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「国際宇宙ステーション(ISS)」の法的位置づけ(その2)
~国により同じ言葉でも解釈が違う~

長谷川 義幸 [プロフィール] :2月号

 1月号で説明した“ISSの法的な位置づけ”の続きをお話します。

〇宇宙ステーションの平和目的利用 (*1) (*2)
 当時(1982年)はまだ、米ソを軸とする東西冷戦真っただ中でありました。この宇宙基地計画(ISS)は、このような中での西側諸国の結束をより強化するという政治的な意味合いを帯びたものでした。
 日本は、政治的・軍事的な同盟関係としては西側陣営に属しつつ、他方で国際協力プロジェクトへの参加は、なによりもまず“平和目的の利用に限る”という大前提でした。この点は、当時の宇宙開発事業団法の制定に関して、衆参両院において、その旨を明確にした付帯決議が採択されたことでも象徴されています。そのため、国際宇宙基地協力推進のために参加各国の交渉が開始されると、マスコミの関心は宇宙基地の参加が日本の国是と両立するのかという点にありました。
 最初の国際宇宙基地協力政府間協定(IGA)の交渉が開始されてまもなく、米国で宇宙ステーションをレーガン大統領が推し進めようとした、いわゆる“スターウォーズ計画”のために使用するのか否かで、米国議会に各種の法案が提出されていました。
 IGAには、「国際法に従って平和的目的のために」や「民生用の開発・利用などをする」という文章があります。
 日本の場合は、平和的目的の意味する範囲は、1969年の国会決議およびNASDA法第一条(で現在のJAXA法第第4条)にいう平和目的の解釈に従い、「非軍事」(自衛権の行使を放棄)に限定されていました。
 一方、当時の米国の立場は、安全保障が最も大切な国家的利益であり、国務省もNASAもこの立場は明確で、法的な議論を行うというものではありませんでした。そのため、交渉においても米国の政治的・軍事的な立場を押し付けて来るというスタイルでした。
 欧州とカナダの平和目的の解釈も、我が国ほど厳格ではなく、基本的には国連憲章で認められた自衛権の範囲内での安全保障利用は許容するが、その解釈は各国間で完全に一致しているわけではありませんでした。
 ある日の会合で、米国の代表が、「国際法に従って平和利用目的のために」という考え方の解釈について一方的な解釈を押し付けようとしたことがありました。日本側から「国際法に従って平和利用目的のために」の解釈は世界各国でも一致したものはなく、いわゆる「非軍事利用」として狭く捉える考え方と、「非侵略利用」として広く捉える考え方と2つが併存していたことを踏まえ、異論を唱えました。米国側は、法的な議論ではなく、米国の政治的な立場を再三強調、議論はかみ合いません。
 このような状況の中、国際宇宙基地協力協定の交渉は、時には友好的な協議であり、時には重要な論点を巡って厳しい交渉になりました。当時は、米国の法律的な専門家たちは、政治的方針には逆らえない立場でしたが、法律家としては日本の立場の正しさを支持してくれたようでした。
 交渉担当者は苦労した挙句、日本が管轄権をもつ「きぼう」の利用が、JAXA法第第4条にいう「平和目的に限り」であるかどうかについては日本が決定できるようになりました。

〇「きぼう」の中における発明は日本の特許権なのか? (*1) (*4)
 国際宇宙基地協力政府間協定(IGA)の協議において、ISSの中で多くの宇宙実験が常時行われる予定であり、その結果として多くの発見や発明があり、宇宙でしか得られないような成果について知的財産権が発生するケースが多く出てくると想定されていました。
 従って、これらの権利について“どのように想定し、知的財産権を設定し、保護するのか!”ということが将来におけるビジネスや参加国の権利と絡んで非常に重要な問題になりました。
 近年、先進国の宇宙ベンチャー企業や新興国が、ロケットや人工衛星を打ち上げ、また、ISSでの実験・研究を行い、宇宙ビジネスが増えています。
 そこで(宇宙物体)は、様々な実験や利用、資源探査などを行い、宇宙ビジネスで優位な立場を確立するとともに、巨額の開発費を回収するために、宇宙で行った発明に対して特許で適切に保護される必要がでてきました。IGAの交渉でこれら発明に対して特許権はどうなっているのか、お話します。

 月、惑星を含む宇宙空間の探査や利用における国家活動に関する条約(宇宙条約)は、宇宙の憲法とも呼ばれていて、1966年国連総会で採択され、2019年には、日本を含めて108か国が加盟しています。その条約の中では“宇宙空間”と“宇宙物体”とは区別されています。
 この宇宙条約第2条には、「宇宙空間そのものは、いかなる国も占有できない。従って、宇宙空間で実施される発明は、いかなる国の特許権も及ばない。」とありますが、第8条に「宇宙物体に関する管轄権」があり、宇宙物体の当該登録国が管轄権を有することが規定されています。
 宇宙条約を踏まえてIGAの協議は行われていて、前回説明したISSの管轄権に関する議論において、最終的には、ISSの宇宙棟を提供した参加国がこれについての決定を有することになりました。これで「知的財産権にかかる法律の適応は“宇宙ステーションで行われた活動は、各構成要素の登録を行った参加国の領域において行われたものとみなす”」との整理になりました。(第21条)
 一方、日本の特許法は、発明の行われた場所の如何を問わず、同一の発明については最も早い特許出願者が特許を受ける(先願権主義)こととなっており、「きぼう」の内外を問わず、日本で出願されれば先願主義に従うことになっています。これで「きぼう」の発明は日本の特許権の範疇になりました。
 ちょっと気になるのは、日本をはじめとする先願主義をとる参加国にとっては、「きぼう」における特許権を侵害する行為が仮に行われたとしても、不問にふされることになり、企業のインセンティブを著しく損なうことになりかねないのですが、特許法第26条に、「別段の定めがある場合はその規定による」とされており、IGA条約の効力が発揮されるので問題はないということになりました。ちなみに、米国は、実際に発明された日をベースに判断(先発明主義)されます。

〇おわりに (*5)
「きぼう」では、小さなタンパク質の結晶が集まるクラスター化が制御されるなどで、地上より良質な結晶が得られる  上記の特許に関する文を書いているときに、「きぼう」での実験の記事が新聞に掲載されたことを思い出しました。
 「人工血液の開発が世界各国で競争になっているさなか、中央大学の研究チームが人工血液を作成、その働き確認するため「きぼう」日本実験棟でタンパク質結晶構造の詳細分析に成功し、企業の共同研究を始めており、4~5年以内の実用化めざしているとの記事でした。
 “無重力の宇宙では、地上より良質な結晶が得られる”宇宙特有の環境を利用した研究であり、筆者が現役のころに関与したものが、今ようやく実を結んできたのか!とちょっとうれしくなりました。

参考文献
(*1) 佐藤雅彦、「国際宇宙ステーション計画参加活動史」の第3章、JAXA特別資料、JAXA-SP-10-007、2011年2月
(*2) 間宮、白川、濱田、「国際宇宙基地協力協定交渉から」、「きぼう」日本実験棟組立完了記念文集、JAXA社内資料、2010年
(*3) 読売新聞記事「月探査、米原則50か国合意」、2024.12.12朝刊
(*4) 伊藤健太郎、「宇宙で実施される発明の特許による保護」、Vol.72、パテント2019,
(*5) 「全血液型へ 輸血の切り札」、読売新聞朝刊6面、2024.11.9

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