『第294回例会』報告
木村 勝 : 8月号
【データ】
開催日: |
2024年6月28日(金) |
テーマ: |
「 なぜ、DXでアジャイルと日本の文化の良さが求められるのか? 」
~眠っている日本の能力の解放のススメ~ |
講師: |
小原 由紀夫( こはら ゆきお )氏
日本プロジェクトマネジメント協会 組織アジリティSIG |
◆ はじめに
企業が存続していくためには、目まぐるしく変化する市場やニーズへ柔軟に対応することが求められており、その点でアジャイル開発に注目が集まっています。
そのアジャイル開発では日本語が使われていますが、これは日本人が持つ風土や、文化が関係しています。
そこで、今回の例会では、富士通株式会社では全社DX/アジャイルを推進し、日本プロジェクトマネジメント協会の組織アジリティSIGで活動され、「アジャイル開発への道案内」、「ITサービスのためのアジャイル」などの共著者でもある小原由紀夫氏を講師にお招きし、「なぜ、DXでアジャイルと日本の文化の良さが求められるのか?」と題して、体験談や実践事例などを交えながらご説明いただきました。
以下、要点を抜粋して紹介します。
◆ 講演内容
● 本日の講演への想い
変化が激しいビジネス環境に対応するために、世界中の企業がDXを推進しています。DXには変化に俊敏に対応するアジャイルが必須です。
アジャイル開発はリーンとスクラム、XPで実践されていますが、リーンとスクラムは80年代の日本の実践知を研究しています。
世界中のアジャイル実践者は、Shuhari(守破離)、obeya(大部屋)、kanban(カンバン)などを日本語のまま使っています。
DXではアジャイルを開発だけでなく企業風土・文化として取り入れるため、これらの言葉の根底にある日本の文化の良さが求められます。
アメリカでアジャイルが広まった背景や日本の文化の良さ紹介し、眠っていた日本の能力の解放の事例とそのススメを紹介します。
1. DXにおけるアジャイルの必要性
・ プロジェクトへの影響
従来は、「①要件を決められる」、「②要件に対し、コストと期間を見積もり、コミットする」であり、過去の経験を活用し、一度に全てを効率的に対応できていたが、「③急な変更への対応が困難」という側面もあった。
一方で、現在は「①要件が曖昧/頻繁な変更発生となる」、「②要件に対し、未経験のため、コストを精緻に見積もれない。このため、コミットできない」であり、さらに「③要件が曖昧かつコストをコミットできないので、期間の実現が困難」であり、未経験なことが多く、過去の経験を活用できず、一度に全てを満たすのは無理である。
・ アメリカでのアジャイル適用の背景
企業におけるシステムへの投資とは、構築して投資回収が完了するまでの期間に成立するビジネスモデルが明確であることが必須条件になる。
しかし、ビジネス変化が激しくなると、数年後も成立するビジネスモデルがわからない。一方で、システム投資は必須であり、経営者の悩みがそこにあった。
そこで、ビジネススピードに合わせた短い期間で、投資と評価を繰り返し、システム投資リスクを軽減する方法を要求した結果、アジャイルの導入に至った。
つまりは、アメリカでは経営者の要求により、アジャイルが導入された。
94%の企業がアジャイル経験と持ち、52%の企業でプロジェクトの半数異常にアジャイルが適用されていた。
・ 2025年の壁 (@DXレポート)
2018年に経済産業省が公開したDXレポートの「2025年の壁」を克服しようとして事業に大きな影響が出ている。
ちなみに、DXとはデジタル(D)を活用して、技術だけではなく、現場、顧客・社会、収益、そし文化・風土をトランスフォーメーション(X)することである。
また、一般的なアジャイル開発のイメージも、技術領域の開発を中心に適用されるものと思われているが、本来は組織(企業)のあらゆる階層のすべての場面の活動の連携するもの、つまりは組織としてのアジリティ(俊敏性)が発揮されるものである。
2. アジャイル開発誕生の背景
・ アジャイルマインドセットの定義
アジャイルマニュフェスト(アジャイルソフトウェア開発宣言)には、4つの価値を12の原則が書かれている。
また、従来のウォーターホール開発は要件・コスト・期間が固定であったが、アジャイル開発はコスト・期間のみを固定に、ベストエフォート(最善努力):最大の結果を得られるように努力することになる。
・ アメリカでのアジャイル導入の壁
アメリカの現場では、「着手遅延時に遅延分納期が延伸」、「OKレベル(アメリカ金融機関のシステム停止のレベル)が低い」、「現行仕様を知る人がいない(労働流動性)」などの課題を抱えていた。
さらには、ソフトウェア技術者のノウハウが詰まっているソースコードを非公開とし、自身のプロフェッショナル・ノウハウを守る文化であった。
・ スクラム誕生の背景
日本の文化・風土の下で実践されたノウハウを触媒としたリーン(考え方)・スクラムがアジャイル開発アプローチで活用されている。
しかし、アメリカでは、個人を尊重するために、チームで活動することが有効であると分かった後でも、どのように実践したらよいかわからなかった。
