想起して、明快な構想化メソドロジーが構築されていくことを願いたい。 ♥♥♥

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