グローバルフォーラム
先号   次号

「グローバルPMへの窓」(第185回)
外国人向け研修 あるある

グローバルPMアナリスト  田中 弘 [プロフィール] :5月号

 今月号では外国人向けの研修でよく起きていることと、なぜそれが起こるかについて分析してみる。筆者は今年に入ってから2月と3月に数日間、特定国の研修者(といっても皆経営者か管理職者)に研修を行なったが、いずれも参加者総合評点で95%以上を維持している。外国人向け英語での研修では総合評価点90%以上が「文句なしに満足」、89%から75%ぐらいまでが「満足からほぼ満足」、それ以下は「リピートオーダーが来ないでき」と言える。

 人前で教えることには「講演」、「授業」、そして「研修」がある。この三つは目的が異なるので、講師に求められる資質は自ずと異なる。講演は、講師の優れた実績やユニークな経験を多数の聴衆に共有することが目的であり、中身は説得性が高いものである必要がある。授業は、指導要綱(高校まで)やシラバス(大学)に定められた学問の科目知識を、過程のレベルに応じて正確に教えることが使命である。

 そして研修であるが、半日以上の研修の目的は、教えている知識を実務で生かせるように研修生を訓練することにある。そして、研修では、研修の目的と、終わったらどのようなことが出来るようになるのか、を明示する必要がある、つまりLearning Objective を明記する必要がある。これは大学、とくに大学院のシラバスでも必須である。顧みて、日本では研修でも授業でもLearning Objectiveやシラバスが無いか、あっても極めて曖昧であることを筆者は観察してきた。シラバスとしてヨーロッパの大学と同じ厳格さの作成仕様があったのは、7年間教えていた岡山県立大学大学院であった。

 日本人の講師で、研修(日本語での研修を含めて)で頻繁に起こす現象、言ってみれば「あるある」は次のような事である。
  • 研修の目的を持たず、研修生の当該知識レベルに配慮せず、出来るだけ高度の知識を教えようとして、研修生の目線と合わず、空周りする。講師は、やさしく教えると自分の沽券にかかわるという意識が強い。最悪の状況である。
  • プロジェクトマネジメントの研修でも、英語で行う研修に今時参加する外国人はプロジェクトマネジメントの経験を持たないか、初期知識すらない人が多い。彼らに言わせれば、だから研修に来るのである。従って、講師のプライドから高度の知識を披歴するのではなく、研修生の二ーズに合わせてできるだけやさしく、かつ具体的に教えないと良い評価はとれない。
  • 外国人が日本の研修にわざわざ来るのは(とくに社費や自費で来るのは)、まず日本を楽しむことありき、の可能性がある。そこで講師が目いっぱいの講義を行なおうとすると、クラスがしらける。あるいは、受講生は退室してしまう。講義を始めて1時間くらいで、受講生の集中度が低い時は、重い講義はやめて、楽しい講義に切り替える。研修生に教えているトピックスについての経験などを聞きながら、また、エピソードなどを交えながら講義を進め、また、できるだけ例題でミニワークショップをやって、アクセントをつけて引っ張ることが肝要である。主催者が許せば、終わりを早くすることは大変喜ばれる。
  • 最近の公的な海外研修生向けPM研修では、経営者や管理職者の割合がプロジェクトマネジャーよりはるかに多い(筆者の経験した最近2年の研修では前者が6割から7割を占める。プロジェクトマネジメントの講師は、このことを意識してできるだけ柔軟な講義を心掛けないと高い評価は取れない。

 講演は、たとえ60分や90分の講演であろうと、予定稿(スクリプト)を作ってほぼ一方的に話せば事足りるが、研修はそうはいかない。また、英語で半日の双方向講義や研修をできる人は大学の教授でもそうそう多くはない。研修には研修スキルが必要である。

