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友達になる力

井上 多恵子 [プロフィール] :5月号

 「英語と友達になることができました。」「恋愛だと、相手を追いかけると相手が離れていく。一方、英語は、追いかけるとその分応えてくれる。」昨年一年間、英語コーチングに参加したお二人の感想だ。「英語と友達になることができた。」なんて、素敵なフレーズなのだろう。一方で、このフレーズには、中学・高校・大学と英語を学ぶ中で、英語が友達ではなかったという意味が含まれている。英語は苦手。できることなら接したくない、という気持ちを彼はずっと抱いてきたのだろう。適切な前置詞や時制などを入れる形で唯一の正解を求める穴埋め式の問題に、嫌気がさしたのだろうか。大学で仮に2年間学んだとして、中学から数えて計6年間学ぶ中で、外国語を話す楽しみや、違う発想に触れる楽しみを教えてくれる先生に、一度も出会うことはなかったのだろうか。そう考えると、とても残念な気持ちになる。英語コーチングを始めた当初、「多忙な中、週一度のセッションは多すぎる。隔週でいいのではないか。」と彼はアンケートに答えていた。英語と距離を置きたかった彼の気持ちが伝わってくる。
 そんな彼に、英語を学ぶ意義や楽しさを感じてもらいたくて、いろいろなやり方を試してみた。業務で実際に使いそうな状況のロールプレイを演じてもらったり、好きなアーティストの歌に使われている歌詞を使って英語を練習してもらったり。できるだけ実践的にすることで、「試験で良い成績を取るために必要な勉強」から「役立つものを楽しみながら学ぶこと」に変わることができるよう、工夫した。フレーズを私が読むときは、感情豊かに言うことで、例えば、あることに成功して喜んでいるシーンなどでは、聞き手がワクワク感を感じてもらえることを目指した。
 数々の工夫を経て、彼の英語に対する態度は変わっていった。そして迎えた最終回のセッション。休日にあたったので本来お休みするはずだったが、参加者の要望により日を替えて実施した。英語と友達になることができた彼の表情は、セッション中明るかった。その表情を見て、私は確信した。英語と友達になった彼ならば、今後もやらされ感でなく、自分事として英語に取り組んでくれるだろう。一年間指導した私にとっても、彼の言葉は、何よりもの贈り物となった。
 もう一人が語った「恋愛だと、相手を追いかけると相手が離れていく。一方、英語は、追いかけるとその分応えてくれる。」これも、英語と友達になった状態を想像すると、合点がいく。相手に対して良い意味での関心を持つと、相手も自分に対して関心を持つようになってくれる。こちらが仲良くなりたいという姿勢を見せることで、友達としての関係性を深めることができる。筋肉を鍛えるのと同じで、英語に適切に触れれば触れるほど、上達を感じることができる。
 学びたいことと友達になる、という発想は、学びを加速させるのに役立つ。私自身は、英語でのコミュニケーションそのものが大好きだ。英語に触れられているだけで、幸せを感じる。だから、英語で届くメルマガは斜め読みを含めて目を通している。仮に内容から得るところが少なくても、表現的には大いに参考になるものが多いからだ。特に私がメルマガを登録しているのは、教材やサービスの売り込みや人材育成に関するものが多く、人の気持ちに働きかけて意図する行動をとってもらうような表現が満載だ。対談などが行われるポッドキャストも、嬉々として大量に聴いている。結果として、人の成長に関する有益な情報を得ることができ、英語指導に不可欠な英語力も向上しているのだが、その過程において義務感は全く無い。純粋に楽しいから、時間を費やしている。たくさん英語を読んで聴くことで、読んだり書いたりするという行為がますます楽になって、私の学びは加速している。
 対して、友達になっていない場合はどうか?例えば、確定申告。10年以上毎年経験しているものの、苦行でしかない。3月15日の締め切りの数か月前から、関連資料を引っ張り出してはくる。しかし、単に積んであるだけで、何一つ手を付けない状態が続く。積みあがった書類がプレッシャーとなり、遊びに誘われても、「確定申告やらなきゃ」と断ることもある。そして締め切りまじかとなり、嫌々ながらやる結果、数字の書き間違えや計算違いなどが発生し、それを訂正するために時間がかかるという悪循環を繰り返すはめになる。これでは全く進歩が無い。それどころか、時間とエネルギーの浪費になっている。すごい友達になれなくても、一歩でも近づくことができるようにしたい。そのためには、まず数字に関心を持つことから始めてみよう。これらの数字は、私の努力の証。積み重ねてきたことを還元する中でもらっている贈り物。そんなことを思いながら、次回の確定申告の際に取り組んでみたい。そうしたら友達になれそうな兆しが少しは見えるだろうか。

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