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ボーイング社は宇宙船開発に苦労している

PMマイスター 長谷川 義幸 [プロフィール] :5月号

〇はじめに (*1)
 ボーイング社は、主力の小型旅客機「737MAX」が2018-2019年に墜落事故を起こし運航停止に追い込まれたことをトリガーに業績が急激に悪化、そこにコロナ感染の拡大で、航空機の発注が減少、業績不振になってCEOが辞任する事態になっている。
 ボーイング社はアポロ計画の頃からNASAの主要パートナー企業として重要な役割を担ってきたが、ボーイング社が開発しているISSへのクルー輸送船「スターライナー」の開発は依然として開発途上である。ライバルのスペースX社の「クルードラゴン」はすでに定期就航し、大きく水を開けられている。「スターライナー」の開発現状は最終試験段階で、クルーを乗せてISSへのドッキングから帰還までの実証試験が終わっていない。
 航空機の老舗企業に何が起きているのか、現状を眺めます。

〇商業乗員輸送計画
スターライナ―  米国の有人宇宙船は2010年にスペースシャトルが退役しロシアのソユーズ宇宙船頼みになっていた頃、民間の力を借りて米国に主導権を戻すため、NASAの商業乗員輸送計画がスタートした。
 「スターライナ―」(右写真 (*5))は初飛行の無人飛行試験が2019年12月に行われたが、ソフトウエアのトラブル(参考文献 (*2))が発生したため計画していたISSへの軌道に投入できず、そのまま地球に帰還することになった。その後、いくつかのトラブルを解決し、2022年5月に2度目の無人飛行試験に成功したのでクルーが搭乗する有人飛行試験に向け開発を進めていた、しかし、次の問題が2つ発見されたため2023年7月に予定されていた試験は延期になってしまった。
 一つ目はまず、パラシュートの問題。帰還時に3つのパラシュートが展開されるが、なんらかの理由で1つが機能しなかった場合、残りの2つのパラシュートのソフトリンク部品に要求される安全マージンが確保できていなかった。原因は、吊策(サスペンションライン)と宇宙船を繋ぐソフトリンク部品の強度分析に誤りがあった。
 二つ目は、テープの問題。ISSでは、火災に関してはアポロ1号の地上試験の宇宙船内火災で3人のクルーを失う事故を起こしたため、宇宙船に使われる材料の可燃性に関しては非常に厳しい基準を設けている。宇宙船のワイヤーハーネスを結束するためのテープの粘着剤が可燃性だったことが試験により発見された。原因は、設計段階での可燃性データベースでの調査では楽観的な見通しだったことによるとしている。
【注】 この火災事故を契機に宇宙船の空気は純酸素から地球の空気の性質に似た窒素混合の空気となった。

〇ボーイング社の体質が変わった。 (*3)
 これまでのボーイング社は、アメリカ産業界を代表する老舗企業として、課題解決文化の気風にあふれた組織だった。部門を超えて一つずつ解決していく仕組みが根付いており、たとえ自分の部門にはメリットが少なくても製品の品質を高めるためには協力を惜しまない文化があった。旅客機747や777等がよく知られている優れた製品である。
 筆者のISSプログラムにおける経験でも開発初期のころ、迷走していたISS計画を立て直したのはボーイング社の力に負うところが大きかった。
 ところが、1990年代前半から旧マクドネル・ダグラスとの合併で、自社の株価に連動したボーナスの導入など「株価史上主義」に変質していく、その中で航空宇宙機などの開発における予算と人、時間が確実に削られていくに至った。
 「スターライナー」は、NASAが民間に有人宇宙船の開発・運用を委託する商業乗員輸送計画により開発が進められている。上記の様な開発計画の遅れ等の原因で、NASAはボーイング社に対しての契約は“実費償還型契約”でなく、遅延などの場合も契約総額は変わらない“完全定額契約”を採用している。
 しかし、2017年の打ち上げは遅延し、2019年の打ち上げでISSにドッキングできず追加の試験飛行が必要になるなど、コストは大幅に増加している。他でも、空中給油機、新エアフォースワン(大統領搭乗専用機)なども追加作業や納期遅延も起こしており、これらの要因が重なり、ボーイング社の防衛宇宙部門が全社赤字の多くを占めているという。
 筆者の記憶が正しければ、NASAの商業乗員輸送計画では、老舗のボーイング社がいるので、ほかの民間会社がだめでも有人宇宙船はなんとかなる、との観測があった。だが結果としては、イーロン・マスクの優れたリーダーシップで完成させたスペースX社の「クルードラゴン」が技術的にも価格的にも素晴らしいものになった。「スターライナー」の種々のトラブルを横目に先頭を走り、数々の実績をあげている。ボーイング社は有人宇宙船開発だけでなく、人工衛星やスペースプレーンなどの宇宙分野でも不具合が続出している。 (*4)

〇あとがき
 米国議会下院インフラ委員会の委員長は、「かつて同社の名声を築いた製造エンジニア達よりも、ウオール街の計算ばかりする人に力を与えた。ボーイングは安全な航空機の製造に力を注ぐべきだ。ロビー活動をしている場合ではない。」と非難している。また、ボーイング社のデーブ・カルフーンCEOでさえ「わが社の文化が今焦点を当てるべきは、最上層部からの自社の仕事への距離を可能な限り縮めること。それは(金融エンジニアでなく)技術職(メカトロニクス&エレクトロニクス&SIのエンジニア)を通じてだ。」と述べている。
 現在、ボーイング社は、ロッキードやレイセオンといった軍事企業やスペースXなどの新興航空宇宙企業に遅れまいと苦労している。
 老舗の会社でも経営陣が利益中心主義に注力すると、実績のあるエンジニアリング技術が衰退していくようで、優秀な人材が流出し、技術力が衰退していくのは寂しい気持ちがした。
 新しい経営者がボーイング社の新しい経営を担っていくとの報道がある。昔のような優れたエンジニア会社に復帰することを強く祈念している。
 これを書きながら2022年(日本語版:ダイアモンド社)に発刊された『GE帝国盛衰史~「最強企業」だった組織はどこで間違えたのか』という本を思い出した。この超名門老舗企業も祖業はどこにも見当たらず、同じような道を踏んでいると書いてあった。世の中の変化に追随し、企業を永続させていくことは難しいものですね。

参考文献
(*1) 「ボーイング、株主還元しすぎで債務超過の事情」、東洋経済オンライン、2024年4月5日
(*2) 「きぼう」日本実験棟開発を振り返って(45)、PMAJオンラインジャーナル
(*3) 救済した相手は「オオカミだった、ボーイング襲った「文化大革命」、朝日デジタル、2024年1月24日
(*4) 「宇宙分野で後退続くボーイング。衛星、宇宙船、スペースプレーンでも」Yahooニュース、2020/1/24
(*5)  リンクはこちら

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