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『鬼滅の刃』から学ぶ力

井上 多恵子 [プロフィール] :8月号

 『鬼滅の刃』に携わっている方々と知り合ったことをきっかけに、先日テレビで放映されていたアニメシリーズをすべて視聴し、『無限城編』も、公開2日目の7月19日に観に行った。最初は「知り合いが関わっているから観ておこう」という軽い気持ちだったが、観てみると想像以上に学びが詰まっている作品だった。

1.ダイバーシティとインクルージョン
 特に印象に残ったのは、ダイバーシティとインクルージョンに関する描写だった。たとえば、鬼殺隊の最上位にあたる「柱」の一人である甘露寺蜜璃が、「自分らしくいてもいい場所を見つけた」と語る場面があった。彼女は「女性らしく、可愛らしくあるべき」と思い込んでいたが、鬼殺隊という組織の中で、自分の力を隠すことなく発揮し、初めて本来の自分でいられる場所を得た。さらに、苦しい戦いの中で主人公・炭治郎が「この人を助けるんだ。この人は希望の星なんだ」と彼女に声をかけたとき、甘露寺は自分の力を解放し、さらに強い気持ちで戦いに挑んでいく。誰かに信頼され、必要とされることで人は本来以上の力を発揮できる。そもそもダイバーシティを進めるのは、多様な人たちの力を生かしたいため。そのためには、「あなたの力を私達は必要としています。」というメッセージを送ることが効果的なのだろう。多様な人材が集まっても、その人たちが「ここでは自分らしくいていい」と思えなければ、組織としての力は発揮されない。ダイバーシティだけでなく、インクルージョンがなければ本当の意味での活性化には繋がらない。

2.声掛け
 鬼殺隊のリーダーである産屋敷耀哉(お館様)の存在にも、深く感銘を受けた。ある柱が「お館様は、いつも自分が一番かけてほしい言葉をくれる」と語る場面がある。この言葉に、私は震えるような感動を覚えた。コミュニケーションやコーチングを教える立場として、「相手が今、最も必要としている言葉を届けられているか?」という問いが自分に返ってきた。

3.実践
 「実践に勝る学びはない」というメッセージも響いた。炭治郎が「上弦の鬼(最上位の鬼)との戦いは、訓練の何倍もの成長をもたらす」と言われる場面がある。どれだけ練習をしても、実践で使わなければ本当の成長にはつながらない。これは英語コーチングの現場でも強く感じることがある。ある程度話せる人でも、「会議の効率を下げてしまうから」といった理由で英語での発言を避けることがある。あるいはスピーチの原稿を用意していても、通訳の方がいると頼ってしまう人がいる。しかし、成長のためには、実際に口に出して相手の反応から学ぶことが必要だ。たとえば海外旅行中や日本国内でのインバウンド対応など、英語を使うことができる場面は多くある。そうしたときに、怯まず話しかけてみることの大切さを、再確認した。

4.経験学習
 炭治郎の成長の要因の一つに、彼の「経験学習」の姿勢があると感じた。彼はただ経験するだけでなく、他人の言動や過去の出来事からも学び、それを抽象化し、次に活かしていく。作中では幾度となく「考えろ、考えろ」と自分に言い聞かせている。この自問自答こそが、彼の成長の原動力だ。

5.自分を知る
 『無限列車編』に登場する煉獄杏寿郎の姿勢からも大きな学びを得た。彼は「鬼になれば永遠に強くなれる」と誘われるが、「それは自分の価値観に反する」と毅然と拒否する。価値観に従って行動することがどれほど強さを生むかを、彼の姿から実感した。
 同じく柱である時透無一郎の「自分が何者かを知っていると強くなれる」というセリフも心に残った。自己認識が深まることで、人はブレずに行動できるようになる。この言葉は、アーティストの岡崎体育さんが『情熱大陸』で語っていた話と重なった。彼はミュージシャンでありながら俳優としての仕事もしているが、かつては「自分は音楽家です」と紹介していたという。俳優としての自信がなかったからだ。しかし、「ミュージシャンであり俳優の岡崎体育です」と名乗るようになってから、覚悟が決まり、俳優としての力も発揮できるようになったという。自分のアイデンティティを受け入れることが強さに繋がるのだと、改めて感じた。

 『鬼滅の刃』は、他のアニメと比べても学びの深さが格段に違う。通常なら、一つ二つの印象的な言葉や場面が残る程度だが、この作品は登場人物一人ひとりのバックストーリーや感情の揺れが丁寧に描かれていて、あらゆる場面に学びが詰まっている。登場人物の自問自答が台詞として明確に語られるため、視聴者が心の動きを追いやすい。視覚表現だけに頼らず、言葉によって学びのヒントを提示してくれることが、この作品の大きな魅力の一つだ。これからのシリーズにも、引き続き大いに期待している。

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