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「国際宇宙ステーション(ISS)」の法的位置づけ
~“きぼう”の中で、他国の飛行士が起こした事故の責任は?~

長谷川 義幸 [プロフィール] :1月号

〇宇宙ステーションの管轄権問題
 宇宙ステーション計画は1982年からスタートしました。その中心となるアメリカ/レーガン大統領は“強いアメリカ”をスローガンに、“レーガノミックス”を発表し進んでいた。その頃の日本はロッキード裁判で有罪判決がでた時期に重なります。
 この頃は、まだ米ソを軸とする東西冷戦の真っただ中で、この計画は西側諸国の結束をより強固にするという政治的な意味合いを帯びたものでした。
 筆者が「きぼう」開発プロジェクトに配属になり、参加した技術面での国際協力の議論と並行して、ISS参加の各国が「宇宙ステーションに事故がおき、その実験室の破片が他国の施設に被害を及ぼした場合に、賠償責任はどのように負うのか?」などについて法務の専門家を中心に平行して議論をしていました。
宇宙ステーションの管轄権問題  筆者にとって国際法での議論は、これまで想像したこともなく、将来の自分の仕事に関係してくるのかなと興味を覚え、その論議の情報収集と法について研究をしました。

 議論はいろいろあったのですが、最終的には、国会で「国際宇宙基地協力政府間協定(IGA」および了解覚書(MOU)として締結されました。
 米国提案の最初は、この協定が多国間の取り決め案ではなく“米国”対“参加国”2国間の取り決め案を提示し、米国側が交渉の主導権を握るべく各国を訪問して交渉していました。

 最終的にはIGAとして全参加国の統一した国際協定としてまとまったのですが、まとまる迄の経緯を見ると、当時の冷戦構造を背景にした国際協力を仕切る米国の考え方をよく表しています。逆説的に見るとこのような強力な国(リーダー)がいないとまとまらないとも言えます。
 今回は、このISSにおける法的な交渉について少しご紹介します。

〇宇宙ステーションの国際法上の管轄権
 国際協力による有人宇宙ステーションの構築は、人類史上初めての計画であり、多くの課題(未知の部分も含め)を積み残してスタートしていきました。
 課題は、新たに建設される施設及びその利用と活動に関して発生する様々な問題です。特に、議論になったのは、国際法上の法的管轄権をどのように規定し、具体的にどのようなルール(法)が適用されるべきか、という問題でした。
 最初に総論として“宇宙ステーション全体で包括的な管轄権を考えるのか”あるいは“各国がそれぞれ分担して提供物について個別に管轄権を考えるか”が議論されました。
 “参加各国は地上では主権国家であり、国内において別々の法体系に基づき法律を適用している現実を踏まえると、宇宙ステーションが各国の製造物の複合体であるとしても、そのためだけに特別な法律をつくることは実際的ではない”ということになりました。
 各国が自ら開発・製造した宇宙構造物を提供すること、および提供した物を参加国も利用するが、自国が最も多く利用することに着目すれば、“管轄権についても各参加国があたかも自国の領土のように認識し、これに対して管轄権を行使する。”というアプローチをとるほうが、実態に合っており、自然であるという考え方を多くの法律家が共有することになっていきました。

