投稿コーナー
先号   次号

人の役に立つ力

井上 多恵子 [プロフィール] :10月号

 力不足の自分に対して少し嫌気がさしていた私に、自己効力感をもたらしたもの。それは、人の役に立つことができた喜びだ。ここ数か月、家庭の用事で、大量の書類と格闘し続けてきた。整理整頓が苦手な私にとっては、この作業はプレッシャーだ。以前私の同僚で「郵便物が届くと、喜々として開封して対応している」と言う人がいた。びしっと整理された状態がとても心地よいという。私も、できることなら、びしっと整理された状態を保ちたい。だが、To Doを殴り書きした紙が、家の中であちらこちらに散らばっているのが、実態だ。書類や郵便物を一か所にまとめて、IN/PENDING/OUT(入ってきたもの・対応中のもの・終了したもの)状態を作ろうと思うものの、できていない。複数人が関わる手続きを順序良く考えて効率的に進めようと思うものの、抜け漏れがでて、「なぜ、事前にこうなることを想定できなかったのだろう」と悔やむ日々。特に最近、先を見越して色々と考え、超テキパキと物事を進める姉と数日間一緒に過ごしたことで、更にその思いが強まっていた。「他人と比較するな。昨日の自分と比較しろ。」と自分に言い聞かせても、なかなかそうできずにいた。
 そんな中、心を元気にしてくれた出来事がいくつかあった。一つ目は、同じマンションに住む住人からの依頼で、アメリカ政府への申請手続きのサポートをしたこと。以前同じ階に住んでいた関係から、すれ違った際に時々立ち話をするほどで、それほど親しかったわけではない。何年も前に、英語を教える仕事をしていることを私が話したのを覚えていて、今回英語関連で困った際に、私に相談しようと思ったらしい。相談を持ち掛けようと思ってくれたのは、光栄だ。相談にのってくれそうな人物だと思ってくれたのだろうから。最初に話を聞いた時は、「英語関係の説明を日本語訳してあげればいいのかな。それなら、お安い御用!」と気軽に考えていた。ところが、先日ご自宅にお伺いして依頼の詳細を知り、単なる和訳では済まないことがわかった。関連サイトに実際にアクセスをして、一緒に手続きを行う必要があったのだ。自分自身の手続きですら、できることなら避けたいと思っている私に、今回の依頼は荷が重い、と思った。でもご自宅まで行った以上、そこで断る選択肢はなかった。手続きに戸惑い困っている知人を見て、「少なくとも英語で書かれた説明文は理解できる。私がしっかりしなきゃ。」と思ったことが、功を奏したのだろう。知人が見落としていたボックスにチェックマークを入れるステップを私が見つけることができたことで、申請が無事完了した。「手続きがうまくできず、ずっと頭を悩ませていたので、とてもほっとしました!ありがとうございます!」と、大感謝された。
 別の知人のために、海外に渡航する際の飛行機のオンラインチェックインも支援した。彼も、ある一か所をクリックしなかったために、先に進めない状況になっていたのだ。ちょっとした作業も、やり方を知らない人にとっては、頭痛の種になる。たまたま私が先月アメリカに行った際、オンラインチェックインを経験していたこともあり、円滑に支援できた。できないと思っている自分も、比較の対象を変えると、「できる人」になりえるのだ。
 私がある人の背中を押したという嬉しい話も、先日聞いた。自分の奥さんから、人を教えるための勉強を新たに始めたいと相談があった際、私の知人は思ったそうだ。「なぜ、ある程度年齢を重ねた今、彼女はそんな希望を持ったのだろうか。」と。でも、その時、彼は思い出したのだそうだ。私=井上先生のことを。彼の脳裏に浮かんだのは、とても楽しそうに英語を教える私の姿。彼は、こう思ったと教えてくれた。「井上先生にとって、教えることはとても大事なこと。彼女は我々に教えることで、多くのエネルギーをもらっている。教えることは、そんな価値を人にもたらしうるのだ。だとすれば、自分の奥さんにとっても教えることは、いいことになる。奥さんのチャレンジを全力で応援しよう。」と。それまで何回か、彼に聞かれたことがあった。「今日は何回目のレッスンですか。そんなにたくさんレッスンをやって、大変じゃないですか。」と。その度に、私は答えていた。「いやいや。とても楽しいです!私にとっては、友達と楽しく会話をしているように感じる時間で、仕事と感じてないから。」と。自分が得意とする領域で、力を発揮できる喜びを隠すことなく表現しながらふるまうことで、誰かの夢を間接的に応援できるというのは、嬉しい発見だった。
 不得意なことがたくさんある私だが、人の役に立つことができる。その事実が、私をハッピーにさせている。皆さんも、何かができずに落ち込んだ時、思い出してみてください。どこかで誰かの役に立てたエピソードを。そのエピソードがきっと力をくれるから。

ページトップに戻る