図書紹介
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黒い海 ―船は突然、深海へ消えた―
(伊澤 理江著、(株)講談社、2023年8月4日発行、第9刷、301ページ、1,800円+税)

デニマルさん : 7月号

今回紹介の本は、著者のデビュー作でノンフィクション関係の3冠を受賞した話題の本である。3冠の受賞を時系列的に見ると、初めが第54回大宅壮一ノンフィクション賞(2023年5月17日)、次が第71回日本エッセイスト・クラブ賞(同年5月30日)と第45回講談社ノンフィクション賞(同年7月30日)である。先の3冠受賞は昨年度であるが、作品内容と著者の真相を究めたいという熱いエネルギーに共鳴して敢えて取り上げました。この話題の本では、著名な文学賞の受賞作品他、色々なジャンルの書籍や評判となった本を紹介している。著書の選定は筆者の好みもあるが、ノンフィクション系の作品が多い傾向にある。その深い理由は自分でも分かっていないが「事実は小説より奇なり」という考えが、多少あるかも知れない。ここで取り上げた過去のノンフィクション賞の受賞作品を列記してみたい。大宅壮一ノンフィクション賞では、『八九六四、天安門事件は再び起きるか』安田峰俊著(2019年、5月号)、『嫌われた監督、落合博満は中日をどう変えたか』鈴木忠平著(2023年1月号)である。講談社ノンフィクション賞では、『メルトダウン、ドキュメント福島第一原発事故』大鹿靖明著(2012年4月号)、『土と牛、福島3・11その後。』眞並恭介著(2015年10月号)である。次に日本エッセイスト・クラブ賞の受賞作品だが、過去に紹介していなかったので今回が初めてある。日本エッセイスト・クラブは1951年に「正しい世論を喚起して日本の文化と平和に貢献する」趣旨で設立され、翌年から「エッセイストの新鮮な活躍を目的」にクラブ賞が創設されたと資料にある。70年以上の歴史ある賞で過去の受賞者を見ると、映画・演劇など芸能分野で活躍の方が多い様に見受ける。高峰秀子さん(1976年)はじめ、沢村貞子、岸惠子、岸田今日子さん等々がいる。そこで今回の紹介作品であるが、タイトルにもある通り「黒い海、船が突然、深海へ消えた」である。更に宣伝のオビ文に「日本の重大海難事故上、稀にみる未解決事件。ジャーナリストが海のミステリーに挑む」とあり、“謎の未解決事件”に追ったノンフィクション作品である。後程このミステリアスな事故の内容をご紹介するが、著者は16年前に起きた海難事故を細かに丁寧に粘り強く調べ上げて本書を書き上げた。この事故では17名の死者と行方不明者が出たのだが、当時から余り大きな話題とならず、真相は現在でも闇の中にある。著者をご紹介しよう。1979年生まれ。英国ウェストミンスター大学大学院ジャーナリズム学科修士課程修了。英国の新聞社、PR会社などを経て、フリージャーナリストとなる。調査報道グループ「フロントラインプレス」所属。これまでに「20年前の『想定外』 東海村JCO臨界事故の教訓は生かされたのか」「連載・子育て困難社会 母親たちの現実」をYahoo!ニュース特集で発表するなど、主にウエブメディアでルポやノンフィクションを執筆。TOKYO FMの調査報道番組「TOKYO SLOW NEWS」の企画も担当。東京都市大学メディア情報学部「メディアの最前線」、東洋大学経営学部「ソーシャルビジネス実習講義」等で教壇にも立つ。紹介の本が最初の著書である。

黒い海とは(その1)     第58寿和丸(漁船)転覆事故を追う
本書は16年前に発生した第58寿和(すわ)丸の転覆事故が、事件性を思わせる謎の真相に迫ったものである。当時の新聞記事は「漁船転覆4人死亡、千葉県沖13人不明、3人救助」の見出しで報じた。詳しくは2008年6月23日、千葉県銚子市の犬吠埼灯台の東方沖350 kmで発生した漁船の沈没事故。この事故により乗組員20名のうち4名が死亡、行方不明者13名を出し、3名が僚船により救助され生還したとある。事故当時の天候から乗組員や周りの海上の船舶の状況等々も含めて細かく記述されてある。それは著者の丁寧な取材から船乗りでない読者でも状況が分かる様に図示された資料も入れて書かれてある。事故の発端は、寿和丸が朝方の漁場で漁を休憩中に突然強い衝撃音が船内に響いた。同時に船体がゆっくり右舷に傾いて沈没の様態を示し、衝撃音から数分で右舷側から船は転覆したと乗組員は事故状況を証言している。それと海上の転覆現場で救助にあたった漁船は、大量の重油が漂い、重油まみれで真っ黒になった3名の生存者と、4名の遺体を引き上げたと報告した。以上の状況を整理すると、普段と変わらないカツオ漁を行っている船舶が突然に何らかの衝撃を受けて転覆した。その事故で3名が無事救助されたが、4名が亡くなり残りの13名が行方不明となった。船体の異常もなく突然に転覆沈没となる事故が発生したのである。

黒い海とは(その2)      運輸安全委員会の事故調査報告書では
先の転覆事故を受けて、運輸安全委員会は事故調査と原因究明に動いた。その結果、2011年4月の最終報告書で、右舷前方へ波の打ち込みが沈没の原因であるとし、重油量の流失は少量であったと公表した。この調査報告書には、生存者や漁業関係者の証言や新聞等で報じられた大量の重油に関して、事故との因果関係も含めて大きく取り上げられていなかった。特に、波以外の衝突した衝撃を感じた生存者の証言(「激しい衝撃から1,2分で転覆」や「海は油で一面真っ黒」)と流失した重油量が少量であると記された内容は、大きく事故状況と異なると事故関係者は指摘する。この重油流失量の判定は、事故原因の大きなポイントとなる。一般的に単純な転覆沈没だった場合、給油口やエア抜き口が閉じられていれば、重油の大量流出はしない。もし船舶が衝突等で船底か給油口等々が破損されていれば、大量の重油流失が発生する。この点が生存者の証言と調査報告書と大きく異なっている。また、当時のマスコミ報道で「船底に衝撃」「潜水艦衝突の可能性」「潜水調査を検討」等々があった。

黒い海とは(その3)       転覆事故の真相はどうであったか
著者が第58寿和丸の転覆事故の話に出会ったのは2019年9月で、東日本大震災の取材で福島県を訪れた時だ。県漁連会長の野崎哲氏(転覆漁船の船主)から先の事故の話を聞いたのは、事故から10年以上経過していた。それ以来3年に亘って事故関係者や運輸安全委員会や海上保安庁や海上自衛隊等々で100人以上の面談や文書取材を経て本書を纏めたという。この真相は、事故発生現場の海底5000メートル下の第58寿和丸の船底にあると思われるが。

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