グローバルフォーラム
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「グローバルPMへの窓」(第180回)
プロジェクトで政策を実現する次期メキシコ大統領への期待

グローバルPMアナリスト  田中 弘 [プロフィール] :7月号

 先月号で、南米諸国からの研修団を迎えて50年ぶりに半日研修を行なった報告をこのコラムで行った。
 
 この研修を準備するにあたって、最近のラテンアメリア諸国の情報収集を、毎晩、 You Tubeのライブ放送や情報ビデオで行っていた。中南米の各国だけではなく、ヨーロッパのスペイン、フランス、英国、ドイツの国営放送でラテンアメリカ向けスペイン語放送が途切れなくある。学生時代にラテンアメリカ研究に熱を入れていた筆者のラテンアメリカへの興味は長く封印していたが、この機会に開放され、その後も情報収集を続けている。番組のジャンルによって、ほぼ理解できるものと、6~7割くらいしか分からないものがあるが、聞いていること自体が楽しい。
 
 恒常的な政治の不安定と経済の変動が激しいラテンアメリカでは、 ニュースに事欠かないが、特に筆者の興味を引くのは、就任半年を迎えたアルゼンチンの超リベラル経済学者ハビエル・ミレイ(Javier Milei) 大統領の統治の行方と、メキシコの次期大統領選挙を大差で勝利した クラウディア・シェインバウム(Dr. Claudia Sheinbaum)前メキシコ市長の大統領としての手腕への期待である。
 
 戦前世界有数の豊かな国で、美しい街並みと優雅な生活を誇る先進国であったアルゼンチンは、戦後急速に失速し、発展途上国に戻ってしまった。現在、国民の57%が貧困層(一日1.9米ドル以下で生活する層)となっている。ホアン・ペロン大統領に始まるポピュリズム政策(社会正義のためというばら撒き政策)、汚職、ハイパーインフレ(年率200%以上のインフレ)の三点セットが繰り替えされてきたが、現在のミレイ大統領は、常識を覆す財政緊縮策を以て経済の正常化を図る公約を掲げて6か月前に当選を果たした。GDPの49%を占めていた公共支出を19%まで圧縮する、中央銀行を廃止し、徹底的な自由経済を取り戻す政策を推進中である。就任6か月で、GDPは6%まで回復し、ハイパーインフレも2024年5月には年率276%で10か月ぶりに伸びが鈍化したと報告されている。ミレイ大統領の財政緊縮策は国際通貨基金(IMF)にラテンアメリカ一の優等生である、というお墨付きを貰い、米国財界の信頼も厚いと報道されている。
 
 公共支出を半分に削る緊縮策によって、当然教育、医療、社会保障の現場は危機的な状況となっており、国民の半数以上が食にも困り炊き出しに頼る生活となっている。 「緊縮策か、最低限の生活保障か」の対立軸を孕みながら進むミレイ政権の経済再建策は先が見えない。この財政緊縮策は、ゼロベースでプログラムを構築するというP2Mの教えとも通じるところがあるが、では、具体的にゼロベースで構築したプログラムをどのように具現化していくのかの道は見えない。超リベラリストというのは左翼ではなく、今EUで台頭著しい、ラジカル右派とほぼ同じであり、ヨーロッパのラジカル右派は、自国で政権にある中道左派を激しく糾弾しながらアルゼンチンの実験を見守っている。
 
 一方、メキシコでは6月に行われた次期大統領選で、左派ロペスオブラドール大統領の後継で与党・国家再生運動(MORENA)が擁立したクラウディア・シェインバウム前メキシコ市長が勝利した。メキシコ初の女性大統領が誕生する(ラテンアメリカでは、アルゼンチン、チリに続いて3番目)。得票率は60%弱で、2位候補が28%であったので圧倒的勝利と言える。
 
 シェインバウム氏は、物理学を専攻し、その後エネルギー工学博士を治めた気候変動を専門とする科学者であり、国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」のリーダーの一人としてノーベル平和賞を受賞している。6年間務めたメキシコ市長時代には、喫緊の課題である治安の改善で、メキシコ市の犯罪率は半減し、都市交通システムを環境配慮型に近代化し、低所得家庭の子女に高等教育の機会を与える奨学金制度や自然科学系の大学2校を開設するなど、開発・成長とサステナビリティ(環境配慮)をバランスを取りながら推進する、ラテンアメリカには珍しい理知的リーダーである。
 
 市長時代、シェインバウム氏は、政策をプログラム(政策目標)→構成プロジェクト(政策)と表現し、プログラムミッションを明らかにし、プログラム(任期6年で実現する政策目標)と構成政策を有期のプロジェクトと定義して、実現を推進してきた。
 
 2023 年、メキシコの実質 GDP 成長率は 3.2%となった。新型コロナ禍で大きく成長率が落ち込んだ 2020 年(▲8.6%)の後、2021 年 5.7%、2022 年 3.9%に続き 3 年連続で 3%超の高い成長率となった(国際通貨研究所国際通貨圏レポート2024)。メキシコの北部国境地帯経済特区の躍進で、世界の先進国からの自動車産業を中心とした投資が活発である。
 
 一方、メキシコは、犯罪組織による治安の悪化、米国との移民問題、国内の貧富の差の解消という喫緊の課題を抱えており、新大統領は師匠の現職大統領の政策を引き継ぐと言明しているが、その手腕が問われる。Dr. シャインバウムのプログラム&プロジェクトマネジメント型政策ソリューションに期待したい。
Viva Mexico
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