組織アジリティSIGコーナー
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「アジャイルが学ぶ日本の実践知」

小原 由紀夫 [プロフィール] : 8月号

 DX推進において必須となるアジャイルを多くの企業が導入している。しかし、アジャイル導入において「Why Agile?」、「Be Agile」、「Value Driven」の3つの課題があることを5月号の「アジャイル導入相談会」で示した。今回は、「Value Drive (Lean Agile Mindset) 」について「アジャイルが学ぶ日本の実践知」を紹介して「アジャイルはアメリカ生まれなので日本に合わない」と「アジャイルはソフトウェアの話」の誤解を解消しながら説明する。
  1. 1) アジャイルで活用される日本の実践知
  2. a ) 日本の実践知
    アジャイル開発はアメリカで提唱されたXP(eXtreme Programing)、スクラムを中心に実践されている。スクラムはリーンをソフトウェアに体現している。

    アジャイルで活用される日本の実践知
  3. b ) リーン
    1984年日米貿易摩擦により現在と同様に「アメリカで売る車はアメリカで生産しろ」の要請によりゼネラルモータース(GM)とトヨタ自動車が合弁で生産を始めた。GMが工場と労働者を提供し、トヨタ自動車が生産した。数年後、その合弁企業の工場はどのGMの工場をも凌駕する生産性と品質を実現した。GMは、労働者ではなく、経営(マネジメント)で負けたと気づいた。そこで、産学共同でトヨタ生産方式(TPS)を分析し、全産業に適用できるリーン(考え方)を確立した。シリコンバレーの起業家たちにもリーン・スタートアップとして実践され、TPSの提唱者、大野耐一氏を皆が知っている。
  4. c ) スクラム
    スクラムガイドの著者であるジェフ・サザーランドは、チームで活動すると生産性が飛躍的に向上することを実証した。チームについての多数の論文を調査し、「The New New Product Development Games(新たな新製品開発手法)」に驚いた。1980年代Japan as No.1の新製品をチーム一丸となって開発する日本の実践知を「スクラム」と野中郁次郎先生らが命名していた。
  5. 2) Value Drive (Lean Agile Mindset)
    トヨタ生産方式、リーンではムダを取る。ムダとは、価値に繋がらない不必要な作業やモノである。価値を基準としてムダを判断する。直観的に感じるムダを取った時点がゴールでなくスタートである。論理的にムダを判断して取り続けていく。アジャイルで要件や仕様を柔軟に変えていく時、価値を基準に判断していく。そのため、プロジェクト開始時にチーム全員で10の質問で構成されるインセプションにより、システム、業務、経営の多様な観点から価値を定義していく。アジャイルは、自動車(ポルシェ)、戦闘機(Saab社)、宇宙開発(SpaceX)などのハードウェアを含む新製品開発の数千名のプロジェクトに適用され、ビジネスを成功に導いている。リーン・アジャイル・マインドをコアバリューとするScaled Agile Framework(SAFe)は200万人に実践されている。
  6. 3) DXと組織アジリティ
  7. a ) 実践知の背景にある日本の文化
    リーン、スクラムに繋がった実践知の背景に日本の風土・文化がある。これらはインバウンドの観光客が注目することと共通している。その3つの特徴を以下に示す。
  • 自律:職人が利用者の満足を求め絶え間なく改善し続けている。(例:包丁の職人)
  • 協調:周囲をおもてなしできる。(例:誰もぶつからない渋谷のスクランブル交差点)
  • 調和:お祭りで近隣と調和し続け、災害にも対応している。(例:お祭り、居酒屋)
  1. b ) 日本とアメリカの開発フェーズの変遷
    「The New New Product Development Games(新たな新製品開発手法)」で以下のように開発フェーズが提示されている。

    開発フェーズの変遷

    80年代、アメリカ企業は、Type Aのように工程毎の専門家が文書で引き継いでいたが、アジャイル適用によりチーム一丸となるType Cを実現し、TOP50の6割を占めている。一方、日本企業は、過度なType Cによりバブル期となり、Type Aを過度に尊重して「失われた30年」を経て80年代に6割を占めたTOP50から姿を消した。
  2. c ) DXとは、眠った日本の能力の解放
    変化の激しいVUCA環境では変化に俊敏に対応するアジャイルは不可欠であり、DXにアジャイルは必須である。欧米では、リーン、スクラムのマネジメント手法を学び、その背後にある「自律」、「協調」、「調和」を組織文化・風土となるようにDXのX(Transformation 変革)している。一方、日本では、「失われた30年」の間、現場で「自律」、「協調」、「調和」によりなんとか対応してきたが、歪が生じている。その歪は外から見えにくい品質に表れ、かつてTOP50の企業を含めた様々な企業で不正が発覚している。エンターテイメントとして、映画「7つの会議」でも表されている。
    日本企業は、アジャイルの背後にある「自律」、「協調」、「調和」を組織文化・風土とできる素養を持ち、その能力を眠らせている多くの日本人の従業員を抱えている。日本企業のDXには、眠った能力を解放させる組織文化・風土にするX(Transformation 変革)が必須である。

PMAJ組織アジリティSIGでは、システム開発に限定することなく、組織として変化への俊敏性を「組織アジリティ」と呼び、DX推進に必須な風土・組織への重要な取り組みを研究しています。ご興味のある方は、お声掛けください。
また、経営層、PMがアジャイルを正しく理解することが必須のため、PMAJでは日本人による「アジャイルへの道案内」「ITサービスのためのアジャイル」を発刊している。経営者・PM向け研修の事前課題として、アジャイルがソフトウェア開発だかでなく、ビジネスを焦点にしていることを多くの経営者とPMが理解できている。

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