図書紹介
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バリ山行
(松永K三蔵著、(株)講談社、2024年7月25日発行、第2刷、161ページ、1,600円+税)

デニマルさん : 12月号

今回紹介の本は、第171回(2024年上半期)芥川賞を受賞した話題の作品である。新聞発表では「芥川賞は朝比奈秋さんの『サンショウウオの四十九日』(新潮社)と、松永K三蔵さんの『バリ山行』(講談社)に決まった。その選考経過では、1回目の投票で朝比奈さんが票を集めたが、2回目の投票の結果、最終的に2作が同じ位の票を集めたと選考委員の川上未映子氏が説明した」とある。具体的には、『サンショウウオの四十九日』は、「一つの体を共有する結合双生児の姉妹が主人公。右半身と左半身で人格が違う姉妹の身体感覚や思考を通して、自己と他者の境界線のあいまいさを描く。極端な条件が前提の小説なので、深刻に書くこともできる。にもかかわらず、ユーモラスに描くことに成功している」と評価された。『バリ山行』は、「社内の登山部に参加する男性会社員が主人公。いくらでも奇をてらうことのできる小説世界の中で、書くべきものを地に足を着けて書いている」と賛辞が送られたとあった。今回取り上げる本書の『バリ山行』は“バリさんこう”と読むが、詳しい内容等々は後述したい。さて、この“話題の本”では、毎年発表される著名な文学賞の作品を適宜取り上げている。令和の時代(2019年5月以降)に入ってからは、芥川賞が2冊(最新作では、市川沙央著『ハンチバック』、2023年10月号掲載)、直木賞が8冊(最新作では、河﨑秋子著『ともぐい』、2024年4月号掲載)がある。他に本屋大賞では5冊(最新作では、逢坂冬馬著『同志少女よ、敵を撃て』、2022年6月号掲載)等々がある。これらの著書選択は、ベストセラー本やマスコミや出版業界等で話題となったものや筆者の個人的な好みで選んでいる。この出筆も20年以上も続けさせて頂いているが、趣味の読書と併せてライフワークとなり、ボケ防止にも繋がっているでしょうか。余談ついでに、筆者は学生時代に山岳部に所属していたので、山登りについて色々な思い出がある。今から60年前の話であるが、基礎体力の育成から合宿・訓練を含めた縦走登山が多かった様に思う。特に夏場の北・南アルプスの登山では苦労した経験が、今では懐かしい記憶として残っている。その登山経験が、今回の『バリ山行』の紹介に役立てるとは、想像もしていなかった。人生長くやっていると色々なことに遭遇するが、「どうして山に登るのか。そこに山があるから」だけではなさそうな側面と、昔の青春時代を思い出させて貰った本でもあった。著者を紹介しましょう。松永K三蔵氏は1980年(昭和55年)の茨城県生まれで、兵庫県西宮市に在住している。中学時代から小説を書き始めていたとある。関西学院大学文学部を卒業後、建築関係の会社に勤務するかたわら小説を書き、3年前の2021年(令和3年)『カメオ』で第64回群像新人文学賞優秀作となった。そして2024年(令和6年)に今回紹介の『バリ山行』で芥川賞を受賞した。著者の氏名にKの文字が入っているのは、ミドルネームとのことで父親のイニシャルだという。その詳しい理由は明かされていないので現時点では謎となっている。

本書の紹介(その1)         『バリ山行』とは?
先にも触れた“バリ山行”の意味だが、本書には「バリとはバリエーションの“バリ”で、バリエーションルート」と書いている。本文では、登山道でない道を行き、破線ルートと呼ばれる熟練者向きの難易度の高いルートや廃道等を歩くことを指すと説明している。正規ルートを敢えて外れ、藪を漕ぎ、蔦を裂き、植物の棘にも刺され、時には道なき道や沢(絶えず水が流れる細長い川や滝を含む地形)や岩場でも必死に挑戦する山行と書かれてある。本書では、命懸けのスリルを楽しむ山行を何故が好んでいる様である。これは一般的な山歩きからすると危険であり、やってはならない邪道である。多くの人が山歩きを楽しむには、事前準備をシッカリして、服装や靴等を整えて、山道に沿って順次山行すべきである。初めて挑む山は、リーダーが地図やガイドブックを事前に調べた上で、登山ルートを十分確認するのが通例である。筆者が過去に経験した登山では、事前計画段階から装備や水・食料・燃料等を入念に検討して挑んだものである。例え低山であっても、遭難する危険も念頭に入れて準備するのが普通である。時代と共に多少の変化があろうが備えあれば憂いなしである。

本書の紹介(その2)         六甲山地を登る?
本書の山行は、神戸市街近くの六甲山(931m)を中心に展開されている。六甲山トレッキング案内では、南麓は阪急、阪神、JR、北麓には神戸電鉄が走っていて、東西約30kmの山塊で、市街駅からすぐ登れるルートが沢山あるという。六甲山麓には、新神戸駅から近い再度山(467m)や阪急神戸線の六甲駅に近い摩耶山(702m)や芦屋川駅の近くにある荒地山(541m)の芦屋ロックガーデン等々がある。どの山もJRや私鉄駅に近接していて気軽に直ぐに登れ、比較的高くない手頃な山である。それと山頂から神戸港や神戸市街の眺めが抜群で、特に夜景は素晴らしいと宣伝されてある。しかし、山行は昼間なので夜景は馴染まないが、眺望は大いに期待出来そうである。そのガイドブックには、レベル別の山行ルートが種々紹介されていた。「癒しの再度山ハイク」(水と歴史の六甲散策、3時間、8㌔)や「歴史と自然の摩耶登山」(4時間、8㌔)、「ロックガーデンお手軽ハイク(2時間半、6.5㌔)」等が紹介されてある。しかし、本書にある「バリ山行」に関する案内は、当然ながら触れていない。ガイドブックにある標準ルートで、安全で楽しく登って頂きたいと丁寧に紹介されている。

本書の紹介(その3)         山行は人生ドラマか?
主人公の波多(はた)は、転職先の会社で人間関係を良好にするため、職場の登山部に入部する。その登山部に仕事の腕も確かだが、山歩き(単独のバリ山行)も自分流儀を貫く妻鹿(めが)氏に出会う。仕事で助けられたのが契機でバリ山行に同行する。その後、波多はバリ山行の様な「生きるか死ぬかの感覚が本物」という妻鹿氏の言葉に反発をする。本物の危機感覚は山ではなく、街中や普段の自分たちの生活や会社の職場にもあると啖呵を切る。自分勝手な理解で仕事や山行をする事は、他との協調を無視した単なる「甘え」にも通じると主人公が独りごちる。山歩きの本質等に関心がある方は、参考にして頂きたい本である。

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