〇損害賠償請求権の相互放棄
 国際宇宙基地協力政府間協定(IGA)は、その壮大な国際協力について各国間の権利義務を定めるもので、それは日本国政府と参加各国との国家レベルの協定で、重い国会承認条約でした。IGA交渉を通じて、この点(国会承認)が最大の難問でした。
 NASA(米国)の論点は、「参加国の過失で他国の宇宙施設に損害を与えた場合、それもかなりの額の被害を与えてしまった場合に備え、予め関係当事者間で、このような損害に対する賠償請求権を相互に放棄する旨取り決めを行っておく。」というものでした。当然の考え方として参加各国に同意を求めてきたのです。
 スペースシャトル利用では、NASAは自ら行う国際協力には、例外なくこの条項を協定に盛り込んでおり、受け入れない協力は一切認めてきませんでした。
 実際、1986年には「チャレンジャー事故」が起き、この条項の必要性が明確になりました。NASAは「きわめて高価なスペースシャトルが損害をうけても、賠償を請求しないので、日本側もしないように約束してくれ」といいます。
 ところが、日本の労働災害法や健康保険法などの保険法には、「第三者の原因により損害を被った場合、被害者に代わって国(保険者)が救済権を代位取得する」規定があり、米国の要求に応じるには、課題が大きすぎるのです。
 しかし、NASAは「国の請求権を含めて、参加国は一切の請求権を相互に放棄しあうこと」を頑固なまでに主張しました。
 日本としては、国の代位請求権の放棄となると、財政当局との折衝をはじめ関係省庁とのハードルの高い交渉となり実際には無理でした。
 日本側は法律上許されていないと説明しましたが、NASAの法律専門家は、「相互放棄でないとMOUは結べない」と強硬に主張します。「我が方(日本)は受け入れられない。」交渉は膠着し、無駄に時間が過ぎていきました。
 かなり焦りがでてきましたが、日本側交渉担当者たちは知恵を振りぼってアイデアを思い付きました。“代位請求権を含む個人の権利としての請求権は、相互放棄の適用外とする”
国際宇宙基地協力政府間協定(IGA) アイデアでした。
 しかし、NASAの法律専門家は「相互放棄でないとMOUは結べない」と強硬に主張します。このアイデアの交渉は難航を極め、日本のISS参加は不可能になるかもしれないくらいのものでした。
 だが、タフネゴシエーターとして知られたNASA国際課長が決裂しそうになる交渉を米国内部の根回しを含めてなんとかまとめる努力をしてくれました。
 ついにNASAの法務部もしぶしぶ納得し、その原則がIGAに書き込まれることになりました。このことについて、国際課長は当時を振り返って、“この壮大な計画は世界の宇宙関係者にとって必要であり、なんとしても実現させたかった。”と語っています。

〇おわりに
 IGAは、2度国会で批准されています。最初はロシアが参加していないもの、2回目はロシア参加後のものです。このIGAは「きぼう」の打ち上げ直前に出来上がり、関係する全会社から署名をもらったことを覚えています。
 全参加国が合意した一本の多国間協定は、各国の国内法との整合性を保つ上で、条文の書き方から細部のこまかな文言まで様々な調整をしなければならないので、法務関係の担当の方は相当苦労していたようです。
 大規模な国際協力を進めるには、大国が交渉の主導権を握って参加各国と交渉しまとめる力が必要ですので、国家のソフトパワーが強大でないと実現しません。現在、話題になっている米国主導の有人月探査国際協力「アルテミス」計画は、ISS以上の参加国があり、IGAをベースにした協定のようです。ちなみに、この協定とは別枠として、拘束力はない月や火星などの宇宙探査や宇宙利用に関する基本原則を定めた国際的なアルテミス合意を、米国は主導しています。例えば宇宙探査をする国は、月へのミッションの計画を互いに通知し合ったり、周回軌道上に投棄できる宇宙ゴミに上限を設けたりといったことで、宇宙での「行動規範」を定めるための交渉で、国連の外交官たちが進めてきた取り組みと似ています。署名する国が増えるにつれて重要性を増し、いくつかの規定事項は世界的な標準になる可能性があります。12月現在50カ国が署名しています。 (*3)
参考文献
(*1) 「国際宇宙ステーション計画参加活動史」の第3章、JAXA特別資料、JAXA-SP-10-007、2011年2月
(*2) 間宮、白川、濱田、「国際宇宙基地協力協定交渉から」、「きぼう」日本実験棟組立完了記念文集、JAXA社内資料、2010年
(*3) 読売新聞記事「月探査、米原則50か国合意」、2024.12.12朝刊

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