グローバルフォーラム
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「グローバルPMへの窓」(第136回)
コミュニケーション:様式の多様化

グローバルPMアナリスト  田中 弘 [プロフィール] :8月号

 今回は社会におけるコミュニケーション様式の変わり方について書く。
これまで約40年間、企業人として、プロジェクトマネジメント機構の運営責任者として、あるいは教員としてビジネスプレゼンテーション、講演または講義を延々と行ってきた。英語での扱い件数8割、日本語で2割の分布であるがトータルで何件くらい実施したかは覚えてない。一番多かったのは35歳から45歳までの企業での中間管理職時代で、月に8回くらい海外顧客などへのプレゼンテーションや顧客の若手エンジニアのトレーニング・セッションを行っていた。野球の投手でいえば、重要な案件関連での先発完投という万全の準備を行っての登板と、顧客が急遽来訪しアップ無しの緊急登板を繰り返していた。
 会社では20歳代から、コミュニケーションに関わる業務のモジュール化を行っていた。外国文書担当をしていた25歳頃、所属企業の海外業務急増で50歳代の中途採用社員が増え、この英語が達者な社会人の先輩たちに企業としての英文レターやテレックスの書き方の指導を絶え間なく行っていたが、さすがに同じことを年に何サイクルも繰り返すことは、自分の仕事も増えていく中で、負担になり、コーポレート・コミュニケーションのモデルパターンと主たる応用パターンをマニュアル化し、入社してくる同一業務担当の人達やプロジェクトマネジャーやプロジェクトエンジニアで、英文でのコミュニケーションの基礎を身に着けたい人達と共有した。これでこの面での業務効率向上に役に立った。
 その後、35歳でインドネシアの合弁会社出向から帰任して立ちあげを任されたプロポーザルサービス業務でも徹底的なモジュール化を行い、文書やプレゼンテーション題材のライブラリーを作り、種々のコンテンツをWBSで階層化し、これまた大きな効果を発揮して社員表彰を受けた。冒頭で述べた「過剰登板」も、その後のグローバルシーンでの一連の講演や講義も問題なくこなせたのも、このモジュール化の技があってのことだ。
 筆者がグローバル舞台で用いてきたのは伝統的なコミュニケーションであり、レター、eメール、PowerPointスライド、それに、ここ10年間は、異なる時差間で教員としてコミュニケーションを行うのに必要なSKYPE、SLACK(グループウェア)であり、一般的なSNSは一切使用しない。ラインも、ツイッターも、LinkedInもFacebookも一切やらないことにしたので、SNSに時間を奪われない利点がある反面、世界の知人から仲間外れにもなっている。自己アピールは最早不要であるので、これで困ることはないが。
 現在の社会でのコミュニケーションであるが、企業でのコミュニケーションは業務の透明性確保とエビデンス保全の観点から、e-メールで、Ccを1名以上入れるなど、しっかりした体制が維持されているようだ。しかし、学の世界やプロフェッショナル界(PM協会など)となると事情が異なる。まず教員、特に欧州の教員、は用事があっても満足な文書でのコミュニケーションは行わない。仲間や学生へのフィードバックはよほどのことがない限り行わない。2017年の世界大会で、筆者と一緒に大会のトラックを仕切り基調講演を行ったベルリン先端科学技術大学の教授の基調講演がすばらしかったので、すぐにメールを送り、彼女の講演がいかに的をえていたかを称賛したら、すごく喜んだのと同時に驚かれた。曰く欧州の教授は、他の教授の講演を称賛することを決してしない、とのこと。当方から仲間の教員にどうしてもねじ込む必要がある場合は、時間指定でSKYPEを使うか、SNSではなく、グローバル・メール付属のチャットを使うかが必要である。
 世界の実務者(プロフェッショナル)も同様で、かつては、e-メールでビジョンや意見主張を長々と交換し合っていたが、現在はFacebook, Twitter、LinkedIn、WhatsAppが全盛である。
 学生(大学院生)はもっと淡泊で、海外でも日本でも、教員との対面以外でのコミュニケーションを行うという文化は希薄になっているようだ。筆者が務めているのはすべて客員教員であるので、コミュニケーションバリアがあるのかと思ったが、常勤の教授の方々も学生のコミュニケーション意識が年々弱くなっていることを指摘している。教える方はPCのヘビーユーザーであるのに、PCを全く使ったことがない大学院生が過半数だ。
 ここで、君たちのコミュニケーションはどうなっているのか、と怒ってはだめだ。学生にしてみれば、50歳も歳が離れた教員がでてくるのは予期せぬ出来ことで、日本では、それだけで引いてしまうに十分だ。シラバスを満たして良い成績をとらせるには、当方もせめて父親くらいになる工夫が必要だ。実施していることのいくつかを紹介する。
1 )  シラバス(講義要綱)を最初に丹念に説明する。この科目を修了したら何ができるようになるのか、それが、学生が社会人になってからどのように役に立つのか、どのような講義要素の達成がどのような成績得点に結びつくかを明らかにする。これは講義方針と公平性の共有で、学生が教員を信頼する第一歩となる。
2 )  学生は、まず常勤教員であろうと客員であろうと、当初この教員が自分たちの味方かどうかを見極める性向がある。その間は決して動かない。従い、最初の2セッションは、学生の緊張を解きほぐすように学生に身近な話題を含めながらゲームメーキングを行い、こみ入った質問や無茶ぶりをしない。そして、出来るだけ早く小演習を設定し、討議の結果を板書してグループ発表をしてもらう。今どきの大学院生は課題を教員側から与えての小演習には大変慣れているので、すいすいこなす。その出来栄えを、きちんと、良かった点を具体的に述べてフィードバックすると、学生に自信がつき、信頼関係が芽生え始める。
3 )  2日目になると、個別でも、教員の質問に答えが返ってくるようになり、双方向コミュニケーションを入れたコース運営ができるようになる。また英語での講義も学生にかなり分かるようになる(日本の大学院であれば、必要に応じて日本語の解説も入れる。)
4 )  筆者の講義はProject-based Learning (PBL) 方式を採り入れている。PBLではコアとなるのは、学生グループが自ら選択した有意なプロジェクトテーマを展開し、当該プロジェクトの概念を創る、プロジェクト構想化のメソドロジー3から5(教えている大学院により異なる)から、適切なものを選択し、構想化の概略を説明する、そして構想化したプロジェクトのプロジェクトマネジメント計画(WBS、コスト、スケジュール、リスク分析、プロジェクトマネジメントの戦略)を作るプロジェクトスタディー(ワークショップ)である。学生は、このワークショップには強い興味を示す。学んだことをすぐ活用できてプロジェクトを企画するチャンスがあると、科目の学習効果もぐんと上がる。

 ここまで書いてから、7月末の日曜日に、首都圏の大学院を舞台に大学院生と社会人半々が参加者の特別セミナーの最終日で演習をやった。演習の最後に4チームにプロジェクト企画の発表をやってもらったが、2日間かけて教えたことが、あまりにも反映されていないのでかなり落ち込んだ。教える方の温度が上がらないように、教わるもの同士の温度差が大きくならないように種々工夫を行うのであるが、きわめて上手くいくこともあれば、このように、あれっということもある。コミュニケーションは一様にはいかいない。 ♥♥♥

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