 では総合的な研修力はどのような能力から構成されているのであろうか?筆者の私見であるが、当該研修命題の知識、知識を活用した経験、少なくとも3つくらいの業界の業務知識、英語力そして研修スキルが要素で、どの要素が重要かは研修の場面ごとに異なる。たとえば、筆者が行う研修は特定業界向けの高度PM研修と、多業種・マルチ経験レベルの研修生の集合体向けPM研修がほとんどで、PMのプロセスを教えることは今はやってないが、前者では、①当該業界固有のPM知識と活用スキル②グローバルPMスタンダードが所与する知識、③業界の知識と動向、④業界のグローバル性が高いので世界の動静、⑤英語力、そして⑥研修スキルですべてをバランスよく持ってないと3日以上の研修を維持できない。特に①と⑤と⑥はウェイトが高い。

 一方、多業種・マルチ知識レベルの研修者の集合体向け研修では、教える知識レベルは中庸で、時々上級者と新入者への配慮を入れる必要があるので、講師にかなりの柔軟性が求められる。この種の研修で重要なのは、従来のプロジェクトマネジメント研修の受講者と異なり、どのようにプロジェクトを作ればよいのか分からない受講者が多いので、プロジェクトの構想化の初歩的なメソッドを研修に入れることと、そして実施段階のプロジェクトマネジメントでは、できるだけ時系列でPMフローを説明し、PMプロセスは必要最小限に絞り、理解力を高めることだ。再度述べるが、研修では、参加者が教わったことが、帰社後すぐに使えるように教える必要がある。

 問題は参加者のレベルをどのように予測するかであるが、これは、発展途上国の国別のプロジェクト化度レベルと業種別のプロジェクト化レベル、そして典型的な業種の従業員のマネジメント知識レベルの三軸で予測する必要があり、かなりの経験と洞察力が必要である。

 研修参加者の評価点についてであるが、よく取得平均点の比較で講師の研修力の優劣を比較することがあるが、同一研修内であれば多少の意味を持つが、異なる研修間ではあまり意味がない。研修のコース評価や講師評価は、研修内容が異なり、受講者が異なるので研修間で相対的である。評点の優劣比較をするべきではない。同じ業種あるいは類似業種(たとえば石油・天然ガスプロジェクトと発電など産業プロジェクト)からの研修生向けで、講師が業界の人で英語力が中以上であれば、まず85点以上の評点がつく、一方、PM講師のベテランでもこれらの業種の経験が無いと75点以下になる。一方、多業種・マルチ経験レベルの集合研修であると、経験があるベテラン講師が担当しても5/5 から3/5までばらける。研修生に言わせれば自分がわからなかったセッションに5や4をつけるのは良心がとがめると言う。そこで講師側から自分の講義デザインが正しかったかどうかを見分けるには、受講者の評点の平均点ではなく、中位点(得点分布の中間点)と得点分布の標準偏差を見て判断するのが客観的である。

 最後に筆者の講師発掘や養成方法をお伝えすると、まず幅広く講師候補のハンティングを行う。会社のかつての同僚、PMAJの仲間、PMシンポジウムの講師、大学の先生、そして自営の講師で、講演実例、積極性と度胸、コミュニケーション能力が高い人に目を付ける、先生や自営の講師の方には、コース全体の趣旨と狙いを伝えるだけであるが、それ以外の候補者は、研修のテキストを渡すか、自分の教材案で、オーディションを行う。そこで、計画する研修コースに向けて、初期アドバイスを行い、あとは実地訓練あるのみで、二人ペアで実戦をこなし、一回ごとにフィードバックをしながら改善を図っていく。大体4回一緒にやれば独り立ちの講師になれる。

 本稿のまとめで、研修で一番大事なのは「ラポール」と言われる。ラポールはフランス語のrapportが由来で、話し手と聞き手の間に構築される信頼関係や共感の状態を表す。

反省:研修参加者が分かるようにできるだけ易しく、具体的に話せと説いたが、このエッセイは読者の方々にどのくらい理解していただいたけたか。独りよがりであるとの声も多いであろう。

ページトップに戻る