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アメリカの宇宙開発における人材の移動

PMマイスター 長谷川 義幸 [プロフィール] :12月号

〇NASAは宇宙航空とミサイル関連の人材を集める (*1)
 NASAは米国航空宇宙法に基づき1958年10月に設置されました。アポロ月面着陸の10年前、ソ連が世界で初めて人工衛星スプートニクを打ち上げた1年後でした。その業務は航空宇宙の研究、軍事部門を除く宇宙開発全般であり、本部は首都ワシントンに置き、実施を担うセンターを全米に設置しました。
 NASA本部は、世論と議会の監視のもと、予算やスケジュールで制約をうけつつ技術開発を国家プロジェクトとして進めていくのが目的ですが、全米各地にあるセンターの管理・監督やセンター間の業務を調整、全体業務を統合(インテグレーション)する役割をもっています。
 当時NASAには、「月に人類を送り込む」ミッションを成功させるため新しい組織文化を必要としていましたが、すでにジョンソン宇宙センターやフォン・ブラウン博士*1が初代所長だったマーシャル宇宙飛行センターのようなNASAのセンターには、その組織母体に根差した独自な技術文化があり、センター間で張り合っていました。
 このため、NASAの業務を統合していくには、技術プロセスを体系的に表現・管理ができ、体系的に整備できる“プロジェクトマネジメント(PM)”と“システムエンジニアリング(SE)”が宇宙開発業務の共通の手法として必要でした。
 この手法は、事業を要素単位に分割し、合理的な分業を目指すもので、業務プロセスを個人の人的事情に左右されないように不確実性を排除し、業務実施体制の構築を志向するものでした。
 これにより担当の技術者が異動しても、新たに配属された技術者が、同じ土俵で技術問題を処理できるばかりか、濃い人間関係のコミュニティーに組みこまれていきチームメンバーとして活躍でき、技術者としての独立性も維持できます。
 このため、アポロ計画以降、NASAにおける組織管理では、「研究開発の自発性」と「プロジェクトマネジメントの集権性*2」とのバランスが適切に保たれているといわれています。
 ただし、この業務のインテグレーションには専門の人材が必要でした。
 有人宇宙船の技術は、乗員の安全性に最大の配慮を必要とし、その実現には、空気力学、 図1 NASAでの月着陸船試験 構造設計、メカなどで成果をあげていた航空技術と、有人飛行に必要な誘導制御や大気圏再突入、大規模システム開発で実績がある弾道ミサイル技術が必要でした。
 有人宇宙船担当のジョンソン宇宙センターは、航空機や弾道ミサイルの開発をしていた企業や研究機関での経験者を大量に採用し、技術ノウハウを吸収していきました。
 宇宙事業は、NASAが国防省のシステムエンジニアリングとプロジェクトマネジメントの手法を取り入れ、NASAが全体設計を実施し、企業に発注、NASAと企業が共同で宇宙機を仕上げ、納入する仕組みを作っていきました。それまでの民間企業はNASA仕様の特注品を納めるベンダー(下請企業)であったので、大きな転換でした。

〇米国政府は宇宙ビジネスの強力なサポーターへ役割を変える
 宇宙開発のプロジェクトマネジメントとシステムエンジニアリングの手法が成熟してくると、政府と民間の役割が変化してきます。現在のアメリカでは、企業が自ら宇宙開発の主役となり、民生技術を使った廉価なサービスを様々な顧客(NASA等)に提供しています。きっかけは、NASAが始めたISSへのサービス調達プログラム「COTS*3(商業軌道輸送サービス)」です。これにSpaceXが参画することにより急成長をしました。「サービス調達」では、民間は自由度の高い商用目的の開発を行い、政府は民間のサービスに資金を支払う形態になります。COTSでは、SpaceXのロケットはNASAへの納品ではなく、あくまでSpaceX自身の輸送事業のためのものです。そして、初期段階にはNASAにその輸送サービスを販売しています。同じサービスを民間の顧客に繰り返し展開することで、事業コストは下がります。リアルなビジネスを加速する上で、低コスト化を促すこの調達制度は、非常に有効に機能しています。
 NASAのサービス調達は、その後もVCLS(ベンチャークラス打上げサービス)や有人月探査計画のCLPS(商業月面輸送サービス)というプログラムに発展的に展開され、多くの企業にビジネスの機会を提供しています。

〇人材流動性の功罪 (*2)
図2 スペースX(左)とブルーオリジン(右)の月着陸船想像図  アメリカはキャリアの途中で異なる業界に転職する人材の流動性は非常に活発で、民間会社は政府機関での経験をもつ人材に対して高い給与を提供することが多く、政府機関から民間企業への異動がしばしば行われています。これは、宇宙産業の発展において重要な要素となっています。
 ロケットと有人月探査計画でスペースXとブルーオリジンが世間の注目を集めています。
 スペースXはイーロン・マスク、ブルーオリジンはアマゾンのジェフ・ベゾスが運営しています。
 宇宙開発を実施できる多くの人材を雇用する必要があり、多くの人材採用を活発化させています。賃金も高く話題性がある野心的な計画に参加するのに魅力があるので、新卒や中堅人材が多数応募しており、既存の企業との間で人材の取り合いになっています。
 ただ、この両社の離職率は、非常に高いという報道があります。その理由は、週に90時間以上も働くことやワークバランスが悪く、転職した方は“燃え尽き症候群になった”“生活パターンを変えたかった”等と報道されています。
 米国政府は、宇宙技術を民間に移転するとともに、先端技術を使った企業の発展を促進させるため、規制緩和を行いながら、NASAや老舗の宇宙航空企業から新興企業への人材の移動や技術の移植などを政策的に行っています。
 例えば、筆者がISSプログラムで長く付き合ったNASAのゲスティンマイヤー局長やその後任の局長もスペースXに転職、NASAのベテラン宇宙飛行士も転職しています。

〇おわりに
 宇宙開発事業は、ようやく政府主導から民間主体の事業に舵を切りつつあり、米国政府はそのための方策を次々に打ち出しています。日本政府も徐々に民間事業支援に乗り出しており、宇宙開発企業やJAXAからも新興企業に転職する方が増えています。ようやく普通の産業のように民間企業が自分の知恵を出してビジネスに挑戦する新しい時代になったように感じます。

  1. *1 フォン・ブラウン : 第二次大戦のドイツでロケット開発、その後、アメリカに亡命、アポロ計画の中心人物となった。
  2. *2 プロジェクトマネジメント(PM)の集権制 :PMはルールに従い、権限を中央に集中・統一するマネジメント
  3. *3 COTS(Commercial Off-The-Shelf) : 欧米の航空宇宙や軍事関係の調達において、民生用の機材を活用することを意味する。システム開発では、特注品はコスト高やスケジュール遅れ、保守の困難さなどの問題が生じるため、既製品を用いることが推奨されている。JAXAのH3ロケットもこの趣旨で開発、コストダウンをはかり世界と競争出来るようになった。

参考文献
(*1) 佐藤靖著、「NASAを築いた人と技術」、東京大学出版界、2008年
(*2) リンクはこちら

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