グローバルフォーラム
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「グローバルPMへの窓」(第184回)
世界情勢が与えるグローバルプロジェクトへの影響

グローバルPMアナリスト  田中 弘 [プロフィール] :4月号

 9月から11月までの三回に続き、2月と3月も本ブログを休稿してしまい、申し訳なく思い、そろそろ筆を置く時期が来たことを感じている。
 
 休稿の間にも中東の石油公社の製油所幹部の東京での高度研修やウクライナのプロジェクトマネジメント冬季大会でのオンライン基調講演などを行い、3月26日と27日にはフィリピンの水ビジネス経営者に対する2日間のプロジェクトデザインの研修を行なうことになっている。またプライベート面では、7月から8月にかけて3週間、フランス、アルゼンチン、チリに個人旅行に出かけることを決意し、航空券、ホテル、移動手段の手配をすべて自分で行い、また、訪問先の情報収集を行っていた。筆者は、毎年刺激のある新規企画に挑戦することで研修ライフの延命をはかってきたが、南米への60年ぶりの旅はその一つである。
 
 筆者の近年の研修では、プロジェクト開発論やプロジェクトマネジメント論を進める前に、ダイナミックな世界情勢が世界のプロジェクトに与える影響を研修生と共に俯瞰することから始めている。2月11日にウクライナで冬季PM大会が開催され、ウクライナのPM学者やトルコ、アゼルバイジャン、ルーマニアの学者と私で大会を盛り上げ、早期の平和回復を祈願したが、その10日後、2月20日に米国トランプ大統領が就任して以来、世界情勢はさらに複雑になってきている。そして、それが、世界各地でのプロジェクト事業に大きなネガティブ・インパクトを与えることが懸念される。
 
 懸念は、大きく捉えて、1)グローバリズム、つまり、世界各国が共生・協調、協力をしながら世界全体の発展を図るパラダイム、の停止、2)ロシアのウクライナ侵略とイスラエルとガザの大規模紛争がもたらす事態によるEU諸国の域外協力のスローダウン、そして 3)地球温暖化へのグローバルな取り組みの当分の後退の気配、にある。
 
 ロシアのウクライナ侵攻後、世界の勢力は、グループA:米・EU・日・韓等、グループB:中国・ロシア・イラン・ブラジル、およびグループC:グローバルサウス、の三極で捉えられていたが、トランプ大統領の、ロ・ウ戦争の停戦に向けてのプーティン大統領との直接交渉で、EUの米国不信感が深まり、EUと米国の間に大きな溝が生じ、EUはロシアと対抗するための軍事費800億ユーロを独自に拠出する動きが出ているなど、3極は4極になりかねない情勢となっている。また、中国とロシアに続き、米国もなりふり構わずの自国中心主義が鮮明となっている。「世界の秩序は大国のみが決める、小国(正確には大国以外)は大国の決定に従うべきである」というパラダイムがロシア大統領のみならず米国大統領からも発信される、とんでもない時代になった。
 
 このような情勢では、プロジェクト実現の肝となり、国際協調がキーとなるファイナンスの組成が不可能になったり、時間がかかるようになる。
 
 もうひとつ大きな問題は、2015年のパリ気候変動サミット以来、世界で議論を重ね、対応のフレームワークを整備してきた地球温暖化対策に大きな曇りが生じてきたことである。地球温暖化対策は主としてEU諸国が強いイニシアティブを発揮して進めてきたものであるが、2023年の後半から、メインプレーヤーである欧州の石油メジャーがエネルギー転換(energy transition)投資の見直しを始め、化石燃料回帰路線が始まり、極め付きは、トランプ大統領が地球温暖化を否定し、地球温暖化対策のグローバルフレームワークからの離脱を宣言したことだ。これに従い、当該グローバルフレームワークを支持し、エネルギー開発投資に制約を課してきた米国銀行がフレームワークからの離脱を発表し、その動きはEU銀や邦銀にまで及んでいる。
 
 地球温暖化は着実に進行しており、世界の国ぐには気候異変で多くの困難に当面している。地球温暖化対策には、政府のリーダーシップ、エネルギー転換技術のコスト大幅縮減、それに民意のすべてが必要であるが、三者のバランスが崩れかかっている。
 
 さらに、コロナ禍に入って以来世界のプロジェクト資源のサプライチェーンがかなり浸食されつつある。機器・材料メーカーの供給力縮小と顧客選択(プロジェクト産業とIT産業の製品の取り合い)、建設工事業者の人員不足と平均スキルの低下による工事力低下、あるいはプロジェクト産業のプロフェッショナルスタッフの生産性低下も生じて、総じて納期が年々長引き、設備プロジェクトコストも2000年比の約3倍を超えている。
 
 世界が多極化するなかで、日本への期待が相対的に高まっており、チャンスではあるが、果たして期待に応えることはできるであろうか。 
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