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「クラウド時代のプロジェクト & プログラムマネジメント」

ITベンチマークSIG/WG 佐藤 義男 (株式会社ピーエム・アラインメント) [プロフィール] :6月号

1.はじめに
 クラウドコンピューティングは今後のIT利活用の主流と目されており、本格的な立ち上がりを見せています。さらに、東日本大震災でクラウドの価値が再認識されました。事実、被災者支援や復興にクラウドコンピューティングが活躍しています。
 企業はクラウド導入により、IT資産を自社で所有する必要性が薄れ、手間もコストも削減できると言われています。一方、メリットもあるが落とし穴も考慮する必要があります。
昨年12月に、JUAS(日本情報システム・ユーザー協会)向けに研修講座を開発しました。今回、従来プロジェクトマネジメントに比べて何が違い、どんな留意点があるのかについて、A社(大手生命保険会社)情報システム部のクラウド導入統括責任者である武石次長の観点から説明します。

2.何故クラウド化なのか?
 企業は、「利用状況(データ処理量の増大)に応じてIT資産を供給したい」、「仮想化基盤により、ITの効率化(稼働率を90%まで有効活用)を図りたい」、「ITコストを削減したい」、という要望があります。このため、IT業界ではクラウドビジネスのなだれ現象が起きています。国内主要SI(システムインテグレーション)企業を取り巻く事業環境は厳しい状況があり、クラウドに活路を求めているのです。SI企業各社がクラウドサービスの事業化に意欲を見せているのは、同事業に高収益の事業モデルをイメージしているからです 。

3.クラウドコンピューティングのメリット
 導入企業にとって、次の3つが挙げられます。
(1) コスト削減(ITの構築、維持管理)
(2) 期間短縮(ITインフラ構築期間の大幅短縮、アプリケーション開発期間短縮)
(3) 構築の柔軟性
・アプリケーションをサービス型で利用するSaaS(パブリッククラウド)
・基盤を利用するPaaS(プライベートクラウド)
・仮想化による移行作業の短縮(プライベートクラウド)

 企業IT動向調査2011(JUAS実施、74社回答)のクラウド導入状況によれば、売上高1兆円超の企業の半数がSaaSを活用しています。

4.クラウド導入の留意点
 企画から運用までの留意すべきポイントをお話しします。
4.1 企画・計画時の留意すべきポイント
 企画時の落とし穴としては、「クラウド構築の切り分け検討不足(全ての業務をクラウド化する)」、「自社のビジネスモデルに適合することを確認せず、判断する」、「システム部門がガバナンスを考慮していない」などが挙げられます。特に、ITガバナンス強化のためには、ITシステムの導入目的を明らかにし、IT戦略を策定するとともに実現方法を確立し、常にフィードバックしながら目指す方向へとコントロールする組織的能力が必要です。
 例えば、A社ではIT予算のうち、保守運用費用はここ3年間70%を占めています。このため、経営層からライフサイクル・コスト削減の一環として、システムの保守運用費用40億円を前年度と比べ20%削減/年の指示がありました。武石次長が「クラウド導入プログラム」統括責任者に任命され、まず次の検討を実施しました。
(1) 組織戦略との整合性(ビジネス目的に合致か)
(2) クラウド化の切り分け(既存IT、プライベートクラウド化など)
(3) 導入アプリケーション(SaaS、PaaS)の評価・選択
(4) 全体最適化(ITの効率化)

 次に、武石次長は組織戦略との整合性の一環として実施する「ITポートフォリオ分析」を次のように実施しました。
(1) 現状とクラウド導入について、IT投資評価の3つの視点(戦略目的適合性、ROI、リスク)の評価得点を収集する。
(2) ポートフォリオ上に「戦略目的適合性」、「リスク」の2つの視点の評価結果について、各コンポーネントの相対的な位置づけを確認した上で優先順位付けを行う。
(3) 「ROI」の比較を行い、相対的な位置づけを確認した上で優先順位付けを行う。

