グローバルフォーラム
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「グローバルPMへの窓」(第188回)
60年ぶりの南米旅行――プロジェクトマネジメントで考える その2

グローバルPMアナリスト  田中 弘 [プロフィール] :9月号

 前回は、筆者の本年7月から8月の南米アルゼンチン、チリ訪問の背景について書いた。
今回は、この3週間の旅の構想化とフロントエンド計画について報告する。

ミッション・ステートメント

筆者田中弘が2002年以来手掛けてきた「プロジェクトデザイン&プロジェクトマネジメントのグローバル教育と研修プログラム」の構成プロジェクトの一つとして、教育者として未着手、グローバル研修者として対応が発展途上である南アメリカの代表的な国であるアルゼンチンとチリ両国の社会・経済の状況、プロジェクト市場の動向、プロジェクトマネジメント教育の現状および市民の生活状況を目視調査し、本ライフプログムを完成に近づける。プロジェクトの成果として、筆者のグローバル活動の原点である南米再訪を果たし、ラテンアメリカ向け研修力の向上と個人のライフサイクルのより高い充実が図れる。

プロジェクトのミッションは具体的な目標と制約に展開される。個々の目標はKPIを設定し、達成度をモニターする。

プロジェクトの目標と制約

目標

  1. ① 日本を出発して3週間以内に旅の成果を挙げて帰国する
    KPI-1: 2025年7月21日東京発、8月8日東京帰着 予備日2日以内で、フランス、アルゼンチン、チリの合計8都市(延べ)の訪問を完了する
    KPI-2: 行程中健康で、計画とのズレはマイナーなもののみ2回までに収める
  2. ② 行程中に、各訪問地(パリ空港地区を除く)で、社会・経済状況と物価を含む市民の生活状況を目視する
    KPI: 各訪問地でツアーまたは特定地のスポット訪問、市民との会話、報道から社会・経済状況を概略把握する
  3. ③ アルゼンチンとチリのプロジェクト動向とプロジェクトマネジメント教育・研修の状況を概略把握する
    KPI: アルゼンチン コルドバ市とチリのラ・セレナ市で田中が教えた日本での2週間のP2M研修を修了した酪農家族企業の共同経営者と鉱山会社のプログラム・ディレクターと半日から1日の密着取材を行い、日本での研修の成果の生かし方やアルゼンチンとチリのプロジェクト動向とプロジェクトマネジメント普及・研修活動の状況がヒアリングできる
  4. ④ 個人的な興味である南米南部の国民食エンパナーダ(Empanada:ミート中心の具材をパイ仕立てにしたもの)、アルゼンチンの肉料理とピザ、チリのシーフードを味わう
  5. ⑤ 全行程で、フランス、アルゼンチン、チリの素晴らしさを体験する
    KPI: 総合満足度85点以上を得る

制約

  1. ① 日本でのグローバル研修の合間の旅行であり、行程は3週間以内、次の研修の準備があるので、8月の盆入りまでに帰国する必要がある
  2. ② 完全自己資金での旅行であるので、コストは150万円以内に収める
  3. ③ 81歳9カ月で3週間の旅であるので、フライト、街歩き、食事で無理をできず、安全と健康第一が条件である

ドメインマネジメント計画

次に各ドメインプロジェクトマネジメント的に捉えた計画について述べる。

スコープ

上記の目標を具体的な日程とプログラムに落とし込む。エアライン、ホテル、移動手段などの予約表、取材アポ、都市でのアクションプランが、スコープ計画文書となる。 WBSは、レベル1が出発前のアクションリストと行く先ごとのアクションリスト、レベル2が日々のアクションリスト(To-Do-List)とする。レベル2はアクションを時間ごとに記入したスマートフォンの電子手帳である。

スケジュール

上記のスケジュール上の制約(旅行可能期間、終了時期)、を与件とし、訪問都市候補と希望滞在日数、都市間移動の疲労予測、宿泊費と移動コストを考慮しながらスケジュールを組んだ。工夫のポイントは

  1. ① 日本での研修スケジュールから2025年7月後半に出発、3週間以内の行程という制約を満たすなかで、東京→←ブエノスアイレス間最安値のフライトの組み合わせを行う。付帯メリットとして、安い運賃を選択すると往復ともパリ一泊が生まれ移動が楽になる
  2. ② エアライン利用は、東京-ブエノスアイレス往復と移動都市間のエアライン個別予約を併用し、運賃総額を下げる
  3. ③ 訪問都市数を抑えて、最初の訪問国アルゼンチンブエノスアイレスとコルドバでは4日以上の滞在として移動の疲労を避ける
  4. ④ 南米内は、フライトキャンセルや変更のリスクに対応できるよう、運行便数が多い都市間のルートを優先し、チケットは変更可能な料金を選択する

