PMプロの知恵コーナー
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ゼネラルなプロ (167) (総集編―1)

向後 忠明 [プロフィール] :9月号

 時代の変遷に伴うビジネスに柔軟に対応して行くにはどのような人材が必要とされるのか?この問いに答えて筆者の経験と「思い」を含め、これまでのプラントエンジニアリング事業そして職域の異なる電気通信、ITC、コンサル業務そして多国籍事業運営等々の約30年にわたる各種プロジェクトのマネジャ(PM)としての実践的経験から得た知識や考え方を「ゼネラルなプロ」といった表題で筆者の思いを166号まで話をしてきました。

プロローグ
 本エッセーを書こうと思ったのは、現役時代の国内、海外プランントエンニアリング、電気通信、情報通信システム開発、インフラ建設、コンサル業務、新規開発事業等々各種プロジェクトを通して得たプロジェクトマネジメント手法を読者に伝えておこうといった趣旨からでした。
 筆者も最初からこのプロジェクトマネジメントにかかわる業務を目指したわけではなく、普通の学生のように企業のそれぞれの学部領域にある技術、人事、法務、財務、営業、労務、企画等々の組織のどれかにと希望していました。
 筆者はこの当時まだプロジェクトという用語もあまり使われていなかった時代でしたがたまたま入社した会社がプラントエンジニアリング会社であり頻繁にプロジェクトという言葉が使用され、またなんとなくプロジェクトマネジメントという言葉とその手法に興味を持つようになりました。そして結果的になんとなくその分野に入り、上記に示すように多くのプロジェクト経験を積むことになりました。
 当初はプロジェクトとは特定の目的を達成するためや、新しい事業、業務等を成功させるために日々のルーチン業務から外れた業務をPDCAといったマネジメントサイクルを活用し納期、及び品質を守り、顧客満足を得るマネジメント方法であると思っていました。
 しかし、いろいろなプロジェクトを経験することによって、プロジェクトを取り巻く環境は技術および職種も分野も多岐にわたり、その上、ミッションに求められる内容も複雑かつ高度になってくることを感じました。筆者もこのような経緯の中でプロジェクト担当者(プロジェクトエンジニアー)としてマネジメントの一部担当者として手法を先輩諸氏から学び基本の固めを行ってきました。この当時はPMBOK®のようなプロジェクトマニュアルはなく先輩のやり方を盗むといった徒弟制度的な方法でプロジェクトマネジメント知識の習得を行っていきました。しかし、プロジェクトも種類や規模により、それまで学んだ以外の知識を習得し、多様な業務にも柔軟に対応することが必要となってきました。
 このころになるとプロジェクトマネジメントの適用範囲の多様性を理解するようになり、顧客の求める要件に柔軟に対応し、その技術に対応した単一分野だけでの対応では顧客要求とのミスマッチを生じ、自社のマーケット領域を狭めることがわかりました。
 これを解決するのがプロジェクトマネジメントであり、さらにこの手法はスピードの速いマーケットまたは顧客のいかなるニーズにこたえることを可能にするものと思うようになりました。
 表題の「ゼネラルなプロ」の対象は、いかなる業務にも対応できる企業において上位管理職であるゼネラルに業務を管理する人すなわち「ゼネラルマネジャ」の域を超えたさらに顧客の顧客又は上司要求に柔軟に答えることのできる人材を意味しています。
 すなわち、ゼネラルマネジャとは異なりこの人材には以下に示すようにスピードの速いマーケットニーズの変化に対応し、

  1. ① 既存組織にこだわらず
  2. ② 既存組織に当てはまらないマーケットニーズまたは顧客要求に従って、
  3. ③ その対象を取り巻く各種環境条件を明確にし
  4. ④ 業務の遂行に必要な経営資源を有効に展開し、
  5. ⑤ エンジニアリングを通してその業務を効率的にかつ効果的に運営・管理する

 といったビジネスマネージメントを可能にすることのできる人材と筆者は思うようになりました。
 ここで大事な用語としてエンジニアリングという用語が出てきましたがこれはプロジェクトマネジメントを行う上でキーとなる用語であり、どの分野においても重要な言葉であり多様なプロジェクトを遂行する上で最も重要な要素であるので以下に説明します。
エンジニアリングとは“プロジェクト”に与えられた諸目的に対して各分野にわたる組織、技術そして人間の知識を結集・統合し、プロジェクトの各フェーズで業務を最適に実現するための一連の活動です。すなわち自分のコア技術にこだわらず、それ以外の技術や人間の知恵を組み合わせて、顧客の要求に柔軟に対応し、ソリューションを行うことのできる複合技術適用手法である。
 この適用技術を冒頭に示す各種プロジェクトに適応し、筆者は各種プロジェクトを成功に収めることができました。

