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「第315回月例講演会」報告

枝窪 肇 : 8月号

【データ】
開催日: 2026年5月22日(金) 19:00-20:30
テーマ: 「日常」を超えた価値を創るデザイン
講師: 佐藤 唯行 氏/
一般社団法人フェーズフリー協会 代表理事

 日頃、プロジェクトマネジメントの実践、研究、検証などに携わっておられる皆様、いかがお過ごしでしょうか。今回は、5月に開催された第315回月例講演会についてレポートいたします。

 ~はじめに~
今回ご講演をいただく佐藤様は、学生時代に防災に取り組むことを始められ、今回お話しいただくフェーズフリーの考え方を提唱されました。PMAJの活動にもたくさん参加していただいており、今回の月例講演会でお話をいただくこととなりました。「防災」についての新たなアプローチであるフェーズフリーについて、しっかりと学びたいとい考えます。

 ~講演概要~
 繰り返す災害
 今回のような講演をすることになったのは、1993年に大学4年生になり災害軽減工学研究室で防災に関する研究を始めたのがきっかけであり、そこから災害と向き合うこととなった。
 災害というと、最近になって激甚化、頻発化しているように感じているかもしれないが、大きな災害は昔から頻発している。私たちはいつの間にか忘れてしまっているのである。
 被災地を調査したり、被害を調べているうちに不思議な感覚になる。『デジャブ:déjà vu(既視感)』である。同じ景色に遭遇するのである。(複数の災害時の写真を見比べながら)これらは別々の災害だが区別がつかないことが分かると思う。

 持続可能な価値提供の仕組みへ
 私たちの生活や命を脅かすような災害という課題がある。では、なぜ災害は繰り返すのか?時間と場所こそ違うが、人々が同じように苦しみ傷つき死んでいくのはなぜだろうか?P2Mは価値創造によって私たちの暮らしの課題を解決していくものである。私は防災にもP2Mが適用できると考えた。
 防災をミッションプロファイリングすると、As-Isは「繰り返す災害」、To-Beは「安心で安全な社会」であり、この二つをつなぐのが「防災」である。では誰が取り組んでいるのか?多くの一般市民に聞くと、行政サービスや市民ボランティアといった回答が多く得られる。では、行政サービスや市民ボランティアでTo-Beに到達できるのかというと、限りある税金や限りあるゆとりの中で防災活動が行われるため、課題を解決できないのが現状である。その結果、災害は繰り返されている。
 そこで考えたのが、防災も価値が循環する防災ビジネスにするべきだということである。
 しかし、企業にとっては、防災が社会課題であることは理解できるものの、作っても売れないとか、災害直後は需要があるが時間が経過すると供給過多になり本当に必要な(次の)災害時に供給が行き渡っていないなどの課題があり、防災をビジネスにするのは難しいと考えられてきた。

 備えることは出来ないという前提へ
 「災害に取り組まなくとも良いと思っているか?」「災害時に自分や家族の命や生活を失っても良いと思っているか?」といったアンケートを実施してみると、ほぼすべての方がそれで良いとは思わないと回答する。
 「30秒後、地震が発生したとき、十分に備えている人はいるか?」「今日、洪水に巻き込まれた際、きちんと備えている人はいるか?」という質問に対してはほとんどの方は備えがないと回答する。少なくとも、本日会場で参加している5人は、防災は必要であると思っているがきちんとした備えはしていないと回答した。
 P2Mを用いると、誰もが防災は必要で備えるべきだ・大切な人のことを守りたいと思っているのであれば、普通は備えているとなるはずなのに、多くの人が備えていないというところが防災の課題であることに気づく。「防災はするべき」と「備える」はイコールにはならない。「繰り返す災害を解決したい」と思っても「備えてもらうことは難しい」ということが分かったところで、『備えることは出来ない』を大前提として、「備える」という提案をやめ、普段便利・快適・お得と思って日常時に使っている商品やサービスが、ついでに非常時にも役立つようにデザインされていて、それを備えるという意識がない中で使っていれば、結果として大切な人を守ることにつながる備えができる、という風に発想を変えるべきであると考えた。
 これまでの防災に関する提案は、日常で使う日用品と非常時に使う危機管理用品とが分かれていた。それを、普段の暮らしで役に立っているものがついでに非常時にも役に立つように、すなわち、日常時と非常時というフェーズをフリーにして両方でも役立つという「概念」が世の中に溢れ、そうした商品を使うようにする。そうすればわざわざ備えなくても自分の大切な人を守ることにつながるという発想がフェーズフリーである。

