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探査機ボイジャー不具合を47年前のマニュアルで解決

PMマイスター 長谷川 義幸 [プロフィール] :6月号

〇はじめに
 先日、PMAJ深谷さん経由で集英社の週刊プレイボーイから取材依頼があった。47年前に打ち上げられた惑星探査機ボイジャー1号は経年劣化が進んでいるが、まだ太陽系を超えた宇宙空間を飛行している。昨年11月には、意味不明の信号が送られてきたが、約5か月のデータ復旧への格闘の末、復旧させた。このニュースについて解説してほしいとの依頼だった。(*1) 筆者が35歳のころに、ボイジャープロジェクトが属するジェット推進研究所に海外研修で滞在していた。そして大成功だった天王星の接近ミッションが日本のマスコミでも大きく取り上げられた機会に遭遇した。今回はそのボイジャーの話題を紹介する。

〇当初想定していたのは、設計寿命5年
ボイジャー(出典NASA)  ボイジャー(図:出典NASA)は、木星、土星、天王星、海王星などの巨大ガス惑星と、これらの惑星の周囲を回る衛星を近接領域から観測することが目的で設計寿命は5年だった。
 宇宙時代が幕を開けてから20年しか経っていない1977年の打ち上げでは長期間(約半世紀)飛行することを予測するのは不可能だった。
 データを地球に送っている搭載アンテナは探査機としては大きい直径約3.7m、コンピュータ処理速度は昔のファミコン程度、記録装置は8トラックのデジタルテープレコーダー、送信機は冷蔵庫の電球くらいの能力で、地球での受信レベルは非常に微弱です。

〇これまでの成果
 ボイジャー1号の成果として、土星の環(出典:NASA写真)の複雑な構造を明らかにし、さらに土星周辺にあったいくつもの小天体が土星に近づいて破壊され、その破片が集まってできたのではないかということも発見した。
土星の環(出典:NASA写真)  また、木星の衛星「イオ」に地球外天体として初めて活火山の発見、衛星「エウロパ」の地面下に広がる海の存在の示唆、土星の衛星「タイタン」に地球のような大気の発見、ボイジャー2号は天王星と海王星を探査した史上初の探査機でもあり、天王星の「ミランダ」の不思議な姿、海王星の衛星「トリトン」の氷の間欠泉(一定周期で水蒸気や熱湯を噴出する温泉)をとらえた。
 設計段階では、海王星付近から画像を送る機能はなかったが、探査機や地上のシステムに改良を加えることで、1989年には海王星に到達し、その素晴らしい画像を地球に送ることができた。
 有人宇宙船の設計では、2重、3重のバックアップシステムが求められるが、開発費用の制約があり、冗長系の備えは薄い。このボイジャー(1号、2号)は冗長系が備わっているので高寿命になっている。しかし、半世紀も使い続けられるとは想定されていなかった。

〇2年前にも無意味な信号が送信される問題発生。 (*2)
 ボイジャーは不具合が度々起きているが、その度に地上の技術者たちがリモートで直し運用してきている。NASAは2022年5月、宇宙探査機「ボイジャー1号」の姿勢およびアームの関節制御システム(AACS)が不正確なデータを送信していると発表した。
 AACSは探査機のアンテナが地球の方向を向くように調整しデータを送信させる役割を担う。だが、地上の担当者のもとに送られてくるテレメトリーデータがでたらめな状態になっており、AACSが正常に機能しているかどうかが分からなくなっていた。
 ボイジャー1号が設計・開発されたのは1970年代初頭、発生した不具合の解決作業は困難を極めた。現在ボイジャーのエンジニアたちの手元には設計や操作手順などの書類はあるが、当初の設計に関わる詳細なドキュメントの保存場所は分からなくなっていた。
 筆者が1985年研究所に滞在中に世話になったボイジャーのマネジャーもすでに亡くなっている。
 ボイジャーを開発し、引退したエンジニア達が活躍した70年代から80年代は、設計・製造の書類をライブラリ化することは強く推奨されてはいなかった。しかし、過去のドキュメントを捜索しているうちに、研究所の敷地外に一部のドキュメントや図表を収めた箱が保管されていることを発見した。だが、設計担当者の名前を突き止めなければならなかった。昔は、設計担当者が分野別に割り当てられ、その担当者が詳細ドキュメントを自分で管理しているのが普通で、今回はAACSの設計に関わったエンジニアの名前がある書類箱を探し出す必要があった。

〇古いマニュアルを参考に不具合原因が判明
 半世紀も前の技術で作られたボイジャー1号のトラブル原因の解決作業は、当時書かれた膨大な資料を読み込み、コマンドを試作/テスト、検証をした。完成したコマンドをボイジャー1号に送信し、応答が返されて受信するまでの往復にまる2日(約45時間)かかるため、原因の特定と対処には長い時間と粘りが必要であった。
 さらに、最近のプロジェクトは、地上シミュレーターを使って本物の宇宙船に送る前にコマンドや手順をテストするが、ボイジャーチームにはそれに使えるようなシミュレーターはなかった。そのため問題解決用のコマンドが別の致命的な問題を招いてしまう恐れがあるため作業は慎重に進められた。
 忍耐強い解析作業と古いマニュアルのおかげで、2022年8月末、AACSが何年も前に稼働を停止したオンボードコンピューターを経由してデータを送信したことで、無意味な信号が生成されたことが原因だと突き止めた。そこから復旧作業が急速に進んだ。

〇あとがき
 ボイジャーが木星の衛星「イオ」に地球の100倍もの活火山があることや衛星「エウロパ」の地面下の海の存在の可能性を発見した。
(注) 『2010年宇宙の旅』(アーサー・C・クラーク)が1982年の小説(映画化は1984年)では、
エウロパには海が有り、生物が住んでいると描かれている。
 ボイジャーの成果を引き継いで2024年4月14日に、欧州宇宙機関が中心で日本の機器も搭載している探査機「JUICE」はアリアン5で打ち上げられた。木星の衛星「エウロパ」「イオ」「ガニメデ」など3つの衛星を探査する、成果を期待したい。
 未知の世界を切り開いてきたアメリカの国家としてのプレステージ(権威や存在感)は、まだ惑星探査の分野でも示しているなと感じたニュースだった。
 また、NASAの“ 50年以上前の先人の知見を引き継ぐ努力と挑戦 ”に感服した。
 DX時代であるが、1400年前の五重塔の制震技術を使ったスカイツリーのように、先人の知見や知恵を継承し、生かして行くかが、我々に課された大事な課題ですね。

〇参考文献
(*1) “超高齢探査機”ボイジャー1号の軌跡、週刊プレイボーイ、
5月13日発売22号、集英社
(*2) 「NASA、「ボイジャー1号」の不具合を約45年前のマニュアルで解決」

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