その際、野中郁次郎先生と竹中弘高先生が80年代の日本の製造業の新製品開発を分析した「The New New Product Development Game」という論文に、チームに関するノウハウが詰まっていることを発見した。
この中で、「個人主義、専門領域専任」から、「チーム一丸、専門領域を越えた連携」といった日本企業のチーム一丸となっての活動に対して「スクラム」と命名された。
3. 日本文化の良さ
・ アジャイルを支える日本文化
トヨタ生産方式とスクラムの実践知は共通する日本「恥の文化(自律)」、「おもてなし(協調)」、「自然災害(危機対応)」といった文化の下で生まれている。
この実践知は、世界競争力1位に貢献した1980年代の日本の実践ノウハウが活用されている。
これは、欧米にはないので、スクラムでやり方を示し、学んでいる。
・ 日本の特徴の分析
集団で勝利(網羅性と完璧性)が、自律、恥の文化であり、職人として恥ずかしくない行動となり、高品質に繋がっている。
企業の継続性(同様な行動基準)が、おもてなしの心であり、相互に配慮した、あうんの呼吸に繋がっている。
不安への対処(開始前リスク検討)が、自然災害など避けられないリスクを受け止めて、現場が立ち上がる危機対応能力となり、納期遵守に繋がっている。
・ 英語にならない実践知
Shuhari(守破離)、obeya(大部屋)、kanban(カンバン)などがある。
かんばんボードでは、全ての作業を見える化することで、困っている人を助け合うことに繋がる。
ちなみに、電子ファイルでデータを管理していても、クリックしなければ、その情報を見ることはできない。不都合がある時にクリックを避けてしまう傾向がある。
そこで、見ない人を焦点として、「情報が人を動かす」ことが見える化の実践である。
・ 英語になった「かいぜん」
これまで、「かいぜん」に該当する概念が英語圏になかった。(≠Improvement[改善])
世界中でKaizenが使われ、「かいぜん」に対する英語訳が確立した。
Continuous Improvement (継続的改善)
できたと思っても、細かく見直して改善を繰り返し続ける@恥の文化"自立"
本質を理解して、言葉を定義する英語圏の姿勢を学ぶ必要があるのでは?
私たち日本人は、その本質を原語で学べる環境にいる。
4. 眠っている日本の特徴の解放
・ 羽田JAL機炎上の奇跡(日本人に眠っている能力)
偶然、乗り合わせた300名(ほとんどが日本人)が、危機的状況(自然災害)に陥りながら、周囲と協調(おもてなし)し、自律的(恥の文化)に行動し、全員が生還しした奇跡であるが、他国ではありえないと評されている。
・ 日本の教育とリスキリング
日本では、批判的思考が必要ない明らかな解決方法がある課題の教育が多い。
DXに向け、批判的思考が必要な明らかな解決方法がない課題のリスキリングが必要となる。
・ 自ら学ぶ能力をリスキリング
ひとりの人間には、2つの能力が同居している。
グライダー能力=受動的に知識を得る能力
指導者がいて、目標がはっきりしているところで高く評価される。
飛行機能力=自分でものごとを発明、発見する能力
新しい文化の創造に不可欠である。
・ トップによるリスキリング事例
「トップが自ら語り掛ける」、「定期的にサーベイ(評価)を繰り返す」、「現場が自ら活動する環境を構築する(≠指示・命令)」などが挙げられる。
トップが自らアジャイルスキルのリスキリングをリードすることが大事である。
また、自律の基盤の構築や、既存ノウハウの拡張(ハイブリッドアジャイル)、
人材育成などの観点で成果が出ている。
5. 提言
経営者、上司の保身のために都合よく日本の良さを使ってはいけない!
時代に合致した眠っている能力を発揮させることが経営者、上司の責務である。
そのために、組織アジリティが企業のあらゆる部門に有効!
◆ 講演を聞き終えて
今回の講演では、講師の小原由紀夫氏の体験談、実践実例をもとにした貴重なヒントをいただけました。
アジャイルを通じて、日本人が持つ風土や、文化の良さを再認識しました。
私自身、日本語が持つ意味を深く考えずに使ってきていましたが、その言葉が持つ背景を知ることは、いろいろな場面で役に立つこともあると知るいい機会となりました。
例会を通じて、貴重なお話しをしていただけたことに、心より感謝を申し上げます。
当日参加された皆さま、何かヒントになることはありましたか。
例会では、今後もプログラムマネジャーや、プロジェクトマネージャーにとって有益な情報を提供してまいります。
引き続きご期待ください。
ご講演の資料は、協会ホームページの「ジャーナルPMAJライブラリ」の月例会開催資料に、発表資料をアップロードしていますので個人会員の方はご参照いただければと思います。
尚、我々と共に部会運営メンバーとなるKP(キーパーソン)を募集していますので、日本プロジェクトマネジメント協会までご連絡下さい。
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