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選択肢を考える力

井上 多恵子 [プロフィール] :6月号

 最近、映画やドラマに夢中になっている。特に展開が予測できない作品を好んで観ている。最近では、トム・クルーズ主演の『ミッション:インポッシブル』や、阿部寛さん出演の日曜ドラマ『キャスター』などを録画し、後から気になるシーンを見返すこともある。
 なぜ、ここまで惹かれるのだろうと考えてみた。それは、自分では想像しなかった展開に出会い、思考の幅が広がるからだ。私は仕事を通じて、物事をロジカルに捉え、一つの正解に絞り込む思考法を磨いてきた。だからこそ、「こんな展開もあるのか」「そう考えることもできるのか」と、視野が揺さぶられる刺激が心地よい。物語が「別の見方」を提示してくれることで、凝り固まっていた自分の頭が少しずつ柔らかくなるような気がする。柔軟な思考ができれば、展開を予測しえたのに!と思うこともある。
 多様な発想を持つことは、先の読めない不安定な今日において、ますます必要とされる力だ。一つの手段だけに固執していたら、前に進めないこともある。そんなとき、「次の一手」「さらにもう一手」と打ち出せること。それが、これからの時代に求められる生き方なのだと思う。
 では、どうすれば普段から多様な発想が持てるようになるのだろうか。
 一つは、人の発するメッセージに注意を向けること。私はキャリアカウンセラーやコーチとしての訓練を受けてきたので、言葉に対するアンテナは高い方だと思っている。それでも、ドラマや映画を観ていて、重要な言葉や仕草を見逃してしまうことがある。そんな時、録画を見返して「ああ、この言葉にはこんな意味があったのか」「この表情にはそういう意図があったのか」と気づかされる。そうした発見は、思考の選択肢を増やすきっかけになる。
 もう一つは、違う視点から物事を見る訓練をすること。その際に「問い」を持つことが重要だと思う。たとえば、「本当にこの解決策しかないのか?」「あのドラマの主人公ならどう考えるだろう?」と自問してみる。この大事さを充分分かっているのだが、私はなかなか普段使いができないでいる。なぜか。私には比較的デジタル的(白黒)思考の傾向があり、自信を持って提案したものに対してフィードバックがあると、一気に視野が狭まってしまうことがあるからだ。昨晩もそうだった。仕事後に届いたメールには、ある研修資料へのフィードバックが多く記されていた。自信作だっただけにショックを受け、「思い切って削るべきか」「事前にもっと話し合えばよかった」「こんな追加の仕事、断ればよかった」などと頭の中がぐるぐるした。だが2時間ほどして落ち着き、寝る頃には無意識のうちに整理されていたのだろう。朝起きると、「こう変えてみたら良くなるかもしれない」というアイデアが浮かんできた。そして、気づいた。このフィードバックは、研修という自分の得意分野において、さらに成長するためのチャンスだったのだと。当初の構成を変えるのはたしかに大変だが、フィードバックの中には「なるほど」と納得できる視点も多かった。実施後ではなく、まだ間に合う段階でもらえたのはありがたいことだった。特に、「研修のアウトプットとして求められる像」が曖昧だった点を指摘されたのは、大きかった。私は「こんな人になりたい」という参加者の理想像を引き出したいと考えていたが、相手とその像のイメージをすり合わせる具体的な手段を明確にしていなかった。そこを見直せば、受講者が迷わず学べる構成に近づける。変える手間を嫌がっていたけれど、選択肢を増やすことで前に進める実感を持つことができた。研修を練るとき、私は構成や流れを自分なりに考え抜いているが、そのときこそ、一段高い視点から問い直すことが必要なのだ。「本当にこの設計でいいのか?」「受講者は迷わないか?」「自分が受講者だったら、アウトプットを出せるか?」――そんな問いを持つことが、選択肢を広げることにつながる。
 ドラマや映画でも、自分では思いつかなかった選択肢が提示されたとき、その記憶をメモしておくことも、発想の引き出しを増やすことに役立つ。また、創造性を育むには「いつもと違うことをする」ことが有効だと言われる。一駅手前で降りて歩いてみる、違う道を選ぶ、異分野の人と話す――私の生活もルーティン化しがちだが、その中でも工夫はできるはずだ。ありがたいことに、私はグローバル・コミュニケーションのコーチとして、日々さまざまな背景の人々と関わっている。彼らの話に好奇心を持って耳を傾けることで、「ああ、こういう考え方もあるのか」と気づきを得られる。そう考えると、日々接しているメディアやエンターテインメントのすべてから、「違う発想」を学ぶことができる。「これは当たり前」と決めつけず、「面白がる」こと――そこから選択肢は広がっていくのだ。
 さて、皆さんは、どんなふうに選択肢を増やしていますか?

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