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優しさと厳しさを両立する力

井上 多恵子 [プロフィール] :5月号

 “Empathy with accountability(説明責任を伴う共感)”という言葉を、先日聞いたウェビナーのタイトルで知った。Empathy(共感)は、相手の立場に立ってともに感じること。同情とは異なり、上から目線ではない。特に若手の離職率が高い今、上司には共感を伴ったリーダーシップが不可欠だとよく言われている。私自身も共感力の重要性を研修で繰り返し伝えてきている。そんな中、「説明責任を伴う共感」という表現に、はっとさせられた。優しさはとても大事だが、それだけでは充分ではない。パワハラを恐れて優しさだけの上司になってしまっては、上司として求められる部署の業績を高め、成果を出すのは難しい。優しさと厳しさ、両方を成立させる“AND”の姿勢が求められるようになってきているのだろう。
 実際に「Empathy with accountability」で検索すると、12万件以上のページがヒットし、フォーブスにも2023年12月「Leading With Heart And Authority: The Art Of Balancing Empathy And Accountability」という記事が掲載されている。日本語で言うと、「心と権威で導くー共感と説明責任のバランスを取るアート」といったような表現になるだろうか。世の中の関心度の高まりが伺える。

 今、求められている説明責任を伴う共感。アートと言ってしまうと実践が難しくなってしまう。そこで、これを体現するには、どうすれば良いのか。以下、3つのポイントで考えてみたい。
1.順番が大事。共感した上で説明責任を語る
部下が進捗の遅れを報告してきた際、いきなり叱責せず、まずは話を聞く。事情を聞き、頭ごなしに否定せず、「そういう事情があったのですね」と受け止めるだけでも、モチベーションや関係性は大きく変わる。私自身、事情を聞いてもらえない上司の下で働いた経験があり、辛さと反発を感じたことがある。
2.説明責任は未来志向で語る
「でも」と否定の接続詞を使うと、せっかくの共感が台無しになる。過去の責任を指摘するより、「では今後どうすれば良いと思いますか」と問いかけ、未来に目を向けてもらう。英語で言えば “Yes, and” の発想。相手の気持ちを受け止めたうえで、前向きな思考ができるように、部下に質問を投げかけたり場合によってはアドバイスをしたりするのも大切だ。
3.期待していることを共有する
上司と部下の間で“成功イメージ”がずれることは多い。これは上司側の責任でもある。業務をアサインする際には、「こうなれば成功だよね」とイメージを部下に共有・合意しておくことが望ましい。登山に例えれば、「今、何合目?」と定期的に確認し、トラブルがあれば即対応できるようにする。

 説明責任を伴う共感は、単に業務をスムーズに進めるだけでなく、部下の成長にもつながる。部下が「これで十分」と思っていることに対し、「いや、もっと期待している」と伝えること。あるいは、未来に向けてのアドバイスである“フィードフォワード”を与えることで、育成にもなる。今の若者は、どのように成長したらいいのか、迷いがあるのだということを先日もと一緒に働いていた30代の女性から聞いた。彼女曰く、「在宅勤務が増え、上司がパワハラを恐れて厳しいことを言わなくなっている中、自分がちゃんと成長できているのか、不安に思うことが多いんです。ちゃんと成長するためには、きちっと言ってもらうことは必要なんじゃないのかなと。」不安を感じているからこそ、年齢が随分違う私とも積極的に食事をし、ヒントを掴みたいと思ったのだろう。
 私自身、コーチングをする中で、優しさだけでは相手の成長を妨げることがあると感じている。これは上司と部下の関係だけでなく、人を導く立場の全てに通じることなのだ。相手の悩みに寄り添いながらも、声かけを工夫し、必要な厳しさを持って成長を支援できる存在でありたい。

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