ゼネラルなプロとは
 ところが、ある海外の大型プロジェクトで大きな付帯設備(プラントのインフラ設備)のプロジェクトを任された時、これまでと異なり顧客自身が設備建設にあたり対象国の法的規制や不慣れな地勢学的環境条件での日本との違い等でプロジェクトの初期から迷走して仕事が前に進まなくなりました。
 当初このように顧客要件が不明確でかつプロジェクト外部環境も不明確な場合のプロジェクトの進め方はこれまでのエンジニアリングの範疇ではなくむしろソリューション型のプロジェクトと考え、契約もこれまでの請負契約からプロジェクト要件が固まるまでのコストプラス契約とし対応することにしました。一種のコンサルティング業務から入り顧客要件を固める手法を取りました。この仕事の経験の後でしたが、日本経済新聞の一橋大学の伊藤邦夫教授の“経営革新へ視野を広げよ”と言った新聞記事が目に入りました。
 だいぶ古い新聞の記事ですが、現在でも適用できる情報であり、以下にその要約を示します。

  1. ① 1990年代に入り日本企業はバブル崩壊で業績が落ち、経営者は利益責任を徹底させるため社内カンパニー制、ITの導入による情報共有化による分権化、成果主義の導入、本社のスリム化を行った。
  2. ② しかし、深刻な副産物が発生した。90年代後半部門間の壁が厚くなり、かつ連携が難しくなりそのため社員の視野もせまくなり、成果主義のもとで自部署の目標達成が最優先された。
  3. ③ これにより、自部署の部分最適や社員の視野狭窄化は、部門間の連携を阻み、異質な知の融合や新たな知の組み換えを阻止し、ひいては事業や技術のイノベーションの芽を摘んだ。すなわち、濃密なコミュニケーションの場を自から放棄し、まさに「心地よい窒息」状態に陥った。
    90年代に提言されたにも拘わらずこのような状態が30年以上続きました。そのため、
  4. ④ その呪縛からの脱却の提言として下記を提唱している。
  • 人材育成(リスキリング)である。すなわち、これまでの部分最適型経営から全体最適型経営に舵を切る。それを担う人材の育成が焦眉の急である。事業システム全体の構想・設計のできる人材の育成が必要である(教授はこれらをゼネラリストまたはプロデュサーと称している)。
  • 全体最適の範囲を広げることが必要である。今後は営業、開発、物流、ファイナンス、マーケッティング、契約等の他の領域にも広げる。大企業が閉鎖性を解き放ち、躍動感あふれるベンチャーの企業家精神にふれ、オープンイノベーションの道を開くことのできる人材の育成が急務となっている。
  • 既存産業との異業種連合(連携)または融合によるインテグレーションを進める必要がある。そして、広範な知識を持つ世界に類例のないビジネスモデルと物作りを強みとする企業の連携により『産業イノベーション』を進めることのできる人材の育成が必要となります。
  • 事業のグローバル化に対応した下記のような行動のできる人材育成
    円滑なコミュニケーションが取れる最低限必要な英語力
    相手に的確に物事を伝えるコミュニケーション力そして粘り強い交渉力
    異文化を受け入れる心と日本人としての独自性

 また、伊藤教授と同様なことを富士(現みずほ)総研の福井氏が「ゼネラリスト待望論」にて、IT分野での人材育成に関して以下のように言っている。
 ITシステム開発において顧客要求が不明確な場合が多く開発側に多くのリスクが生ずることとなり、これを避けるため顧客と同じ土俵で円滑なコミュニケーションにより要求の具体化を行うための能力が必要となり、そのため自分の専門以外の知識や能力が必要となる。これはゼネラリストと言う言葉であっても、多くの人がイメージとして持っている何でも屋ではなく、スペシャリストを超えた存在であることが求められている。そのようなプロ、すなわち変革と言うカオス状態においてはスペシャリストを超えたスペシャリストが必要となっている。
 このように伊藤教授や福井氏の提言のようにプロジェクトを取り巻く環境条件が大きく変わると同時にプロジェクトに携わるプロジェクトマネジャの役割もこれまでよりさらに幅広いものが求められるようになってきている。そのような中で筆者もエンジニアリング会社から情報系の会社に移りITシステム開発のプロジェクトに携わることになり、福井氏と同じ土俵に遭遇し、自分のこれまでのプロジェクトマネジメント、そしてプロジェクトマネジャの在り方をもう少し変えていかなければならないと思うようになりました。そして、表題に示すように分野を問わないオールマイティーの能力を持った人材といったイメージのプロジェクトマネジャを「ゼネラルなプロ」と想起しました。

 このような「ゼネラルなプロ」になるにはどうしたらよいか?これからPMになろうとしている読者も悩むところでしょうが、次月号から考えてみましょう。
以上

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