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相手の視点に立つ力

井上 多恵子 [プロフィール] :2月号

 相手の視点に立つことができると、上手くいく。そのことを改めて学んだこの一か月だった。学びを共有したい。

 相手の視点に立つことができると、
 1.交渉を有利に進めることができる
 日本経済新聞『私の履歴書』の1月の著者は、伊藤忠商事会長CEOの岡藤正広さん。1月17日付の文章には、彼が伊藤忠商事の繊維部門に在籍していた時にアルマーニとの交渉を成立させた秘訣が記載されている。それは、アルマーニが海外進出の際に最も興味を持ちそうなことを把握できたこと。入札の際、競合他社は、マーケティング戦略や広告、店舗展開などにフォーカスした。一方、伊藤忠商事は、アルマーニが海外進出の際に最も興味を持っていた節税術を詳細にまとめて提案書の中に含めた。その結果、提示した条件面では劣っていた面もあったが、10社近くの競合に打ち勝つことができたのだ。
 私も以前調達の部署にいたことがあり、その際、交渉の際の準備が極めて大事なことを学んだ。自社のニーズや優先順位を把握しておくことに加えて、交渉相手のニーズや優先順位をできるだけ把握する。そのために役立つのが、人的ネットワーク。伊藤忠商事も、ある人物との縁を活用した調査により、アルマーニの興味を知ることができた。

 2.モテやすくなる
 「仕事はいかに『他者への想像力』を発揮し、意中の人に「モテる」かが、成功への分かれ道」鳥羽周作氏による書籍『モテる仕事論』の広告に書かれているフレーズだ。日本経済新聞に掲載されていたこの広告を見た時、高校生だった頃の私を思い出した。誰かを好きになり、その人に自分のことを好きになってもらいたくて、必死に相手のことを知ろうとしていた。あの頃、学校では、私だけでなく、多くの同級生達が恋に夢中になっていた。男友達に頼まれたこともある。「〇〇さんのこと、教えて。どんなプレゼントをあげたら喜ぶと思う?」と。
 「相手に対する想像力を発揮する」=相手の視点に立つこと、と言えるだろう。自分一人で完結する仕事であったとしても、その仕事の成果物を活用する人のニーズを考える必要がある。以前本を書いた際に出版プロデューサーの方にもらったアドバイスは、「誰か一人のことを思って、その人に届くように書きなさい。その読者があなたの本を読み終えた後、笑顔を浮かべるためにどう書けばいいか考えて。」だった。
 ある営業組織のメールマガジンで推奨しているのは、「対話する顧客への解像度を高めて、顧客リストの質を高める」こと。言葉が違うだけで、推奨していることは変わらない。解像度=相手に対する知識の度合いだ。解像度が低いとピンボケしてしまう。

 3.研修の効果を高めることができる
 某協会でコミュニケーションの講師をしている。上手くコミュニケーションをするためのヒントの一つとして紹介しているのは、「相手目線に立つ」こと。「相手目線に立つ」ことを実践すべく、協会と協力して、参加者の業務内容に合ったロールプレイも作った。ここまで寄り添った教材を作っている講師は滅多にいないだろう、と言う自負さえあった。
 しかし、まだ不足していたということを先日知った。一日の学びをお互い共有してもらうグループワークの最中、こんなコメントが聞こえてきた。「研修の中で、アメリカをベースに異文化コミュニケーションの話がなされていたが、自分たちが接する相手の大半はアジア。だから、そういう地域の話をもっと聞きたかった。」言われてみたら、その通りだ。彼らの業務の対象になるのは、アメリカのような先進国ではない。彼らが所属している業界についてニュースなどで見聞きしていることをあてはめたら、当然のこと。でも、私の頭の中で、それらを研修と結びつけていなかった。私が伝えていたのは、自分の経験値の大半を占めるアメリカをベースにしたグローバルコミュニケーション。最初に教材を作成した際は相手のニーズを懸命に考えたが、一端出来上がると、アンケートで言語化されたことだけに対応をしていた。研修の冒頭に、「わからない点や要望があったら、遠慮せずに言ってください。」と伝えてはいたが、皆遠慮したのだろう。
 言語化されていないニーズを感じ取ることができていなかった。アメリカよりは経験値は減るが、それに基づいて話すことができる程度には、アジアの方々と接した経験はある。今まで気づけていなかったことを反省しつつ、研修の最後に、アジアの方々とのコミュニケーションについて補足した。そして、次回の教材にはアメリカ色を抑えて、アジアの方々と接する際に役立つ情報を入れて、改訂した。相手の視点に立ち続けることができていれば、もっと早めに彼らのニーズを反映できていただろう。この残念な気持ちを今後に生かしたい。
  相手の視点に一回だけ立てばいいものではない。その力を日々磨き、繰り返し立ち続けることを実践したいと思う。

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