 防災とフェーズフリー
 「フェーズフリー」は2014年に私が作った言葉である。「フェーズフリー」とは「防災」に関わる新しい概念・考え方である。
 「防災」と「フェーズフリー」は、ミッションは同じだがアプローチが違う。「防災」は「備える」を前提にしたアプローチである。しかし、生活に少しのゆとりしかなければそれは備えには回らず、日常生活をより良くすることに回され、防災は実現しない。一方で「フェーズフリー」は「備えられない」を前提にしたアプローチで、安心で安全な社会の実現を目指している。

 フェーズからフリーになる
 日常時と非常時の間には、高くて厚い想像の壁が存在している。
 日常時に於いて非常時を想像し、「備える」ことをし続けるのは難しい。
 「防災」のアプローチは想像の壁を取り払い、備えてもらうことを大前提にしていたが、備えが進まない中では、結果として災害は繰り返してしまう。 日常時には非常時のことを想像することが難しいということを大前提に、それでも非常時の生活や命を守るには、日常時に利用している商品・サービスが勝手に想像の壁を乗り越えて、非常時にも役立つデザインにしておけば良いと考えた。

価値提供デザイン
価値提供デザイン  図の青い線で示す通り、通常の商品・サービスは、日常時の生活の質:QOL (Quality of Life) に対し適切に提案しているが、非常時に価値提案が下がってしまう。防災専用の商品・サービスは、日常時には価値が発現していないどころか、むしろ置き場所に困ったりコストになったりしており、非常時のみQOLを少し上げる。
 フェーズフリー商品・サービスは赤い線で示す通り、日常時のQOL向上の提案が非常時のQOLの維持へつながる連続的な価値提案になっている。
 フェーズフリーの商品・サービスを提供する会社の人がこうした思いをもっていても、エコロジーや非常時のデザインという言葉でお客様に説明するのは難しかったが、フェーズフリーという概念が世の中に広まることにより、一言で商品・サービスの価値を伝えやすくなり、商品・サービスの価値の見方が変わってくる。

 解決する2つのこと
 毎年のように台風などによる豪雨災害が繰り返されている。水害で亡くなる人の多くが車による移動中に冠水している場所に入ってしまい溺死している。車内に閉じ込められた時に窓を割る道具として脱出ハンマーがある。しかし、もしもの時に命を救うにはとても重要な道具であるにも関わらず、脱出ハンマーは普及していない。
 例えば車中でスマートフォンを充電するためのシガーソケットUSBチャージャーが脱出ハンマー代わりになるとしたらどうであろうか?脱出ハンマー/一般的なUSBカーチャージャー/フェーズフリーなUSBカーチャージャーという選択肢の中から選ぶとしたら、どうせならフェーズフリーなUSBカーチャージャーを選ぶのではないだろうか?
 これまでの防災「備える」のアプローチでは解決できなかった非常時への提案を、「フェーズフリー」に代えることにより、2つのことが解決する。
  • 防災(脱出ハンマー)では備えてもらえないことにより、これまでは救えなかったドライバーとその同乗者の命を、フェーズフリーというアプローチによって、結果として救うことが出来る可能性が出てきた。
  • 防災(脱出ハンマー)では備えてもらえないことにより、買ってもらえないため、結果として、ビジネスとして成立しにくく、多くの産業が参加することが叶わなかったが、フェーズフリーというアプローチによって、魅力的なビジネスとして取り組める可能性が出てきた。
 このように、「防災ではビジネスにならなかったことが、ありとあらゆるものが少しずつでもフェーズフリーになっていくことでいろいろな提案が増え、集合体として安心で安全な社会につながる。
 これまでも、非常時に役立つ脱出ハンマーのようなものはあったが、それは非常時にしか役に立たないことから普及せず、普及しないから多くの人が利用しないという状況であった。それよりも、USBカーチャージャーのような、普段私たちの暮らしの中で使いたい・欲しいというデザインがどんどん普及していくことが、今後も発生する災害という問題を解決するのだと考える。

 ~筆者所感~
 フェーズフリーの発案者ご本人である佐藤様から、今回お話を聞けたことは、フェーズフリーというアプローチを正確に理解するうえで、大変意味のある事でした。今回のご講演の中で何度も言われていた通り、「防災」の必要性はわかっているものの、実際に「備える」という行動を起こしていない自分がいること、そうした人が多いことから、防災はビジネスにはならないことを理解することができました。そして、P2M的にアプローチを変え、フェーズフリーの考え方を提唱し、現在それが着実に定着してきていることから、佐藤様やフェーズフリー協会様の活動の重要性を痛感致しました。
 佐藤様、貴重なお話をいただき、ありがとうございました。

 ご講演の資料は協会ホームページの「ジャーナルPMAJライブラリ」の月例会開催資料にアップロードしていますので、個人会員の方はダウンロードして閲覧いただければと思います。
 なお、我われと共に部会運営メンバーとなるKP(キーパーソン)を絶賛募集しています。ご興味をお持ちの方は、日本プロジェクトマネジメント協会までご連絡下さい。

以上

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