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国際宇宙ステーション(ISS)の廃棄計画
~400トンの宇宙構造物をどのように廃棄するか~

PMマイスター 長谷川 義幸 [プロフィール] :10月号

〇はじめに (*1)
 NASAは6月26日、国際宇宙ステーション(ISS)の2031年引退に向け、安全に軌道を離脱させるための宇宙機を米スペースXに開発させると発表した。
 スペースXはISSを安全に軌道から離脱させ、人口密集地域への落下リスクを回避するための宇宙機を開発する。ISSは老朽化が進んだため米国とパートナー国が計画的な廃止を決めた。
 現在、ISSに参加する日米欧とカナダは2030年、ロシアは2028年までの運用に合意している。ISSは1998年に建設が始まり、2011年に完成した。老朽化が進んだため米国はISSを引退させ、米国企業が今後建設する民間ステーションに後を委ねる計画である。
 2026年度から研究を徐々に縮小し、移行に注力する。ISSの面積はサッカー場が収まるほど大きく、重さ430トンもあることから、宇宙で解体し地球に戻すのは困難であり、また自然に大気圏に突入させると、どこに落ちるか分からなく危ないため、狙った場所へ「最後の一押し」をする宇宙機が必要になりスペースXと契約した。今回は、史上最大の宇宙構造物である国際宇宙ステーションをどこに、どうやって落下させるのか、について解説する。

〇過去の宇宙大型構造物はどう大気圏に突入させたか
 1979年のNASAのスカイラブ、1991年のソ連のサリュート7号は地球に制御不能で落下し、人口密集地に落下する可能性があって世界を騒がせた。2001年にはロシアの宇宙ステーション「ミール」が日本に落下するのではないかと騒ぎになったこともあった。当時、ミールは地球大気圏に再突入した120トンもある宇宙機であった。ミールの軌道離脱は3段階で行われた。第1段階は大気の抵抗で220キロメートルまで高度が低下するのを待った。次にプログレス宇宙船のエンジンを噴射させて近地点165キロメートル、遠地点220キロメートルの地球周回軌道に移動させた。この軌道でしばらく休止した後、第3段階としてプログレスのエンジンを22分ほど噴射させ大気圏に突入した。
 高度100kmから地球大気との猛烈な衝突により太陽光パネルなど外部に取り付けてあった部品が引きちぎられ、高度90kmで、ミール表面の加熱によってプラズマの輝く光の輪を作り出してばらばらに壊れ、フィジーから夕焼け空を背景に観測され世界中にテレビ放送された。
 そのとき、ニュージーランド政府は南太平洋地域を航行する船舶と航空機に警告を発した。日本でも、住民に破片が落ちる可能性が最も高い40分間は屋内へ留まるよう警告が出た。実際には破片はニュージーランド近くの海域、軌道の終端の前後1500kmほど、幅が双方100kmほど広がったとされた。急勾配の再突入角度のため初期の見積もりより狭い範囲であり、被害は報告されていない。

〇有人宇宙船は地上に戻る“帰還回廊”を通過する
帰還回廊  宇宙空間から宇宙船が地球帰還する場合や弾道ミサイルのような再突入の場合には、帰還回廊と呼ばれる軌道が選ばれる。この帰還回廊の下限を逸脱すると地上高度に対する速度が速すぎるため宇宙船の表面温度が約1000°C以上の高温になり溶融する。このため地球に帰還する必要のあるものは帰還回廊に入るための大気圏突入する軌道を選ばなくてはならない。
 有人宇宙船は急な突入角では8G以上の重力が人体にかかる場合があり、緩い降下をするように宇宙船の軌道を制御し、空力加熱による温度上昇には熱防護装置により船内の加熱を防いでいる。しかし地球に帰還させない物体の
大気圏再突入からの時間経過 場合には、徐々に降下する方が長い時間とエネルギーを浪費することになるので物体を溶融するには都合がいい。ISSの大気圏突入に際して考慮すべきは、400トンもの物体を大気圏による空気圧縮加熱によりほぼすべてを溶融するように軌道を決めなければならない。ちなみに30トンクラスのISS無人貨物船「こうのとり」は大気圏再突入により廃棄したが、図に示した方法により行われ南太平洋に破片を落とした。

〇ISSはどうやって処分するのか? (*2)
 巨大な宇宙建造物を地球の重力の及ばない外へ運ぶことは実質的に不可能であり、落下させる場合サッカー場ほどの宇宙建造物を大気圏で燃焼させなければならない。ISSは様々なモジュールが組み合わさってできており、大気圏突入直後には、バラバラになって落下する。
 90分ごとに地球を周回する高度400kmの軌道から移動させ、大気圏の突入後に人のいない太平洋の洋上に正確に落下させる方法をとる。失敗すれば巨大な宇宙ごみの発生につながるので、強力な推進装置でISSをタグボートのように押し、地球に向けて高度を下げていく手法を採用する。
 筆者が在任中には、NASAの検討案としてタグボートにロシアのプログレス貨物船を3台使用するアイデアがあった。そのケーススタディーでは400トン以上もある構造物は大気圏突入でも容易には溶融しないのでかなりの時間をかけて廃棄作業を行う。例えば、2028年半ばから2030年後半にかけて400kmから300km付近に高度を下げ、そして推進力の大きいタグボートを打ち上げISSにドッキングさせる。宇宙飛行士を退去させた後、このタグボートにより強力な力でISSを押し下げる予定となっていた。
大気圏再突入からの時間経過  400トンもある宇宙建造物なので突入角を浅くして大気圏滞在期間を長くとり、半年くらいかけて溶融させる方法であった。最近発表されたNASAのアイデアは、ロシアのウクライナ侵攻の影響をうけ、プログレスの代わりにスペースX社が推進モジュールを開発して打ち上げる方針に変更した。クルードラゴンをベースに数倍のパワーを出すようにしたタグボートを提案、30トンの機体であるが、うち16トンが推進薬の重量である。 (*4)

〇ポストISSの構想 (*3)
 ワシントン・ポストによると、NASA長官は2020年初頭に米国議会上院の公聴会で、もしNASAが地球低軌道の基地から撤退して、その領域を他国に譲り渡せば、「それは悲劇になる」と語っている。NASAは2021年7月にISSの後継となり得る商業宇宙ステーション構築を支援する“Commercial LEO Destinationsプログラム”を発表し、提案を募集。その結果、12月にブルーオリジン、ナノラックス、ノースロップ・グラマンの3社が選定され、NASAは総額470億円を支援することを発表した。2020年代後半には、地球低軌道での活動能力を商業的な所有・運用へとシームレスに移行させることが可能となるよう米国政府は動いている。

参考文献
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