投稿コーナー
先号  次号

「日本の民間の宇宙開発を巡る動き」

長谷川 義幸 [プロフィール] :7月号

 今回はISSの法的問題をお休みして、トヨタとホンダの宇宙開発参加の動きを紹介します。

 トヨタ自動車グループのイノベーション部門「ウーブン・バイ・トヨタ」は2025年1月、日本のロケット開発スタートアップ「インターステラテクノロジズ(株)」へ70億円を投資すると発表しました。単なる資金提供にとどまらない包括的な戦略的提携により、自動車製造のノウハウを活かしたロケットの量産化と、衛星通信事業への参入を目指す計画のようです。また、ウーブン・バイ・トヨタはインターステラテクノロジズ(株)の取締役として人を派遣、経営にも参画するとのことです。両社は2020年から続く人材交流を通じて、トヨタ生産方式をロケット製造に応用する取り組みを進めてきています。現在までに、トヨタグループから累計11名が出向し、製造プロセスの改善に取り組んできた実績があります。
 特に、ウーブン・バイ・トヨタが進める実験都市「Woven・City」での自動運転車両の運用には、切れ目のない通信環境が不可欠であり、この提携には「移動体に必要な通信インフラの整備」という目的もあるとのことです。

 筆者がトヨタと付き合ったのは、電通がトヨタとタイアップした「きぼう」日本実験棟内での船内ロボット「キロボ」実験でした。 (*1)
 「キロボ」は2013年8月10日からISSに滞在し、若田光一JAXA宇宙飛行士と共に、世界で初めてとなる“宇宙での人とロボットとの対話実験”に成功するなど、人とロボットが共に暮らす未来に向けた研究でした。「地上から一番高い場所で対話をしたロボット」と「初めて宇宙に行った寄り添いロボット」の2つのギネス世界記録®に認定されました。
「キロボ」実験  このロボットは、東京大学先端科学技術研究センターと(株)ロボ・ガレージ(代表:高橋智隆)、トヨタ自動車と電通が中心となって開発した、日本語で会話が可能な小型の人型ロボットです。
 会話から持ち主の好みや出かけた思い出を覚えるほかトヨタのコネクテッドカーやトヨタホームの住宅と連携し車や家の状態について会話できることを特徴にしていました。
 宇宙特有の制約と顧客の無茶な要求がある中、JAXAやサポート会社のメンバーは相当苦労して仕上げたプロジェクトでした。それなりにこのミッションはうまくいきましたが、あまり、マスコミにはとりあげられませんでした。
 宇宙開発で自動車会社が参加したのは、たぶんこれが初めてではないかと思います。当時、豊田社長が将来の車社会になんらか宇宙開発技術が役立つと思われ、宇宙開発への参加でした。

 上記のニュースのように、トヨタは宇宙産業に本格参入するようです。2019年3月、JAXAとトヨタは、「有人与圧ローバー」の共同研究の検討を行っていることを公表しました。
その開発はJAXAとトヨタが主導しながら、三菱重工業、ホンダ、ブリヂストンほか数多くの日本企業が参画するオールジャパン体制で取り組んでいるものでした。

有人与圧ローバー  アポロ計画で使用された有人月面車は、宇宙服を着て乗車するバギー車でしたが、有人与圧ローバーは、車両内部を人に適した気圧に保つことで宇宙服を着用せずに運転できる与圧キャビンを備えた探査車です。
 コンセプトは、マイクロバス約2台分相当の大きさで居住空間は4畳半のワンルームほどですが、2人の宇宙飛行士が約30日間滞在可能で、緊急時には4人まで居住可能というものです。

 この計画は、日米両政府は2024年4月米国が主導する国際宇宙探査計画「アルテミス」において、日本が有人月面探査車(有人与圧ローバー)を提供する一方で、米国が日本人宇宙飛行士に2回の月面での着陸機会を与えることで合意したものです。現時点では、探査車を載せたロケットの打ち上げは2031年を目標としています。
 月には地球のように、道路地図、照明、カーナビはありません。一昼夜が28日間で(昼と夜が各14日間)昼間は摂氏+120度まで上がり、夜間は-170度まで冷えます(昼夜間温度差:約300度)。月での走行面は、サラサラの細かいレゴリス(タイヤに帯電してまとわりつく砂地)や宇宙線(放射線)が容赦なく降り注ぐ中で、岩石、穴、断崖などの道路状況がわからないところを走行する過酷な環境です(月面道路地図を作る役目も持っています)。
 *宇宙線:宇宙空間を飛び交う高エネルギーの放射線、人間の細胞損傷や遺伝子への影響を起こします。

