九十歳。何がめでたい
(佐藤 愛子著、(株)小学館、2024年6月15日発行、第35版、223ページ、1,200円+税)
デニマルさん : 9月号
今回紹介する本は、今現在最も話題性に富んでいると言える。本書が出版されたのは2016年8月であり8年後の現在で35版と重版を重ね、インターネットや書店等でも人気がある。その人気の背景に、本書を題材にした映画(同じ題名の「九十歳。何がめでたい」)が、2024年6月から公開され、これも多くの観客を集めている。また過去の資料を調べると、本書が出版された2016年度に100万部を超えるベストセラーとなっていた。それと筆者は、この話題の本で著者の別な本を紹介している。それは2016年12月号で『人間の煩悩』(佐藤愛子著、幻冬舎新書)を取り上げ、その中で百歳近い高齢作家の著書として本書の題名だけを紹介していた。今回は、本書だけなく評判の映画の話も少し併せて書いてみたい。先ず映画の件であるが、筆者も今年7月にこの映画を観に行った。主演の草笛光子さんが著者の年齢と同じ90歳であることも話題の一つだが、大変な熱演で本人以上(?)に活き活きと闊達な佐藤愛子さんを演じ切っている。内容的には、本書に加えて別作の「九十八歳。戦いやまず日は暮れず」(小学館文庫、2021年5月)も加えた脚本として、百歳までの愛子センセイを痛快なエンターテイメント映画に仕上げている。次に本書の紹介であるが、概要は著者が生まれてから現在までの生い立ちを含め、波瀾万丈の人生と人としての人情の機微を交えて分かり易く“快活に”描かれている。そこで改めて著者のご紹介を兼ねてファミリーヒストリーを含めて詳しく書いてみたい。
著者の佐藤愛子さんは、1923年(大正12年)に大阪市生まれの西宮市育ち。現在、101歳である。父は俳人・小説家の佐藤紅緑氏で、代表作「ああ玉杯に花受けて」は雑誌・少年倶楽部の連載で人気を博し講談社の売上を倍増したと言われる。母は、元女優の三笠万里子さんで、その二女として誕生。異母兄として詩人で作詞家・サトウハチロー氏と劇作家の大垣肇氏がいる。サトウハチロー氏は、戦後のヒット歌謡曲「りんごの唄」や「ちいさい秋みつけた」等多くの童謡を作詞している。1941年甲南高等女学校卒。1943年、陸軍主計将校と見合い結婚したが、病気(モルヒネ中毒)で死去。1956年、作家・田畑麦彦氏と再婚。夫・麦彦氏が会社経営に乗り出したのだが、67年に倒産。夫に言われ“偽装離婚”したが、莫大な借金を背負うことになった。その為、テレビへの出演や講演等で全国を行脚したとある。その講演で戦後世相の乱れを厳しく批判し、その結果「憤怒の作家」「男性評論家」「暴れ猪・佐藤節」と評されながらも、多くの聴衆を魅了した。そして1969年、夫との顛末記を描いた『戦いすんで日が暮れて』で直木賞を受賞。1979年、『幸福の絵』(新潮社)で女流文学賞を受賞。1989年、65歳で佐藤家3代を描く『血脈』を別冊文藝春秋に連載し、2000年に同作品で菊池寛賞を受賞。2014年、91歳で作家人生最後の作品と位置付けた長編小説『晩鐘』を刊行し、2015年『晩鐘』で紫式部文学賞受賞。17年に旭日小綬章を受章し、『九十歳。何がめでたい』が年間ベストセラー総合1位。21年、『九十八歳。戦いやまず日は暮れず』を出版し、2冊で累計180万部となる。23年、100歳になり、2024年6月、映画『九十歳。何がめでたい』が全国公開されて現在に至っている。
何がめでたい(その1) 「卒寿?ナニがめでてぇ!」
本書は、著者が90歳過ぎに書き終えた『晩鐘』以降に“断筆宣言”をしたのが事の始まりである。出筆活動を止めて煩わしい仕事から解放され、余生をノンビリと自由気ままに過ごす見込みであった。然しながら、仕事や人との接触が無くなった現実は、日々の時間を持て余した単調な生活となった。その為か老人性ウツ病の様な状態になったと言う。丁度その時期に某雑誌社からの出筆依頼があり、嫌々ながら(?)本書を書き始めたと書いている。著者は以前から生きづらい世の中への怒りを歯に衣を着せずズバリと切り込むも物言いは衰えておらず、本書の誕生となった。ここで書かれた29篇のエッセーは、読んでスッキリ拍手喝采、老人でなくても多くの人が納得出来るものである。題名にもなった“90歳。何がめでたい”について本書の「こみ上げる憤怒の孤独」の章で、その経緯を書いている。「90歳とは卒寿と言うんですか。まあ!(感きわまった感嘆詞)おめでとうございます。白寿(百歳)を目ざしてどうか頑張って下さいませ」と年齢の話を向けられ、満面の笑みを浮かべつつも複雑な心境で「はあ…有難うございます….」と答えざるを得ない。これも浮世の義理と付き合っているのですが、内心は、「卒寿?ナニがめでてぇ!」と思っているとある。本書を書き始める前に老人性ウツとかで悩んでいたことが嘘の様に元気溌剌と愛子センセイは吠えている。そして隔週の連載が始まってから、気が付いたら錆びた脳細胞(若い頃の様にはいかないが)は、錆が削れて力が戻ってきた様ですと云う。更に、人間は「のんびりしようなどと考えてはダメということが、90歳を過ぎてよく分かりました」と綴っている。
何がめでたい(その2) 「長生きは本当にめでたいか?」
現在は、人生百年時代である。日本は超長寿国で平均寿命も世界のトップクラス。それに加えて少子高齢化社会でもある。将来の年金制度や高齢者福祉制度等々を考えると、日本での長生きは本当に目出度いのか疑問である。しかし、日本のみならず世界的に長生きはメデタイとする風習がある。小さな子供の成長は、将来性や夢があって誕生祝い等おめでたい。60歳の還暦を過ぎたお年寄りの長生きは本当にオメデタイのかと、著者は率直に書いている。
この様に物事に対する多面的な見方は、父親(佐藤紅緑)の影響が大きかったという。世間や他人の意見や一時の感情に迎合せず、自分の責任で自分の判断に素直に従うのだという。
百歳となった心境を聞かれて「自然にこうなったからしょうがない。死なないから生きているようなもんですよ。けして怒っているわけではなく、ぶっきらぼうで、しょうがないですね」と答えている。健康の秘訣を問われれば「生まれてから何かを心がけたことなんてありません。最近の楽しみや趣味もありませんね。作家の友達はみんな死んじゃって、誰とも付き合いはない。退屈ではあっても寂しいというのとは違う。これはこれでよろしい」「四の五の言っても、なるようにしかならない」と雑誌インタビューに答えている。最後に「長生きすることは、全く面倒くさい」「なのに私はまだ生きている」と己に本音を吐露している。
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