図1.ITポートフォリオによる比較例
図1.ITポートフォリオによる比較例

 さらに、次の項目を含む導入計画書を作成しCIOの承認を得ました。
(1) 導入目的とゴール
(2) システム構成・リソース使用状況の調査・分析(基本要件の検討)
(3) 構築(移行)システム構成の立案
(4) コストと投資効果の予測(導入効果算定)
(5) 推進体制と役割・責任
(6) 導入スケジュール
(7) リスク分析
4.2 設計・構築時の留意すべきポイント
 設計・構築時の落とし穴としては、「ハイブリッドクラウド構築で、プライベートクラウドとパブリッククラウドとの整合性・相互運用可能性に配慮不足」、「サービスインテグレータ(SI)が、ハードウェア資産の利用率を把握していない」、などが挙げられます。
 全ての業務を「パブリッククラウド化」することは現実的ではありません。このため、企業存続に係るコア業務は、「既存ITシステム」で処理します。さらに目的に応じて企業向けクラウドサービスを使い分けるには(顧客情報管理システムや人事情報管理システム)、「プライベートクラウド」または「ハイブリッドクラウド化」で対応すべきです。武石次長はハイブリッドクラウド形態で実施する方針を策定し、次の作業が行われました。
(1) 仮想化システム導入
(2) アプリケーション導入(SaaS、PaaSなど)
(3) 既存システムの統合
4.3 運用時の留意すべきポイント
 運用時の落とし穴としては、「障害時のシステム構成を見極めていない」、「高集積化に伴うトラブル時の見極めでできない」、「ネットワーク・セキュリティ(特に、外に出ていくネットワーク)を確保していない」、などが挙げられます。このため、運用時には次のことを考慮しました。
(1) 複数ベンダーに対する調整スキル
(2) クラウド環境全体の動きを把握するスキルが必要
(3) BCP(事業継続計画)を実行できるための訓練が必要
(4) 緊急時に備えた実践的な教育と訓練(従来と同じ)
(5) クラウドコンピューティング技術の体系的な教育による要員の動機付け
4.4 プロジェクトマネジメントへの影響
 武石次長はコンサルタントの助言を得て、クラウド導入プロジェクトで特に影響を与える知識エリアの考慮点は次のとおりであることを実感しました。
(1) スコープ・マネジメント
流動性(より大きな内外間での協調の可能性)、情報セキュリティの問題。
(2) タイム・マネジメント
ビジネス及び顧客ニーズへの迅速な対応、要求に応じてコンピュータやストレージ資源の変更が可能。
(3) コスト・マネジメント
異なった原価モデル(クラウドサービス適用による、運用体制推進費用やスキル習得費用)、設備投資の削減。
(4) リスク・マネジメント
新コンセプトのため新しいリスクが常に出現、クラウド・ベンダーの移植性、セキュリティ。
(5) 調達マネジメント
クラウド・プロバイダー契約と法的な要求事項のマネジメントが必要。

5.信頼性向上のためのプログラムマネジメント
 武石次長は、クラウド時代には超上流から中流、さらに下流(運用・保守)までのライフサイクル全体を網羅したプログラムマネジメント体系により目標値の達成を評価すべきと考え、次の対応を行いました。
5.1 上流への適用
 組織戦略策定、業務改革、IS戦略策定との整合性を確保し、特定の戦略目標を達成する方法(戦略の策定と変化に強い仕組み作り)に、プログラムマネジメント(P2M)が効果的であり、図2のIS戦略策定プロセスに沿って優先順位付けを行いました。

図2.IS戦略策定プロセス例
図2.IS戦略策定プロセス例

5.2 中流への適用
 ハイブリッドクラウド導入では、プログラム・マネジャー(統括責任者)武石次長が、複数プロジェクト(ITベンダーによる新アプリケーション開発、サービスインテグレータによるプライベートクラウド構築、ユーザー担当による業務アプリケーション検証)を統括してクラウド導入の全体マネジメントを行いました。また、サービスインテグレータ(SIベンダー)はクラウドソリューションで、計画から運用・保守までトータルでサポートします。特に、既存システムとクラウド環境の統合管理の実現には、サービスインテグレータは成功の要となることを知りました。
5.3 下流への適用
 企業IT動向調査2011(JUAS実施)によれば、保守運用コストは60%を占めています。下流工程(運用・保守)費用を考慮したシステム構築を推進しないと、ライフサイクル・コストは高くなります。武石次長は、下流工程でのシステム安定運用に向けた改善によるシステム寿命の延伸、さらにノウハウを上流工程にフィードバックし、ライフサイクル・コスト削減と顧客満足度向上を実現する(運用価値拡大)上でプログラムマネジメント(P2M)が効果的なことを、今回のクラウド導入の経験を得て学びました。武石次長は運用(利活用)開始1年後に、企画・計画時の目標値(20%削減/年)が達成したことを確認しました。
 図3.にITサービスマネジメントのフレームワーク(ITIL V3)の視点から、ITサービスにおけるプログラム&プロジェクトの例を示します。この例では、超上流の「サービス戦略」としてサービスカタログ(CRM、E-Mailなど)をパブリッククラウドで開発します。次に、運用設計及び移行・展開し、運用開始後の運用・保守フェーズにて修正が行われ、継続的改善がなされます。今、武石次長はこのITILとプログラムマネジメント融合によるライフサイクルの信頼性向上を目指しています。
図3.ITサービスにおけるプロジェクト&プログラム例
図3.ITサービスにおけるプロジェクト&プログラム例

以上

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