 月面車の開発は、探索車本体だけではなく、月面での位置、道路の状況、エネルギーの補給、緊急時の準備などを車体の中に組み込む必要があります。ちょうど、地球の未開地の草原、がれきが散乱しているオフロードを、夜間に連絡もとれない寒冷地を走行するのに似ています。
 宇宙開発での特有の知識、安全性、再生型燃料電池の技術が必要です。さらにオフロード走行と居住性、視認性、操作性などの運用者対応技術が必要となります。
 GPSが使えない状況下でも、月面車が自らの位置を推定し、さらに障害物や路面の勾配など周辺環境を把握して、安全に走行できる経路を推定し、進まねばなりません。
 そのため、電波航法や恒星の位置から車両の姿勢を推定する装置、三次元の加速度から速度や移動量を推定する慣性航法などのさまざまな課題の克服に向け新技術の開発を行っていく必要があります。この月面探索車は自動車とは全く別物で「飛行しない宇宙船」を開発するものです。

 6月19日、ホンダの子会社ホンダ技術研所が、北海道大樹町で再使用型の全長6.3メートル、直径85センチメートルの小型ロケットの離着陸実験に成功しました。 (*2)
 高度300メートルに達し、発射地点に着陸、目標との誤差はわずか37センチメートルでした。ホンダは、2021年に将来の市場拡大を見込んで宇宙領域に参加を表明していました。
月面で長期間使用できる再生可能エネルギーを使った燃料電池システムの開発  また、ホンダは2019年からJAXAと協力して月面で長期間使用できる再生可能エネルギーを使った燃料電池システムの開発をスタートしました。このシステムは14日間続く昼間に、太陽光発電で、“水”を“水素”と“酸素”に分解して貯蔵、夜間(14日間)には貯蔵した水素と酸素を反応させ“電気”と“水”を作り出します。
 燃料電池の原理は200年以上前に発見されましたが実用化には至りませんでした。その後、本気で取り組んだのは、NASAでした。宇宙船の容積が限られる中で、宇宙船の動力としての「発電」とその際にできる「水」を宇宙飛行士の飲料や保守に利用できるメリットがあり、アポロ計画の司令船やスペースシャトルに利用されました。
 しかし、技術課題が多く、製造コストも高く、効率も低く、一般には普及しませんでした。
 だだ、日本ではクリーンエネルギー車の動力源として研究を続け、2002年にトヨタとホンダが世界で初めて燃料電池車を市場に出し、東京電力も2005年に世界で初めて家庭用燃料電池を発売しました。
 以上のような経緯で、日本の自動車会社が宇宙に参加しています。
 2025年4月、ホンダは米国で宇宙事業部門を設立したと発表しました。米国で宇宙開発市場が広がる中で、月面開発などの事業拡大に向けて日本で開発した技術をアピールし、米国企業との連携を増やす計画のようです。
 まず米新興企業2社(シエラスペース社、テックマスターズ社)と協力、国際宇宙ステーション(ISS)で月面向け燃料電池システム技術の試験を進める計画です。 (*3)

 こうした新技術は月面だけでなく、地球上でも道なき道を安全に走ることのみならず、災害時の遠隔・自動による状況確認や、危険な地域への物資輸送などへの貢献ができるはずです。
 イーロン・マスク氏が設立したスペースX社のロケット「ファルコン9」は、それまでの世界の宇宙ビジネスを根底から変革したが、最近の日本も宇宙開発スタートアップが100社以上起業しており、いろいろな分野で活発な活動をしているようです。注目していかないといけませんね。
 JAXAは新しい宇宙事業のインキュベーター(孵卵器)としての役割も負っています。

(*1) KIBO ROBOT PROJECT ロボット宇宙飛行士「KIROBO」帰国報告会を実施 | トヨタ自動車株式会社 公式企業サイト
(*2) 「ホンダ ロケット飛んだ!」、2025年6月19日、読売新聞朝刊
(*3) ホンダ、米国に宇宙事業部門 月面開発など取り組み拡大 - 日本経済新聞

ページトップに戻る