原爆裁判 (プラス)NHK朝ドラ「虎に翼」
(山我 浩著、(株)毎日ワンズ、2024年6月28日発行、第3刷、265ページ、1,400円+税)
デニマルさん : 11月号
今回紹介する本は新聞広告に掲載され、アマゾン等で話題となっていた。本書の副題は「アメリカの大罪を裁いた三淵嘉子」とある。この本は、日本で最初の女性司法試験合格者で、弁護士、判事、裁判所所長となり法曹界で活躍された人を描いている。時に、1938年(昭和13年)の太平洋戦争以前の頃である。それと2024年4月からNHKが三淵嘉子を題材とした朝ドラの放映を開始した。こうした状況から一般的には、紹介の本よりNHKの朝ドラで放映された「虎に翼」(2024年4月から9月27日)の方が圧倒的に話題性に富んでいた。筆者は、三淵嘉子(朝ドラでは伊藤沙莉が演じた、猪爪寅子)に関心を持って調べるべく本書を入手した。そこから朝ドラとはチョット違った側面を知り、ここで紹介すべく取り上げた次第です。本書のタイトルにカッコ()を付けてプラスNHK朝ドラ「虎に翼」を追加しました。末尾にNHKの朝ドラに関する幾つかの面白い話題を書きました。本書から日本に原爆投下された歴史上の色々な側面と、それを原爆裁判で係争されたことも改めて再認識させられました。今年9月に「長崎被爆体験者一部を被爆者に」という新聞記事を見ました。これは原爆投下直後に降った放射性物質を含む「黒い雨」が被爆と認定されるか争われている裁判結果の一部です。原子爆弾が広島、長崎に投下されて80年の歳月が経っていますが、現在でも係争されている案件です。本書の原爆裁判は原爆投下の違法性を争った国家賠償訴訟で、その裁判に三淵嘉子が裁判官として担当し、そこでの判決文にも注目されました。本書は、アメリカでの原爆開発計画から原爆の投下以降の状況に加えて、女性弁護士・三淵嘉子と原爆裁判について書かれてある。特に、前文で冒頭に書かれた「本書に寄せて」前原俊之氏(静岡県立大・名誉教授)の記述文と巻末の原爆裁判の判決文は、今でも貴重な資料です。
本書の紹介(その1) 女性弁護士・三淵嘉子
三淵嘉子は1914年(大正3年)11月に、父親が勤務した台湾銀行のシンガポールで誕生。シンガポールの漢字表記は「新嘉坡」で、そこから「嘉子」と名付けられたという。1932年(昭和7年)、法律を学ぶことを志し、明治大学専門部女子部法科に進学する。当時の弁護士資格は「成年以上ノ男子」に限定されていたが、1933年(昭和8年)に弁護士法が改正されて女性も弁護士になることが可能となった。そこで三淵は明治大学法学部に進み、卒業生総代となるほどの優秀な成績で卒業。1938年(昭和13年)に女性として初めて司法試験に合格し、女性初の弁護士となる資格を得た。1940年(昭和15年)に日本初の女性弁護士となる。しかし、戦争の影響で弁護士の活動は出来なかった。加えて戦前の司法官は「男子に限る」とされていたが、裁判官を志す。1947年(昭和22年)、司法省嘱託として民事部民法調査室に配属される。1952年(昭和27年)に名古屋地方裁判所で初の女性判事となり、最高裁調査官の三淵乾太郎氏と再婚し三淵姓となった。1956年(昭和31年)に東京地裁の判事に就任して「原爆裁判」を担当するが、この件は後述します。1972年(昭和47年)には新潟家庭裁判所所長に就任し、女性で初めての裁判所所長となった。その後、浦和家庭裁判所所長、横浜家庭裁判所所長を歴任され定年退官、1984年(昭和59年)に逝去された。
本書の紹介(その2) 原爆裁判について
原爆裁判とは、1955年(昭和30年)に広島と長崎の被爆者がアメリカの原爆投下を国際法違反とし、被害者への補償を求めて国を相手に訴訟を提起したものです。原爆裁判は弁論準備等を含め1963年(昭和38年)の結審まで9回の口頭弁論が開かれた。この裁判を全て担当したのが三淵嘉子です。当時の日本は、終戦後間もない混乱期で、全国各地には戦争の傷痕が残っており、日本の国際的地位やアメリカの対日感情も現在とは相当違っていた。そんな状況下でアメリカの原爆投下に関する裁判を担当するのは相当な重圧があったと思われる。しかし、裁判の判決では原告の国に対する損害賠償請求は棄却されたものの、原爆投下を国際法違反と断じ、被爆者救済への必要性を強調した画期的なものであった。原爆裁判の判決文は長文であるが、示唆に富んだ内容なので最後の部分を引用したい。『国家は自らの権限と自らの責任において開始した戦争により、国民の多くの人々を死に導き、傷害を負わせ、不安な生活に追い込んだのである。しかもその被害の甚大なことは、とうてい一般災害の比ではない。被告がこれに鑑み、十分な救済策を執るべきことは、多言を要しないであろう。しかしながら、それはもはや裁判所の職責ではなくて、立法府である国会及び行政府である内閣において果さなければならない職責である。しかも、そういう手続によってこそ、訴訟当事者だけでなく、原爆被害者全般に対する救済策を講ずることができるのであって、そこに立法及び立法に基づく行政の存在理由がある。終戦後十数年を経て、高度の経済成長をとげたわが国において、国家財政上これが不可能であるとはとうてい考えられない。われわれは本訴訟をみるにつけ、政治の貧困を嘆かずにはおられないのである』と書かれてある。日本が民主主義国家として司法が中立の視点で下された判決は、現在でも新鮮味がある。
本書への追加紹介 朝ドラ「虎に翼」について
先にも触れたNHK朝ドラ「虎に翼」は、今年9月末に終了した。大変な人気で、直近の朝ドラの視聴率を上回ったという。その理由は、時代にマッチした女性やマイノリティーの〝生きづらさに立ち向かうヒロイン寅子らに共感が集まったから”とNHKは報じている。脚本担当の吉田恵梨香氏は「女性の社会進出をテーマに法律だけではなく、家庭の問題等のあらゆる人間関係を多角的に描いています。だから裁判官から弁護士や家庭裁判所等の関係者だけでなく専業主婦や性的マイノリティー等を含んだ方々の人権や、自分の人生を自分で決めることが出来る点に主眼を置いて書きました」と語っていた。そのポイントは憲法第14条(法の下に平等で差別されない)にある。余談だが、こうした法律的な問題や難しい問題に直面した時に、ドラマでは主人公の寅子が「はて?」と疑問を呈する場面が度々ある。これは「疑問や問題となる点」を視聴者に語り掛ける気持ちで書いたと脚本家は締め括った。
|