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影響を与える力

井上 多恵子 [プロフィール] :9月号

 「自分がコントロールできることにフォーカスする」という考え方をこれまで自分の指針にしてきた。何十年も前に学んだ『7つの習慣』で印象に残っていた考え方で、コントロールできないことに対して頭を悩ませることを避けることに役立ってきた。
 先日アメリカ人の知人であるコーチ、Jacquelyn Lane がリンクドインにあげていたメッセージを見て、「自分がコントロールできることだけにフォーカスする」のでは不十分だということに気づいた。彼女が書いていたのは、“I chose to focus on what I could control and influence.”(コントロールできること、そして影響を与えることができることにフォーカスすることを選択した。)ということ。確かに、影響を与えることができることにもフォーカスする方が良いのでは?自分がコントロールできることは、あまりにも少ないから。それに対して、「影響を与えられること」の範囲はずっと広い。
 「なぜ『7つの習慣』ではコントロールできることだけを言っていたんだろう?」と思い、改めて調べてみた。すると、実は私が勘違いして覚えていたことがわかった。『7つの習慣』では、コントロールできることだけでなく、自分が直接的に影響を与えられることにリソースを使うことを教えていた。私の記憶力が相当いい加減だったということだ。自分の勘違い度に落ち込んでいても仕方がないので、今後は記憶に頼らず、きちんと事実を確認していこうと反省。
 そのうえで、今回は「影響力」について改めて考えてみたい。
 世の中に大きな影響を与える人や取り組みは、たくさんある。例えば『Forbes 30 UNDER 30 JAPAN 2025』に選ばれた7人組ガールズグループ・HANA。世界を変革する未来のイノベーターの発掘を目的に選出された彼女たちは、世の中の人々に大きな影響を与えうる存在だ。「NO」を「Yes」に変えていくというメッセージは力強い。映画の「国宝」も、歌舞伎に興味を持つ人を増やすという影響を及ぼすほどの社会現象となっている。
 それらと比較すると、著名人ではない私は大きな影響力を持ってはいない。私自身は社会を変えるような活動に直接携わっていない。でも、だからといって影響力をまったく持てないわけではない。例えば、私が仕事としているコーチングや研修やグローバルコミュニケーションのサポートの場で、関わっている人たちに影響を与えることができる。意図を持って関わり、影響の「質」を高め、ポジティブな影響を与えることができたら、彼ら一人ひとりが周りに与える影響を大きくすることにも寄与できる。
 グラミー賞17冠の歌姫、アリシア・キーズはインタビューで、こう語っている。
 「自分はその場に持ち込むエネルギーに気を配っている。できるだけポジティブなエネルギーを持ち込むようにしている。そして、もし自分がポジティブなエネルギーを持ち込めない場なら、その場にいないという選択もする。」なるほど。その場に持ち込むエネルギーか。これだったら自分でコントロールできる。「英語を上達してもらう」ことが第一の目的である英語コーチングでも、セッションを終えた人が参加したときよりも少し元気になったり、エネルギーをチャージできたりするような場を作ることは可能だ。そういう場を作ることができるエネルギーを場に持ち込みたいと意図して臨むのと、ただこなしていくのとでは、大きな差が生まれる。セッションが始まる直前まで別のことをして、誰かが部屋に入ってきてから慌てて対応するのではない在り方。始める前の時間は「どんな場にしたいか」「どうしたらよりポジティブに感じてもらえるか」を考えることに費やす。会議室のドアを事前に開けておいて、歓迎する雰囲気を作る。予定していても、様々なことが起こりうる中で、予定通りに誰かと時間を共有できること自体が奇跡。だからこそ、時間を共有できた時には、それを何よりも大事にしたい。始める前の心の準備に加えて、セッション中は、その場に集中する。今この時間は、目の前にいる人たちのことを誰よりも大事と思い、その人たちの成長を、心から願って接すれば、相手にも伝わると信じて。誰かがその人を褒めていることを別の場で聞いていたら、そのことを共有する。先生やコーチという立場上、改善して欲しいことに焦点が向きがちだが、改善点に加えて、相手の良い点を最低一つは見つけて褒める。発音でも話す態度でも構成でもなんでもいい。そんなことをちょっと心がけるだけでも、いいサイクルに入っていくことができる。
 家族を含めたすべての人に対して、四六時中意図をもって良い影響力を与える形で接することができるかというと、少なくとも今の私には相当厳しい。だから、せめて人の成長を促進する仕事の場では、良い影響力を与える形で毎回振舞えるようになることを目指したい。

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