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誤解を避ける力

井上 多恵子 [プロフィール] :11月号

 タイムパフォーマンス(タイパ:費やした時間に対して得られた満足度や効果の割合)を上げる有効な手段の一つが、コミュニケーション上の誤解をできるだけ減らすことだ。コミュニケーションをはしょった結果、誤解が生じその修復に時間がかかってしまうことを何度も経験してきた。例えば、
  1. ChatGPT への指示の書き方による誤解
     “Explain synonym?”とChatGPTに書いたら、同義語を説明する文が戻ってきた。元々「Explainという言葉の同義語」を私は知りたかったのだが、私のプロンプト(ChatGPTへの指示文)は、明らかに言葉不足だった。ChatGPTは、私のプロンプトをその言葉が意味する通り、「同義語を説明して。」と理解したのだ。私の意図を知らないのだから、当然だ。かなり端折って書いても、文法的に正しくなくても理解してくれるChatGPTについつい甘えてしまっていた。ひと手間加えて、”synonym for explain”(説明の同義語)と書き直すと、求めていた同義語を列挙してくれた。
     ChatGPTとのやり取りは、自分のことを理解していない相手に対して、どこまではしょると誤解され、どこまで書くと誤解されないのか、という感覚を把握するのに役立つ。何度書き直しても機嫌を損ねることなく回答してくれるので、練習相手には最適だ。
  2. 理由の説明不足による誤解
     英語指導のセッションで、ある時、シャドーイング(一歩遅れて同様に発音していく)の練習を取り入れてみた。なかなか効果的だったようで、練習後、体験した二人が「また、やりたい。」と発言した。その発言を受けての会話は、こんな風に進んだ。
     私:「今回のように出席者が二人ならいいれけど、4人全員揃ったら、練習することは少し厳しいですね。」
     二人:「二人ずつに分けてやったら、どうですか?」
     私:「二人ずつに分けてシャドーイングをしたら、時間がもっとかかりますね。」
     二人:「え?時間を気にされているのですか?」
     私の中の心の声:「時間以外の何が気になるのだろう。」
     二人:「4人でシャドーイングをすると、各自へのフィードバックがしづらくなるのでは?と思ったのですが。」
     私の中の心の声:「なるほど、そういうことだったのか!」
     私は、誰かが複数形を単数形で言ったり、カタカナ的な発音をしたりしたら、フィードバックをしていた。二人が四人になったら、聞き取りの難易度は高くなる。だが、そのことを私は、全く思ってもいなかった。自分の得意領域というのもあって、そこがネックになるかも、ということを想像すらしていなかったのだ。私が心配していた「難しい」対象は、「1時間と言うセッションの枠内で、シャドーイングをする時間を取ると、4人がそれぞれプレゼンをすることができなくなる時間的制約だった。「4人だったら、聞き分けられると思います。」と言った私に、彼らは驚いていた。経験知が違うと、ずれができるのだと認識した出来事だった。
  3. 商品名から想定するイメージの違いによる誤解
     以前寿司屋で1.5人前を頼んだ時のこと。元々、1.5人前はメニューにはなく、我々のほうで「1.5人前を食べたいな。」と会話していたら「できますよ。」と言われて注文したものだった。支払いをする時点で誤解が発覚。1.5人前はお得なのだと、我々は思っていた。しかし、提示された料金は割安になっていなかった。抗議は受け入れられず、ほぼ喧嘩状態で、店を出ることになってしまった。定義されていないものは、定義を確認しておこうと、心に誓った出来事だった。
  4. 指示代名詞による誤解
     夫との誤解は、しょっちゅう生じる。「言わなくてもわかるだろう。」という甘えがでてきて、ついつい、「あれ、やっておいて。」と、指示代名詞を入れた会話をしてしまう。「あれ」を定義することもなく。これでは、相手が誤解しても文句は言えない。
  5. 程度を確認しないことによる誤解
     誤解により裁判沙汰になったケースが新聞で紹介されていた。作家希望の人が、有名作家で自分の師匠に、本の出版について相談した際のこと。「本を売るために自分の名前を出す代わりに、原稿の修正はする。」と有名作家が言ったケース。「修正」の度合いについて、双方に誤解があり、大量に修正がなされたことについて、作家希望の人が、有名作家を訴えた事件だ。どの程度の「修正」になるのかを双方が事前に確認しなかったことにより、誤解が生じ裁判にまでなった残念な事件だ。
     私自身も、この「程度」の認識の違いによる誤解には、悩まされてきている。広告に書かれた表現を見て、効果を期待して買った商品にがっかりすることは、「美白効果のある化粧品」をはじめ、しょっちゅうある。「高齢の親の世話をする」と言う発言も、言う人によって、実際に世話をする様が違い、トラブルの元になるので、やっかいだ。
     誤解を少しでも避けるために、大事な場面では、相手の状況を想定し、できるだけ言葉をはしょらないでコミュニケーションを心して行っていくことが、大事なのだろう。

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