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「国際宇宙ステーション(ISS)」の法的位置づけ(その7)
~価値観の違い“機会公平”と“結果平等”~

長谷川 義幸 [プロフィール] :8月号

 今回は、新IGA交渉の中で感じた、ロシアとアメリカの公平に関する考え方の違いについてお話します。

〇国家間の公平 (*1) (*2) (*3) (*4)
 国際宇宙ステーションのIGA(Inter Government Agreement)の交渉は2回ありました。
 最初が1985年から1988年の旧IGA(USA、EU、カナダ、日本)と旧IGA参加国にロシアを加えた新IGA(1993年から1995年)の2回です。
 旧IGA交渉では宇宙先進国アメリカのリードで進められましたが、ロシア参加後の新IGA交渉では、アメリカの競争相手であったロシアが、アメリカとの対等な立場を強く主張しました。
ロシア参加後の新IGA交渉  最近、トランプ大統領が、外国との貿易が米国にとって不均衡だと頻繁に発言し、関税を武器に米国と外国の貿易は“公平”であるべきというニュースが頻繁に取り上げられています。
 筆者のNASAとの交渉経験においても、NASAは“機会公平”になるような動きをします。
 アメリカは、誰でも社会的な便益に関して「 機会が同じように与えられる 」ことが大事です。
 結果として、成功して大金もちになる人もいれば、貧しいままの人もいるのですが、機会が公平であることが重要と考えている国のようです。
 個人の能力や身体の特性などの違いを考慮にいれて、目的を達成させるために“適切なものを誰にも与える”というのが、「公平」であると定義しているように見えます。

 しかし、新IGAの交渉では、ロシアは別の考え方〔結果平等〕を持ち出してきました。“刑事裁判権”“関税”“国際宇宙ステーション運営”“データ・物品の交換”“搭乗員などの条項”の議論において、その考え方がはっきりでています。
 特に顕著な例として、ISS計画の最大の協力者はロシアだとして、「同じ配分をもらうこと」が 当然だと考えていた。「新IGA第11条 搭乗員」の項で、ISSのコマンダー(船長)は、ロシアから出して主導権を握ろうとしました。すべてを仕切ろうとしていたNASAは、価値観の違いに、最初は当惑したようです。
ロシア宇宙ステーション「ミール」  ロシアの考え方は、「結果が同じように与えられる」ことが大事だとの主張で、別なことばでいうと「結果平等」でなくてはいけない、とのことでした。

 アメリカにしてみれば、当時のロシアは参加後、ロシア宇宙ステーション「ミール」(右図)に“無人貨物船がドッキングに失敗”“衝突によりミールの外壁に穴をあけ、火事がおきたり”“ミールに搭乗しているNASAの宇宙飛行士の命が危険な目にあったり”“ロシアの経済の悪化で、ロシア担当のISSの基幹モジュール製作の大幅な遅れ”など課題山積だったのです。
“機会を同じように与えられているのに、義務と責任を果たしていないじゃないか”と、不満が鬱積していました。
 しかし、ロシアはスプートニクを最初に打ち上げ、ガガーリンを人類最初に宇宙飛行させた国であり、ソ連以来の宇宙開発技術を蓄積している。さらに、NASAのアポロ計画では月面着陸を競ったライバル国でもありました。
 そして、ロシアが重要なISSの機能を提供するので、アメリカとして喧嘩をするわけにもいかず、本気で相手の国の価値観の違いを認識し、手探りでロシアと向かい始めました。

 筆者もISSの最高意思決定会議であるSSCB(注:下図)に出席するようになったとき、
ISSの最高意思決定会議であるSSCB 議長であるNASAのプログラムマネジャーが、懸案事項に関してシャキッとしないロシアのプログラムマネジャーの対応に、時には顔を真っ赤にし、声を荒げて事態を改善しようとしている様子を何回もみました。
 ロシアのプログラムマネジャーは英語も交渉も達者で、事態の改善も一筋縄ではいかない状況でした。
 米ロ二強での議論なので、他の参加機関の入る余地はありません。参加国担当者は、そのアジェンダが終わるまで、静かに待つしかありませんでした。
 ちなみに、このロシアのプログラムマネジャーはKGB出身の強者でした。

 欧州宇宙機関のISSプログラムマネジャーは、「ISSでは、ロシアはアメリカと共に第一線に立ってリードしているので“Senior Partner”、我々、欧州と日本、カナダは、その次の列にいるから“Junior Partner”だ。」と言っていました。
 米ロとも宇宙軍をもっており安全保障の世界を含めて宇宙開発の実力は他の国をはるかに抜きんでており、この見方は正しいと認識した現役時代でした。
 ちなみに、3月14日に日本の大西宇宙飛行士がISSに向け打ち上げ、無事到着しました。
 彼は、半年の滞在の最後の方で2か月ほど、日本の3番目のコマンダー(船長)になっています。アメリカの言う“機会公平”の原則によって決められています。

(注) SSCBは、Space Station Control Board の略で、ISS運営メカニズムとして、ISSの計画の要求、組立て手順、統合輸送計画立案、リソースの設計上の配分、ISSモジュール間のインタフェース定義などの実行レベルの日常活動を管理するNASAが議長の参加国間調整会議です。

〇“「国際宇宙ステーション(ISS)」の法的位置づけ”まとめ
 7回に亘って“「国際宇宙ステーション(ISS)」の法的位置づけ”を論証してきましたが、
まとめとして
 ISSは高度なハードとソフトの塊のように見えますが、言葉を換えて言えば、見える形はそうですが、実際は参加国の価値観の複合体が形となって現れたもの(=国際法と参加各国の法律の総合体)と言い変えても良いのです。
 この新IGS交渉において、特にロシアとの価値観の違いに対して、米国のプログラムマネジャーの違いを理解し、対応していく力量(リーダーシップ)に感服していました。
 複数の人で進めるプロジェクトにおいて、リーダーは参加各人の価値観の違いを理解し、目標達成に向け組織を運営する必要がありますね。
 複数の国家が絡む、システム(宇宙船)においては、運営の基本となるためには“法的位置づけ”を明確にして置く事だと考えます。

参考文献
(*1) 毛利彰子、「ヒューストンの風」、朝日新聞朝刊、1997年10月19日
(*2) 内富、間宮、白川、濱田、小沢「国際宇宙基地協力協定交渉から」、「きぼう」日本実験棟組立完了記念文集、JAXA社内資料、2010年
(*3) 長谷川、「国際宇宙ステーション(ISS)」の法的位置づけ」、PMAJオンラインジャーナル、2025年1月号から3月号
(*4) 長谷川、「「きぼう」日本実験棟開発を振り返って(42)」、PMAJオンラインジャーナル、2021年5月号

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