コスト

今回の旅行費用は全額自己負担であるが、これまでのバジェット旅行ではなく、人生の重要なイベントであるので、四つ星クラスの旅行として150万円の予算を組んだ。

  1. ① 最大コスト要素の東京→←ブエノスアイレスのビジネススクラス航空運賃は、エアラインの好みだけではなく、米国経由の日系エアライン+米国エアラインの運賃と比較し、パリ経由エールフランスで大幅コスト削減(40万円差)を行う
  2. ② 航空運賃、ホテル代、移動のタクシーは予約制であるので、大幅な工程・日程変更を余儀なくされた場合以外では、コストの差がでるのは、ホテル代、タクシー代の予約時とカード引き落とし時の為替差額くらいである
  3. ③ 都市内ツアー費用や食費は、前者はWeb検索、当たりをつけたレストランのWebに乗っているメニューから概算できる
  4. ④ 予備費は、主として上記②対応であるが、10%とする
  5. ⑤ 支払い手段に柔軟性を持たせる。例えばクレジットカード1枚ではリスクがあり、海外で優先されるデビットカードを持参するし、現金払いの店も多いので、百ドル程度の現金も持ち歩く。また、現地国以外のクレジットカードは、支払い額の他に、扱いチャージが最大十数%かかることに注意する

リソース

旅行のエレメントのフライト、ホテル、移動手段、アクティビティーの調達(購入・予約)を海外旅行60年で培ったノウハウと、現物のWeb情報・生成AI情報を基に行う。

(本ブログシリーズの第4回目で、手作り海外旅行のノウハウについて解説する。)

リスク

3週間の海外旅行であると、フライト・陸路交通手段の予定変更リスク、治安リスク、体調のリスクなどの識別と対応策の計画が必要である。

  1. ① フライトやホテルの予約が半年前であり、何らかの事情で旅行が出来なくなる、または短縮するリスクがある
    1. ● 設定の出発時に合わせて研修など業務上の予約は入れない
    2. ● 健康管理を、かかりつけ医との相談や検査を含めて、十分に行う
    3. ● フライトは、日程の変更可能なチケットを買う
    4. ● ホテルの予約は、経由地のパリは前払いであるが、それ以外は、グローバル予約エージェントを通じて1~2日前までキャンセル・変更の手配を行う
  2. ② フライトの運航キャンセルや便名・時間の変更があり得る
    1. ● フライト・ルートや宿泊変更のコンティンジェンシー計画を立てておく(旅慣れや土地勘がないと難しいかもしれない)
    2. ● 追加費用が出ないようにエアラインとのネゴ計画を立てておく
  3. ③ (食事量が減っている中で) 食事が合わない恐れがある・・・特に肉食系美食の国アルゼンチン
    1. ● 行く先々で、ホテルの近くのカフェ、カジュアル・パスタ店、サンドイッチやエンパナーダ(ミートパイ)を売っているベーカリー、街中華料理店をマークするほか、ピンチフードで素麺と乾麺及び出汁の素を持参する。また、3泊以上の滞在先では、ホテルはミニキッチン付きあるいは最低湯沸わかし器付きの部屋を押さえ、近くのコンビニで粉物やスープなどインスタントフードを調達して食事を調節するオプションも持つ
  4. ④ 訪問都市数と移動距離がハードな旅で体調変化のリスクがある
    1. ● 出発迄の体調管理を十分に行い、かかりつけ医への報告と予備検査を実施する
    2. ● 飲みつけの予防薬と治療薬は全て日数+予備分を持参し、税関での荷物検査に備えて、英語の処方薬説明書を薬局から取り付け持参する
    3. ● 遠距離旅行の実績は十分にあるが、海外旅行は6年ぶりであるので、経験がどの程度再現できるかには不確実性があるし、加齢もあるので、活動をしない日を訪問先の都市ごとに入れて疲労の蓄積を防ぐ
    4. ● 海外旅行保険は、旅行者と家族の感覚で必要であれば、クレジットカード付帯でカバーされる金額に別途補強をする

コミュニケーション

一人旅で期間が2週間以上に及ぶと、移動、宿泊、そしてアクティビティーのための情報収集力とコミュニケーション力が極めて重要である。

  1. ● 英語は自分のビジネス言語であるので問題はないが、南米南部は外国人に対してもスペイン語で話しかけられるので、スペイン語の練習は十分に行う
  2. ● どこにいてもスマホの通信機能を維持するため、(日本のキャリアの海外ローミング料はまだ割高感があるので)、(ヨーロッパ発で)定評あるeSIMをWebサイトで購入して出発前にセットしておく・・・契約日数x 24時間使い放題で高速がよい
  3. ● Google翻訳機能、Google Lensの翻訳機能を使いこなせるようにしておく
  4. ● エアライン、ホテル、予約タクシーなどは、予約について、利用日が近づくと頻繁に連絡が来る。ブッキング会社のホテル宿泊、移動ごとの通知を見逃さないようにプッシュ通信をオンにする習慣をつける
  5. ● 移動の予約タクシーの運転手からの待ち合わせ場所の連絡はWhatsApp (LINEとほぼ同じ機能を持つグローバルSMSアプリ)で来るので、WhatsAppも使えるようにしておく
  6. ● 現地での会話は、会話集やYou Tubeの言語レッスンなどで分かった気になっていても、その場になると言葉に出てこないことが多いので、必ず何度か音読をして口に出す訓練をしておく(筆者のフランス語がこれである)

アルゼンチンタンゴとボカジュニアの発祥地 ブエノスアイレスのラ・ボカ
アルゼンチンタンゴとボカジュニアの発祥地
ブエノスアイレスのラ・ボカ
雪のアンデス山脈(機内より)
雪のアンデス山脈(機内より)

次号では、現地での状況、気づき、旅行計画との差異など、実施のプロジェクトマネジメントについて報告する。

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